第245話
「やるじゃねえか大我! よく見破ったな!」
「いてっ! 叩く力つええっての!」
周囲一帯に仕掛けられた幻覚魔法の迷彩が取り払われ、大我の元へと向かう一同。
アリシアは笑いながら讃えて肩をばんばんと叩き、ミカエルは連鎖する仕掛けが無いかと周辺を確認しつつ、その形状から敵の攻撃手段に再利用されないために、大我が潰した鉄屑を踏み抜き、武器としての機能を完全に失わせた。
同時に、全力程力を使わずともボロボロになる剣の姿に、度合いこそ分かれてるものの経年劣化の形跡がはっきりと見て取れた。
「お前らじゃれ合うのもいいけど、敵の懐ってことも忘れんなよな。いつ何が来てもおかしくないんだからよ」
大きく事が前進したことに少々浮かれ気味のアリシアと大我に軽く横槍を入れて注意を促すエルフィ。
へいへいわかってるよと言わんばかりにぽんっと背中をもう一発叩いて大我から離れると、アリシアは改めて弓を構えて臨戦態勢を整えた。
その一方で、ミカエルはいつでも剣を抜けるように腰に手を当てているが、その意識は警戒よりも観察の方へと傾いていた。
「…………やはり妙だ。先程の道中でもそうだけど、迎撃の意思が全く見られない。この仕掛けにしても、ただ外敵から身を守る用途にしか使われていない。これは……」
「ん、どうしたんですミカエルさん」
「いや、気にしなくてもいいよ。さて、そろそろ進もうか。あの館に間違いなく彼女はいるんだよね?」
「ああ、これではっきりした。あのでかさの建物にいるなら納得いく。ティアはあそこにいる」
「んじゃあとっとと乗り込んで、ティアを助けに行くぞ!!」
今更引き返す理由もない。大我達は一歩前進し、攫われた友を助ける為に館へと向かった。
そして、正面入口の巨大な扉がはっきりと視認できたところで一度足を止める。間近でその様相を確認すると、館はなお一層古ぼけて見えた。
外壁は年数を重ねた味はあるものの、所々に明らかに劣化を重ね脆く崩れかけの箇所が確認できる。
いくつか飾り付けの花があった形跡も見られるが、片付けすらされていないのか、枯れた植物がそのまま放置されてしまっており、中には土のこぼれ後も小さく見受けられた。
他にも手入れの痕跡は見られるが全てには行き届いていない様子の硝子窓や、残されたひび割れなど、見れば見るほど捨てられた洋館とも言えるような朽ちている様子が見て取れた。
一体なぜこんな場所に霧の魔女がいるのか。そんな疑問さえ浮かび上がってきたその時、大我達の周辺に新たな霧がうっすらと立ちこめ始めた。
「大我、何かあったらすぐ動けよ」
「わかってる。そっちこそサポートしてくれよ」
発展途上の風魔法を準備しつつ、エルフィに背中を任せる大我。
同様にミカエルとアリシアも、霧からの急襲に備えてそれぞれ武器を構えながら、全員で少しずつ扉の方へ近づく。
だが、しばらく歩いても新たなアクションが起こる気配は見られない。
何か思わせぶりに意識を向けさせそうとしているのか、それとも仕掛けのひとつなのか。
館の巨大さがはっきりと体感できるほどの距離まで近づいたその時、アリシアが脊髄反射的に正面から敵の気配を感じ取り、矢を一発速射し先制した。
矢は風を纏いながら霧を吹き飛ばしつつ飛来するが、一切の手応えも無く扉を鋭く貫いた。だが、アリシアの直感は正しかった。
ゆらりゆらりと煙のように揺らめく乱れた霧。それは少しずつ色と形を作り始め、アルフヘイムを混乱に陥れた姿を形成した。
「霧の魔女……!」
「私の幻覚魔法を乗り越え剥がすなんて……一体何をしに来たのですか」
「決まってるだろ! お前が攫ったティアを」
「僕はネフライト騎士団第三部隊隊長、ミカエル=テオドルスだ。ここにいる三人の友人、そして君がこれまで誘拐した人々を返してもらおうと思ってね。一体何が目的なのかは知らないが、ようやく足を掴んだ。そろそろ引導を渡してもらおう」
勇む大我とアリシアに一旦ブレーキをかけ、ミカエルがその名乗りと目的を落ち着いた口調で口にする。
霧の魔女は、わかっていた、というように一度目を反らし、不愉快そうに小さく口角を上げる。
「お断りします。私には供物が必要なのです。かつて穢れに侵され、そのまま動くことすらままならなくなってしまったお兄様を助ける為、私はこうしなければならないの」
『そうだ、私にはセシルが必要なんだ。セシルには悪いと思っているが、これはどうしても今の私にはできないことだ。だから、彼等にはその供物となって……』
「お兄様! どうか無理をしないでください……私に全て任せて、今は安静にしていてください……」
突如隣を向き、誰かの身体を案ずるように両手を優しく前に突き出し、腰を下げてなだめる声をかける魔女。
まるで一人芝居を始めたかのような姿に、大我達は思わず呆気に取られ始めた。
「……あいつ、一体誰と話してるんだ?」
「聞いたでしょう? お兄様の言う通り、貴方達にはお兄様が元に戻る為の供物となっていただきます。そして、それは私の生きる目的であり、ただ一つの願いでもある。それを邪魔するならば、私、セシル=ランベールは決して容赦しません」
「ランベール…………」
最後に唇を歪ませ、何かに耐えているような悲痛な表情を見せながら啖呵を切るような言葉を残し、セシルと名乗った霧の魔女はふっと姿を消した。
霧は消えないまま、館の周囲を包み漂い続けている。
「警告……ってとこだよな今の」
「だろうな。けど、だからって今更帰るかっての。そうだろ大我」
「もちろん。ティアを助けるまでは絶対に戻らない」
邪魔するなら容赦はしないと言われた程度で、おめおめと帰還する大我達ではない。
大切な友達を取り戻すため、エルフィとアリシアも確固たる意思を改めて築いた。
一方で、耳に入った霧の魔女の名乗りが記憶の奥底に引っかかったミカエルは、ずっと目を細めて考え事を始めていた。
だが、今の緊張状態では思い出すまでの時間を捻出することは出来なさそうだと判断し、頭の片隅へと一旦追いやる。
全員の意識は、館の方へと注がれた。そして、大我達は穴の空いた脆い扉を押し開き、霧の魔女の本拠地へと足を踏み入れた。
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