第246話

「外観通りにすげえ広さだな……クロエさんのとこよりでかいんじゃねえか」 


 霧の魔女の住まう屋敷へ入り込んだ大我達。

 エントランスは一つの会場であるかのような空間を持っており、そこから正面や、二階に繋がる階段を登った先と、無数の部屋や廊下へと繋がる連絡地点としての役割も果たしている。


「だけど、なんというか、カビ臭いな。湿ってるし……ほら、埃まで水分含んじゃって」


「それに見てもわかるくらいに内装が荒れている。相当に手入れされていないね。彼女の身姿は整っている分、落差が大きすぎる」


 室内に設置されている家具類は明らかに古ぼけており、表面には湿気を多分に吸った埃の塊がいくつも確認できる。

 その上、生臭さとは違うほのかな異臭が、崖の方面から流れ込んでくる潮の香りと混ざり、全く嬉しくないニオイを醸し出す。

 さらには荒れている上に修繕作業すら行われてないと思われる内装と、外観の印象に違わぬ姿を見せつけられた。


「で、どーすんだよ大我、ミカエル。こんだけ道が別れてるんなら、いっそ手分けして動いたほうがいいんじゃねえのか」


「それは止めたほうがいいね。こっちの数は4。向こうは極端に言えば無限。分断が起きれば、すぐさま囲われるだろう」


「だよなぁ……やっぱとにかく歩いてみるしかねえかあ」


 この質問を一つのキッカケとして、しっかりと心の準備を整えたアリシアは、足取りのリズムを変えて警戒を強める。

 一方の大我は、足を踏み入れてからどこか怪訝な表情を作ったまま周辺を見渡していた。


「どうしたよ大我。やっぱここの環境きついか?」


「まあな。久々に空気清浄機欲しいとか思ったかも」


 現代の頃から一般庶民の大我にとっては、お金持ちが住むような巨大な屋敷はいつ来ても新鮮かつ壮大に感じてくる。

 だがそれはそれとして、B.O.A.H.E.S.の穢れが残っていた頃のクロエ邸とはまた違う埃の不快感と湿り気、ニオイが、生き物である大我にはやはりきついものがある。

 鼻も摘みたくなってくる気分だが、今はマスクのような便利な代物も持っていないため、諦めてそのまま動くことにした。


「けど、こう道標すら無いんじゃ動きようが無いよな。人の家の構造なんて俺達にはわかるわけもないし」


「地の利があるのは向こうだからね。そうこうしてる内にしかけてくるだろうね」


 ミカエルがそう口にした直後、大我達の周囲に新たに濃い霧が立ち込め始める。


「噂をすれば……」


 アルフヘイムやこれまでの道中よりも濃く、染まる速度も早い。術者の本拠地なだけあって、その強力さを嫌でも肌に感じさせられる。


「走るぞ!!」


 エルフィの声を合図に、一斉に一階通路へ通じる入り口へと走り出す一同。

 その背後、通過した道の霧からセシルの腕が無数に形成され、一斉に水の弾丸を撃ち放った。


「嘘だろ!? こいつ本気か!! 自分の家の中だろ!!」


 耐久性に難ありなどと、細かいことは関係ないとばかりに、散弾の如く連発するセシルの霧。

 脆く劣化した家具は一撃で破砕し、ヒビが走り苔を纏う壁は、隕石でも衝突したかのような轟音を起こして陥没した。

 環境もお構いなしにとにかく大きな一撃を乱発する戦法に、肌に感じる空気が震える。


「あの魔女に常識なんか通じるかよ!! とにかく走るぞ!! おらあっ!!」


 走りながら一度小さなジャンプから身体を回転させ、振り向いた瞬間に渦巻く風を纏った炎の矢を放ち、霧を旋風で吹き飛ばすアリシア。

 一度は綺麗な視界を作り上げたものの、驚異的なスピードで白いモヤは元の姿を取り戻した。


「これはしばらく耐久戦になりそうだね。走るのは得意じゃないけど」


 これまでも霧への攻撃はその場しのぎでしかなかったが、今の状況はそれに輪をかけて無駄が重なっている。

 ミカエルを筆頭に大我達は走り出し、攫われたティアと元凶のセシルを探し出す決死のかくれんぼが幕を開けた。

 

 

 

 大我達の戦闘が起こす音は、閉じ込められたティアの耳にも地響きのような音として届いていた。

 施錠された扉をなんとか己が知る魔法でこじ開けようとしていた最中、それまでの環境音とは明らかに色の違う音を少々の不安を抱きながら聞こえた方向を向く。


「すごい音……巻き込まれる前に抜け出す必要がありそう」


 自身の得意な風魔法では、一点集中の重い一撃を加えるには不向きであり、力づくという方法は選べない。

 ティアは鍵穴に手をかざして握り込み、言葉による詠唱を用いてマナを集めて炎魔法の威力を高めるやり方を選んだ。


「火の精の呼吸よ、我が手に集いて形成し、光の如く弾け給え…………きゃっ!」


 マナの熱を鍵穴に注ぎ込み、詠唱を完了した瞬間に壁を背にするまで大きく後退。

 直後、鍵穴は小規模な爆発と共に吹き飛び、周囲に鉄片をばら撒き爆散した。

 自分の想定した以上の威力に、思わず驚きの声を上げて身体を縮こませるティア。牢屋の扉は解放され、ようやく自由の身となった。


「急いで外に出ないと」


 牢の外へと一歩踏み出し、外へ逃げ出そうとした瞬間、ティアの視線は通路の先に広がるまた別の牢屋へと移っていく。

 おそらく攫われたのは自分だけではないはず。だけど今ここで脱出したのは自分だけ。

 もしここで自分だけが逃げ出してしまったら、他の人々はどうするのだろうか。外の状況もわからないのに。


「…………私は、ここで迷ってちゃダメだよね。大我達なら絶対こうしたもの」


 ティアはもう一歩踏み出そうとした足を止め、通路の中を走り出した。

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