第238話

 ミカエルの先導に従い、背中を追って走る大我達。

 道中で襲撃してくる霧の魔女達はミカエルとアリシアが同時に振り払い、大我はエルフィを守りながら薙ぎ払うような回し蹴りで応戦した。


「なんかだんだん数が増えてねえか!? あたし達だけじゃこのままだとジリ貧だぞ!」

 

「心配ない。この程度ならまだ僕一人でも何とかなる。勿論、君の助太刀はとても有り難いよ」


「そいつはどうも! けど今どこに向かってるんだよ! ティアがどこまで連れてかれてんのかもわかんねえのによ!」


「『その脚を追うための手段』にだよ。僕達の脚だけでは到底魔女には追いつけない。敵側の有利が多すぎるんだ。だけど追従する手段が無いわけじゃない。ほら、そろそろ見えてきたよ!」


 湧いてくるように現れる邪魔もありながら、何も見えない濃霧の中をずっと走り続けていた一同。だがようやく、その目当ての物らしき何かが見えてきた。

 距離を縮めるごとにその全容がはっきりとし始める。ミカエルが用意したそれは、かつて大我が乗ったバーンズの所有しているそれに劣らない巨大さと、派手過ぎないながらも荘厳かつ豪華なデザインが施された馬車であった。


「ガイウス!」


「お待ちしておりましたミカエル様」


 ミカエルが名前を呼ぶと、客車の扉がスムーズに開かれる。

 中から姿を現したのは、執事服に身を包んだ細身の老紳士。ミカエル達の姿を捉えた直後、すぐさま客車から華麗に飛び移り、御者台へと移動した。


「さあ、早く乗って! 狼狽える時間はない。乗り込んだらすぐ出発だ!」


 その言葉を真正面から受け止め、一切立ち止まることなく次々と乗り込んでいく大我とアリシア。

 二人の乗車を確認し、周辺に誰か逃げ遅れた者はいないかと最終確認を終えると、ミカエルも乗り込みしっかりとドアを閉じた。


「ミカエル様、どちらへ向かわれますか」


「このまま真っ直ぐ東門へ。霧の魔女を追いかける」


「承知しました。では、多少揺れますので皆様お気をつけください」


 終始落ち着いた老練な振る舞いを見せるガイウス。走ることすら不安があったというのに、この状況で馬車を操ることになんら戸惑いを覚えている様子もない。

 そして、手綱を引いて障害物全てを蹴散らさんばかりの馬を走らせ、馬車は街道を走り出した。

 道行く人がいないという確信からか、街中でも豪快に走らせていくガイウス。

 一方で馬車の中は、このまま眠ってしまっても良いくらいのふかふかな座席が用意されており、大我達はそこに突然の襲撃で溜まった疲れを癒やすように身体を沈めていた。

 だが、車内の空気は張り詰めている。大切な友達が攫われた今、他の何かを気にする余裕はない。


「強制的に連れ出す形になってしまったけど、これから僕達は霧の魔女の居場所を突き止める。おそらく今回誘拐されたのは君達の友達だけではないはずだ。その者達も含めて全員を助け出す。協力してくれるかな?」


「…………そう言われて、ティアだけってわけには行かないですよ。皆まとめて助けて、ティアを攫ってエルフィを傷つけた借りを変えさせてもらう」


「あたしも同じ気持ち。それに、一々霧が出ると家に籠もらないといけないの、めんどくさいって思ってたところだし」

 

「感謝する。ガイウス、あとは任せたよ」


「承知しました」


 霧の魔女を追いかける覚悟は決まった。

 馬車は東門を抜け、アルフヘイムと同様に霧に包まれた森の中へと駆け抜けていく。

 まさしくその先は五里霧中。何事もなく走り続けられる保証は一切ない。だがその先に討つべき敵がいる。

 大我達は霧の魔女を倒すべく、各々に精神を整え覚悟を決めたのであった。



* * *



 それとほぼ同時期。周辺の建物よりも少しだけ高めに造られた空き家の最上階にて、二人の男女が窓から小型の望遠鏡を使ってある方向を眺めていた。


「やっぱり霧が濃くて見えない?」


「ああ。流石にこれじゃ視界が厳しすぎるな。晴れるのを待つしかないか」


 二人の名前はクリスとガエル。ネフライト騎士団第三部隊の隊員である。

 彼らはサカノ村での事件の少し前から、隊長命令によってセレナの監視を命じられていた。

 この空き家は監視用に拝借したものであり、丁度窓からセレナの住む自宅が写り込むのである。

 家同士の距離もまず人の目にはまともに届くものではなく、監視されていることすら気づくことのないであろう離れた位置。その為、安全に動向を探ることが出来ていた。

 だが、念を入れて自宅内にはいくつかの仕掛けが施されている。自分達が殺されてしまった時のことも含めて。


「……けど、あのレストランの店員をねえ……一体どんな裏があるのか見当もつかないな」


「人は見かけによらないでしょ。この間だって獣人の少女に擬態した化物が騒ぎを起こしたって報告があったし、油断は禁物よ」


「つったってなぁ……」


 ガエルの疑う気持ちは、クリスにもよく解っていた。何故一介の人気店員を監視しなければならないのか。

 怪しい様子は今の所全く見られない。犯罪に手を染めている気配も無い。一体どこに後ろ暗い物があるのだろうか。

 隊長が言うのだからおそらくは自分達の知らない何かがあるのだろうと思いながら、二人で何も見えない霧の中を、晴れるのを願いながら眺める。


「いつになったら晴れるのかねえ……霧の魔女も出るんだろうし」


「そうね、ほんとに。このままじゃ任務に支障が…………」


「君達、ストーカー行為は良くないゾ☆ 遠くから監視するなんて、怖くて仕方ないんだからねっ?」


 後方から聞こえた少女の声。言葉を反響させる必要もない。それは間違いなく自分達に向けられている。

 二人は即座に警戒心を最大まで引き上げ、同時に振り向く。

 そこにいたのは、まさしく監視対象であるセレナ=ルーチェそのものだった。


「貴様……どうしてここに!? なぜ自分が見られていると!?」


 二人がいる場所からセレナの自宅までは少なくとも700メートル以上の距離がある。そこから二人を見つけることなど到底不可能どころか、監視の気配を察知することも本来はままならないはず。

