第275話

「い…………!」


 その姿をしっかりと捉えたエルフィは、反射的に大我達に知らせようと声を上げそうになった。

 だが、発見したことをその対象にバレてしまっては、逃げられてしまう可能性が大いに存在すると冷静に考え、口を押さえて漏れそうな感情を押し込めた。

 そのティアの行動は、どこかに向かって急いでいるという様子も無く、周囲への警戒を見せてもいない。

 ただ普通に、ちらっと道中に見える店の品揃えを見ながら、人の中を歩いているようにしか見えない。

 至って普通。普通すぎる。日常で見せるティアの姿となんら変わりない。

 果たして本当に偽者なのかと強い疑いすら抱いてしまうほどのトレース具合。しかしそのティアがつけている耳飾りは、両耳に着けられていた。


「アレだけしか判断できる要素ねえからな……よし」


 判断材料は少ないが、これも直接聞けばわかること。

 エルフィは大我の指輪へとコードを送信し、携帯端末の振動通知のように震えさせ、直接声も出さずに合図を出した。


「なんだこれ、いきなり指輪が……」


 そのような機能について知らなかった大我は、一体どうしたんだと思いながら、エルフィが飛んだ方向へと視線を動かす。

 すると、あっち! あっち! と、全身で何かを見つけたと察させる動きを表現し、それから指を差して向かうべき方向を示した。


「どうした大我、見つけたのか?」


「たぶんな。エルフィが教えてくれた。こっちだ!」


 大我は細かいことを考えず、すぐにその指示通りに動き出した。その後ろを、アリシアが同様についていく。

 人の中を掻き分け、なんとか足早に動いて距離を縮めていく。

 その間もエルフィはずっと暫定的な偽ティアを監視し続けているが、やはり気づいていないのか、慌てる様子も一切無い。

 と、その時。ずっと周辺に向けられていた視線が上空に向けられ、真っ直ぐとエルフィの姿が捉えられた。


「やべっ、見つかった!」


 長く飛んでいればいつかは見つかると思っていたが、予定よりも早くその時が訪れた。

 下手に動いては状況はまずい方向に転がってしまう可能性がある。

 エルフィはぐっと堪えて平常心を保っていたその時、そのティアからは予想外の反応が示された。

 それは、笑顔でこちらに手を振ってきたのである。


「えっ…………」


 その直後、大我がティアの元へと追いつき、先制攻撃の如く、ぐっと逃さないように手首を握った。

 

「きゃっ! た、大我……どうしたのいきなり」


「えっ…………?」

 

 何の警戒心も感じられない、純粋な驚きの声に、逆に驚愕したのは大我達だった。

 目の前にいるのは、いきなりの出来事に戸惑いを見せながら、少し体勢が引けている様子のティア本人そのもの。

 偽者のティアと考えて、さすがにどこか明らかに違う外見や反応があるのかと思えば、両方着けられている耳飾り以外は違いが存在しない程に瓜二つ。

 一体これはどういうことなのか。思わず大我の時が止まった。


「え、あ、えっと……こんなとこで何してるんだ?」


 お前は何者だと言う質問すら出てこない程の混乱ぶりに、大我はぽろっとなんでもない普通の質問をぶつけてしまった。


「え、何って……」


「さっきラントと一緒に、俺達と手分けしてティアの偽者探すために別れたはずだろ」


 目の前のティアは、一秒半程の沈黙を置いた後、最初からそうしていたと言わんばかりの自然な反応で返答した。


「…………うん。しばらく探し回ったけど見つからなくて……それで、今度はラントとも別れて範囲を広げようって決めたの」


 もっともらしい理由だが、今はそれ以上追求することは出来なかった。

 偽者にしてはあまりにも瓜二つすぎる。偽者であると確信出来る証拠があまりにも乏しすぎる。

 それ程までに、今までずっと一緒に暮していたティアとそっくりだったのだ。


「じゃあ、その耳」


「おい大我! 大丈夫か!?」


 ならばこの質問ならどう答えるのかと、最後に改めて着けた耳飾りについて聞こうとしたその時、上空で待機していたエルフィが戻ってきた。

 その心配の声に、質問は反射的に遮られ、言い切るまでたどり着かなかった。


「ど、どうしたのエルフィ? さっき手を振ったのに反応してくれませんでしたし……そもしかして、私が偽者だって思ってたの?」


「…………???」


 一体何がどうなっているのか。状況が飲み込めず、思わず頭上にわかりやすくハテナが浮かぶ表情を見せるエルフィ。

 自身でもなんだか頭がどうにかなってしまいそうな状態だが、横からアリシアがひとまず現状の混乱を整理するのも兼ねて、一旦ティアを連れて行こうと提案した。


「とりあえずさ、一旦この四人で行動を再開しようぜ。探しものする時にごちゃごちゃになってたら、目の前で鍵落としてもわかんねえよ」


「それも……そうだな。ティアもそれでいいか?」


「ええ、私は大丈夫ですよ」


 同行させることにより、偽者候補から距離を離さないようにする。

 しかし、偽者ならば多少なりとも、行動への制限に抵抗するかと思われたが、そんな様子は一切感じられなかった。

 もしかしたら、先程言っていた通りに一旦別れただけで本物なのだろうか。

 耳飾りに関してももしかしたら…………。

 いくつもの疑念が大我達の中で渦巻き始める。


「ひとまずここを離れようぜ。なんか人通りも増えてきたし、動き辛くなりそうだ」


 空から周辺の状況変化をしっかりと観察していたエルフィの提案により、大我達は一旦ストリートの外れからも離れることにした。

 今は聞くことを逃してしまったが、大我の意識はずっと、ティアの耳飾りへと向けられていた。

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