第237話

 月のように麗しい笑顔と礼儀正しい挨拶を見せるミカエル。状況の慌ただしさとは対称的な、とても落ち着いた様子が伺える。


「まさかこんな時に外に出てるとは思わなかったよ。何も知らなかったのか?」


「初耳だよ。霧の魔女がどうのって話はたまに聞こえたりはしたけど、それがどういうのとか全く知らないからな。そういうお前はなんで外にいるんだよ」


「クエスト受ける直前だったんだよ。そんで外の話聞いてやべって思って急いで帰ろうとしてたんだよ」


「その道中を僕が保護したというわけだ。こんな状況で一人というのは危険極まりないからね」


 詳しいことはそっちの方がむしろ詳しいだろうに、自ら全裸でサバンナに突っ込むようなことをしたのかと、ちょっと呆れたような視線を送る。


「ほ、保護とか言うんじゃねえよ! まだあいつら出てきてなかったし、全力で走れば帰れると思ったんだからよ!」


 どうやら二人のやり取りを見ている中ではたいしたダメージを無く元気な様子で安心した大我。

 張り詰めた緊張感が一旦和らいたが、現在の状況はそんな悠長ではない。


「そういやエルフィどうしたんだよ。いっつもいるのにいねえじゃねえか」


「ああそうだ! 俺が囮になってティアの側について逃げてもらったんだよ!」


「ティアが!? こうしちゃいられねえだろ! あいつがいるっつっても相当危ねえぞ!」


 三人の間に流れる空気が一気に張り詰める。

 大我とアリシアも、ティアと付き合いの長い分現状の危うさが直感的に理解できる。

 特にアリシアはずっと仲が良く、かつ霧の魔女のこともちゃんと知っている。切羽詰まったような声になるのも無理はない。


「大我、そのエルフィとティアはどこへ向かったのかな」


「ここを真っ直ぐだ。けどどこまで行ったのかはわからない。この霧じゃたぶん虱潰しに……」


「いや、おそらくその心配はないよ。君はエルフィを戦闘要員として任せたはずだ。なら、霧の魔女とぶつかったならその形跡が残るはず」


 二人の反応と会話から、おおよその構成を考察するミカエル。

 詳細は何も口にしていないはずなのに、しっかりと見切っている聡明な姿は、まるでかつて一緒に戦った同じネフライト騎士団のバーンズを思い出す。


「ともかくここで話をしている時間は無いよ。急いで二人の方へ向かおう……と言いたいが、魔女はそれを許してくれなさそうだね」


 現状のやるべきことは決まったが、それをやすやすとさせてくれるほど霧の魔女は甘くなかった。

 霧散した人型は徐々に形と色を取り戻し、再び女性の姿を形作る。

 さらに不幸なことに、その数は一人、二人、三人と次々と増やされていった。


「嘘だろおい、あいつ増えるのかよ!!」


「私の前から逃しはしません。そちらの少年に用はありませんが、貴方方二人は供物に相応しい。その手足を封じてでも、捕らえさせていただきます」


「ご丁寧にどうも。お嬢様の御眼鏡に適うのは嬉しいけど、時と場合は選ばせていただきたいね!」


 それぞれに剣、弓、拳を構えて臨戦態勢に入る三人。

 極度の視界不良がもたらす、真正面からぶつかり合いには絶対的不利の状況。

 三秒間の静寂の後、ミカエルは手早い動作で剣を仕舞い、二人の肩を軽く叩いた後、振り向いて全力で走り出した。


「なっ!?」


 それに追従するように慌てて二人も振り向き走り出す。

 啖呵を切るように戦闘態勢を作っておきながらの党争に呆気を取られたのか、反応が遅れた様子の霧の魔女は最も遅れたスタートで三人を追いかけた。


「あ、あれだけ言って逃げるって!!」


「当たり前だよ!! 今の僕達にアレを倒す術は無い。下手に戦っても無駄に体力を消耗するだけだ!! 彼女はそれを狙って人々を拐う。ならば土俵に立ってはいけない」


 経験と判断から導き出された計画的逃走。だが当然ただ背を向けているだけではない。

 真正面の移動コースに現れ、立ち塞がるように形作られる霧の魔女の姿。

 ミカエルは仕舞った剣の刀身を僅かに空気に晒し、無駄のない華麗なる居合の一閃を放った。

 刀身から生じた光の刃は、周囲の霧ごと魔女を吹きとばした。

 晴れ広がる先の視界。人気の消えた街道の中に、橙色に吹き荒れる風を見つけ出す。


「間違いない! あそこにエルフィとティアがいる!」


 大我とアリシアの脚が一気に早く動く。

 未だ戦っていることが伺える状態。加勢しなければどれだけ持ちこたえられるのかわからない。

 二人は拳に炎を矢に炎風を纏わせ、同時にそれを霧目掛けて撃ち放った。


「エルフィ! 大丈夫か!?」


「た、大我……」


 形を成した霧ごと払われ、視界が開けていく。再びそれが閉じる前に、大我は全力ダッシュから、空中でフラフラと浮かぶエルフィを回収した。

 動ける気概こそまだあるが、羽や腕をと、身体中に怪我を負っている。

 ひとまず大我は手の器を作り休ませておこうとしたが、エルフィは悔しさが剥き出しとなった表情を見せた。


「すまねえ……俺がついてたのに…………ティアが攫われちまった……」


 その言葉を聞き、大我は周囲をくまなく確認する。エルフィの言う通り、一緒にいたはずのティアの姿が見えない。

 後方からアリシアとミカエルが追いつく。道中で聞き入れていた人物の数が一人足りないことを理解したミカエルは脳内で用意しておいた策を使う決断を下した。


「…………ティアって娘がいないんだよね。どこに連れて行かれたかはわかるかな?」


「あ、ああ…………その点は大丈夫だ…………なんとか…………」


「君達、少し僕についてきてほしい。攫われた友達を助ける準備をしよう」

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