 しかもこの場所は、第三部隊員以外には知り得ない場所、そこにセレナが立っていること自体がおかしいのである。


「うーん、『視えた』からかな? だって知らない人から見られてるってなったら誰だって怖いでしょ?」


 あくまで恵顔で明るく、いつものようにレストランのアイドル店員らしく振る舞い続けるセレナ。

 だがその様子は今の二人には恐ろしく、底の知れない不気味さを感じ背筋が寒くなる。


「はぐらかすな。一体貴様は何者なんだ。さもなくば今ここで拘束し……」


 腰に手を当てて臨戦態勢整える二人。

 だが、ガエルが一歩床の特定部分を強く踏み、携えた隠しナイフに手を付けた次の瞬間、突如頭が何の前触れも無く小規模の爆発を起こした。

 頭部を失ったガエルの身体は、そのまま力無く崩れ落ちた。


「――――!!」


「えーやだーこわーい! セレナを捕まえようとするなんて、一体何する気なんですかー!」


「な……なんだこいつは…………」


 理解が出来ない。今目の前で何が起こっているのかわからない。

 訳もわからず不意を突くように絶命した同僚、人がいきなり目の前で死んだというのに、変わらず人々に見せるような可愛らしい身振りを続けるセレナ。

 たった今向けられたのは間違いなく魔法。だが、セレナが何か詠唱を行った様子は何も無かった。

 次元の違う出来事が起きている。今の自分には手に負えない何かが。

 ここは一旦逃走するしかないと、クリスが窓を開けて逃走しようとしたその時、足元にまたもや小規模の爆発が発生した。

 クリスの足首は見事に吹き飛び、外へ乗り出す前に室内に転げ落ちた。


「あああっ……! …………ぐあ……ぁ…………」


 得も言われぬ激痛が、両足を失ったクリスを襲う。涙を流しそうになる。

 面白いものを見ているかのように笑顔を絶やさず、ゆっくりとセレナが向日葵のような笑顔で近づいてくる。

 このままでは一方的に蹂躙されてしまう。クリスは決死の覚悟でナイフを投擲しようとしたが、決意虚しく、それすらを握った右腕もいとも簡単に吹き飛ばされてしまった。


「があああっ…………! ぐっ……………ああ……ぁ…………」


「必死で可愛いなあ……でも、ストーカーしてたあなた達が悪いんですからねっ」


「き……貴様…………い、一体……何者…………!」


「うーん……それを言われて素直に答えたくないなあ……だって、セレナはただの店員で、アイドルなんだもの。それじゃ、このまま生かしたくないので……」


 セレナは細くしなやかな手をクリスの耳に伸ばし、人差し指を耳の中へと突っ込む。


「な、何する気だ……!」


「セレナのこと知っちゃったし、邪魔にしかならないから永遠に黙っててもらおうかなって。今日はちょうど身柄を回収してくれる人もきてるし、この後の自分を心配しなくても大丈夫だよ」


「や、やめろ………やめ…………」


 凛々しく仕事に徹していた顔が崩れ、底知れぬ恐怖に支配された表情に染まるクリス。

 当然その程度でセレナの手が緩まることは無かった。

 セレナは指先から雷魔法による電撃を走らせ、電子頭脳を直接ショートさせた。


「いやあああああ$_@@#5:*9⬛⬛⬛!!?」


「うるさいなあ……」


 ノイズ混じりの悲鳴を上げるクリス。

 外に漏れてしまう可能性と、純粋に五月蝿いという嫌悪感から、セレナは喉元の発生機構に指を皮膚の上から突っ込み、いとも簡単に破壊した。

 眼を見開き、全身を非生物的にガクガクと痙攣させるセレナ。

 攻撃が終わると、クリスの顔からは黒煙が漏れ、身体を規則的にがくっ、がくっ、と震わせ、苦しみの涙液を流しながら無惨にその機能を停止した。


「霧の魔女がタイミング良く来てくれてよかったー。ずっと見られてたし、どうしようか迷ってたんだよねー」


 自らが作り出した悲惨な光景に何の感慨も持たず、セレナは風魔法で手を触れないように、破壊した四肢と散らばった金属部品もまとめて二人の亡骸を浮かせ、音を鳴らさないように気をつけながらもゴミのように外へと放り出した。

 邪魔者も消え、一人になった見知らぬ一室で、セレナは窓を締め切り不満そうに黄昏れる。


「あーあ、結局どうするんだろノワールったら。フロルドゥスはやられちゃうし、B.O.A.H.E.S.も追い返されちゃうし。アリアの掌握に近づいてるっていっても、時間の感覚が違うからいつになるかわかんないし。あーもう退屈」


 一人で不満そうな言葉を漏らしている時も、自分が可愛いみんなのアイドルであることを崩さないセレナ。細かな所作にそれがよく現れている。


「いつまで『眼』の役を負うんだか……ストーカーされ続ける生活も困っちゃうよもう…………まあ、仕方ないか。気長にまとーっと」


 セレナは溜め息を付きながら、軽く掃除をしてから部屋を去っていった。

 そして何事も無かったかのように自宅へ戻り、外へ出られない日の一日を過ごすのであった。

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