第247話

 屋敷内をひたすら走り回り、霧から生まれた無数のセシルから追い回される耐久レースを強いられる大我達。

 内部の構造に逆らわず、道なりに広い廊下を走り続けるが、セシルの魔法によって屋敷内全体に濃い霧が立ち込め、非常に視界が悪くなっている。

 その影響は進行方向の不確かさ、全方位から不規則に襲い来る魔法攻撃に加え、まともに整理されていない荒れた環境がシナジーを生み予想外の悪路を作り出すこととなった。


「いってぇ! なんだこれ棚か? うわっ!!」


 倒れて放置されたままのインテリア家具が、不可視の障害物となって大我達の足元を狂わせる。

 大我は攻撃を警戒する為に周囲を見回しながら走っていると、足元に転がった何かに衝突に、木製の破損音と共に体勢を崩しすっ転んだ。

 モヤから見えるわずかな姿から、彩りとして据えられた家具かと思われるが、非常に脆く劣化していたためにその全貌ははっきりしない。

 そんな余計なことを考えるような隙も与えられず、大我は襲い来る水弾から即座に体勢を整えて、飛び上がり後退した。


「ああもう湿ってるし何も見えねえし面倒くせえなあ!! 日頃から換気でもしろっての!!」


「全く、自分の家は大事にしてもらいたいね」


 行動そのものに影響する、霧の魔女側のひたすらに陰湿かつ効果的な嫌がらせに感情的になりながらも、持ち前の反応を活かして攻められる前に発生した魔女の姿を撃ち抜くアリシアと、任せられるポイントには労力を割かず、必要最低限に刃を振るい、周囲の安全を保つミカエル。


「道は真っ直ぐ続いてるな。それならこれで!」


 このまま敵の懐で視界不良が続けば、いくら簡単にその場その場の対処ができようともスタミナを削られ続けるだけだと、エルフィは進行方向の空間を少ない材料である程度把握し、両手にマナを集めて空中で一回転を行う詠唱を使用。

 空気を絡め取るような巨大な風弾を真正面に放ち、床や空中に舞う埃やゴミまで巻き込みながら霧を吹き飛ばした。

 風の突き抜けた先には、屋敷の廊下の突き当りとなる曲がり角が確認できた。

 風弾の勢いは最後まで衰えることなく、海と崖の見えるガラス窓を、豪快な音を鳴らしてついでに吹き飛ばしてしまった。

 

「ナイスエルフィ!」


「さっすが精霊だな!」


「おいおい、もっと褒めても構わねえぞ! よし、先に進…………」


 状況を良化したエルフィを褒める大我とアリシアに、ちょっと調子に乗るエルフィ。

 進行方向へ振り返り、いざ先へ進もうとした次の瞬間、真正面から精霊の小さな全身を覆わんばかりの巨大な水弾が迫ってきていた。

 やばい……と、反射的に全身を固くして防御の体勢を取った直後、光のような華麗な速さで接近したミカエルが一撃で斬り払い、半円の形を残したまま水弾は後方で爆発した。


「喜ぶのは安全な場所で……ね」


 美青年の美しく可愛らしい笑顔を見せるが、その屈託のない輝く表情の裏には油断を咎めるような威圧感を全身に感じさせる。

 こればっかりは完全に自分の自業自得だと納得し、苦い顔をしながら大我の肩について改めて気合を入れた声を出した。


「じゃあいくぞ!」


「切り替えはええなあ」


「うっせ! 恥ずかしくてしょうがねえの!」


 いいとこ見せてからの油断から守られる落差をとにかく誤魔化しておきたいという気持ちと、何れにせよすぐにまた埋まるであろう霧の無いうちに前進しようと、二つの意味を込めて口を出すエルフィ。

 それをおおよそ汲み取り走る大我の背中を、アリシアとミカエルはまだまだ余裕そうだと感じつつついていく。

 その姿を監視するセシルは、懐に飛び込んでおきながらすぐに倒れないしぶとさを見せる大我達に焦りを感じ始めていた。


「予想以上に粘りを見せますね……」


 今はネズミを追い詰めるようにしているから良いものの、このまま仕留めきれずにいれば懐に潜られる可能性も考えられる。


「絶対にお兄様には近づかせない。絶対にここで止めてみせます……」


 己のうちに秘めた使命感を胸に宿し、なんとしてでもここで彼らを屠らなければと、セシルは己が考えられる限りの戦法を使い、兄のためにも必ず守りきろうと攻めの手を強めることを決意した。

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