第233話

「…………そう言うとは思っていた。が、敢えて聞こう。なぜだ?」


「襲撃した外敵の狙いは明白です。その者の周囲には常に危険が付き纏うことになる。そうなれば、村の皆にも要らぬ被害が及ぶことは想像に難くない。であれば、原因がここを離れれば、村の皆は安全を確保できる筈だ」


「……それが自分だから、一度別れようと言うのか」


「はい。既に意思は決まっています」


「……こういうのも何だが、警備を強化して協力しようと言ってもか?」


「気持ちは非常にありがたい。ですが、此度の敵は明らかに『強い』。村の皆はおそらく歯が立たずやられてしまうでしょう。それなら、拙が離れた方が血が流れずに済む」


 明確に自分を狙っている以上、村の付近に居続ければいつゴブリン達が被害に会うかわからない。

 正体もわからない上、未だ生き残っているならば襲撃のタイミングは敵側が強く握っている。

 そうなれば、自身が村に来て食料や日用品を求めている所を襲うということも可能となる。

 一人で戦うならば大歓迎だが、第三者を巻き込む可能性があっては話が別、

 ならば一度村を離れて暮らした方が、間違いなく被害を最小限に留めつつ対峙することができるだろう。

 劾煉はそう考え、今日この朝までに決意を固めたのであった。


「いなくなるですか、劾煉さん……?」


 側にいたカンテロとナテラが、とても寂しそうに涙を浮かべながら、どこか遠くへ離れてしまうのではないかと顔を見つめる。

 劾煉は優しい笑みを見せながら身体を少し屈めて、激励とこれまでの礼を込めて頭を撫でてあげた。


「いや、そうではない。少しの間ここを離れるだけだ。だがいつか、必ず戻ってくる。それだけは約束しよう」


「本当に……?」


「本当だ。それまではこの村のこと、よろしく頼んだぞ。ほら、いつまでも泣いていては足が動かない。しっかり前を見るんだ、良いな?」


 二人は涙を拭い、寂しさを押し込めて劾煉達に笑顔を向けた。

 今生の別れではない。いつかまた会える。なら今は笑って見送ろう。

 二人の思いは彼の言葉で変わっていった。


「お待たせした。出発前の我儘に付き合っていただき感謝する」


「いえ、むしろ最後の一言も許さないとか白状ですよ」


 別れの言葉には、その状況と間柄で沢山の意味を持つ。悲しみに溢れたものもあれば、少し仄暗いものある。

 たった今交わされたそれは、未来への希望に満ちた台詞。いつかの再会を約束する優しい言の葉。


「じゃあそろそろ俺達はこれで。もしうまく話を取り次げたら、ここにアルフヘイムの方が人が来ると思うんで、その時はお願いします」


「すまないな、何から何まで。若いのにしっかりしている」


「あはは、もうここに来てから色々あったんでね」


 なんだか元の時代でいつか聞いたようなやり取りを思い出す大我。

 トガニとの話を補足するように、横からラントが入ってくる。


「ああそれと、あの倒した人型はどこかに保管しといてくれ。もしかしたら敵の手がかりになるかも」


「勿論だ。後々のためになる」


 別れ際、大我の方にナテラが何かを持った様子で近づいてくる。


「あの、これ、私からのお礼……です」


「これは……アクセサリ?」


 その手の中にあったのは、ナテラ手作りの綺麗な石と木を組み合わせて作られた首飾りと、透明感のある小さな石の耳飾りだった

 ナテラの特技である装飾品作りで、以前から助けてもらったお礼をしようと思っていた。

 ようやくその機会がやってきたと、彼女はこの残り僅かな時間で渡したのだった。


「……ありがとう、大切にするよ」 


 大我はプレゼントに心からのありがとうを口にして、いっぱいの笑顔を向けた。

 一通りの話や準備を終え、別れの時間がやってきた。

 とても短い間だったが、自然に深く囲まれたサカノ村を離れるのがなんだか名残惜しく思う。

 大我達はカンテロ達に背を向け、手を振り歩き出した。


「それじゃあなカンテロ! ナテラ! また会いに来るぜ!」


「劾煉さん! 大我さん! またいつかー!」


 大我達もカンテロ達も、互いの姿が見えなくなるまで手を振り、笑顔で絶やさなかった。



* * *



 アルフヘイムまでの道中、話題は劾煉の今後へと移る。それを切り出したのはラントだった。


「そういや、劾煉さんはこれからどこに済むんです?」


「貴殿等の街の近くにでも根城を構えようと思っている。なに、雨風さえ凌げれば後はどうとでもなる。気配を感じない境目を探し、そこで簡単な住処を創るつもりだ」


 機械人類ばかりの街ともなれば、アレルギーとも言える不快感に苛まれてしまうのは確実。

 まずはそれを感じなくなる程度の場所を見極めてそこに暮らそうと考えていた。

 それから続けて、劾煉は少々恥ずかしそうに頼みを口にする。


「そこでなんだが…………ややこんな頼み事をするの忍びないが、貴殿等に街で適当な服を持ってきてもらいたい。捨てた古着でも構わない、裁縫の心得ならある。おそらくこの先、対面での会話が増えることは確実な故……其方らのような身綺麗な者達に礼を尽くさぬのは些か失礼だと思ってな」


「意外だ……いつでもその格好のままでいると思ったのに」


「これは最も気が楽でいられる自然の格好だ。ゴブリン達とは気負わずにいられる間柄なのもあってだが……これからはそうもいくまい」


「んじゃあ着いたらまずは適当な服の確保だな! 適当に探しゃそれなりにあんだろ!」


 ただのなんでもない誘いだったはずが、予想外の出会いと事件に巻き込まれることとなった大我達。

 その事件はひとまずの終わりを迎えたが、燻る根本の不安は消えたわけではない。

 表情を見せないためなのか、セレナは前の方を歩きながら、普段は決して見せないような暗く苛立ちが籠もっているような表情を見せていた。


「なあセレナ、店の古着とかそれなりにあるんじゃねえか?」


「…………えっ? ああそうね! けどそういうの期待しないでよねー? ていうか、ラントいっつもボロボロになってるんだからそっちの方がよっぽどあるんじゃないのー?」


 素早い切り替えですぐさまケロっとした明るいかおを作り出し、わちゃわちゃした空気に混ざり合うセレナ。

 どんよりとした空気も無く、明るくアルフヘイムまで移動を続ける。

 そんな雰囲気がなんだかちょっと新鮮に感じた劾煉。不安はどこかへ吹き飛んでしまった。


「ははは、賑やか也」


 少しずつ積み上がる不安の土台。それをまだはっきりと知覚していない大我達は、小さな日常をちょっとずつ歩んだ。

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