15章 霧の魔女

第234話

 ネフライト騎士団第三部隊隊長室。

 熟練の職人が卓越した技術によって手を施した、機能と形状両方に拘った家具と、精神への安らぎを働きかける観葉植物に囲まれた高級な一室。

 非常に座り心地の良さそうな革椅子に腰掛けて、手渡された資料を読み込むのは、第三部隊隊長のミカエル=テオドルス。

 ただ文字を読み進めるだけでも芸術品の如き画になる美しい容姿。

 報告に来た隊員はじっと平静を装っているが、それぞれ違う二つの意味で思わず出てしまいそうな声を押し殺してじっと返しの言葉を待つ。


「ありがとう。しかと報告は受け取った。ホルムとエニスは君とも仲が良かったね」


「……はい」 


「今回は非常に残念だ。彼らはとても良く働いてくれたけど、死んでしまっては元も子もない。二人への手向けは僕の懐から自由に使ってくれ。静かに、しかし華やかに。せめてもの僕からの別れの道だ」


「はい、それでは私はこれで」


 報告に来た隊員は、少しだけ閉じた唇を歪めて頭を下げ、隊長室を去っていった。

 一人だけの空間になった後、紅茶を口にしながら何度も報告書を見返すミカエル。その内容とは、大我達が向かったサカノ村での事件に関してだった。


「彼らがそんな失態を犯す程度の実力とは思えないが……」

 

 ゴブリン達の暮らすサカノ村で発生した突然の襲撃事件。

 劾煉と呼ばれる一人の男を狙って、男性と女性の半身がくっつけられたアンデッドに近い外敵と、それを見えない場所から魔法によって手助けする何者かが激しい戦いを繰り広げたというものである。

 事件が収束し、大我達がアルフヘイムへ戻った後、サカノ村のゴブリン達へ降りかかる可能性のある危険から保護する為にネフライト騎士団に報告した。

 それから早速、村人警護と事件調査の為に人員が割かれ、村にはしばらくの間、騎士団員が配置されることとなった。

 そして、劾煉と協力して破壊した人型の残骸を回収して間もなく、その身元は第三部隊所属隊員であるホルムとエニスという人物だと判明した。

 彼らは大我達に同行した、現在エヴァンからの疑惑をかけられているセレナの監視命令を受諾しており、実際にそのミッションは忠実かつ完璧に達成されていた。

 大我達の中に彼ら二人の存在に気づいた者は誰もいない。しいて言うならば、操り死体人形となった後で装備品の種類に気がついたラント程度。


「協力者がいたとはいうけど、その者に殺され使われたのか、或いは……」


 決して誰にも見つからずに行動していたにも関わらず無残に殺害され、死体すらも利用されたという徹底ぶり。

 大我達に行った聴取の内容から察するに、監視対象のセレナが怪しい仕草を見せた様子も殆どないらしい。

 ますます謎が深まるが、手がかりとなる物はかなり乏しく、その死体を再利用して動かし襲わせた人物がいることしか分からなかった。

 連続的に考えれば、その協力者と言われた者が犯人となるのだろうが、尻尾一つ掴むことも出来ていない。

 相変わらず美しくかっこいいしかめ面を作り、これからどうするべきかと立ち上がりながら考える。


「サカノ村への調査を継続すべきか、それとも僕の見解に力を入れるべきか」


 ミカエルは一旦部屋を抜け、考え事をしながら廊下を歩く。

 元々セレナを疑い始めたのは、エヴァンからの進言があったからであり、当のミカエルはまた違う人物からの関係を疑っていた。

 だが、偵察を開始してからのセレナの動向も気にならないかと言われれば嘘ではない。

 ここ暫くは外部へ向かうクエストの受諾が目立ち、メインで務めているレストランでの出勤回数は減り始めていた。

 だが決して一人で向かっているわけではなく、その殆どが常に誰かと一緒に行動している。まるで怪しまれる要素を自ら潰しているかのように。

 疑惑を投げる側の主観込みの考察ということは重々承知しているが、気になる点は虱潰しにしておきたい。

 そう悩みながら歩き続けていると、ミカエルは四番隊隊長のエウラリアと出会った。


「どうも、ミカエル。今日もかっこいいですね」


「相変わらずのとりあえず褒めてる言い方だね、エウラリア」


「誤解ですよ。私はちゃんと褒めてるんですから。何だか思い詰めてる様子ですが、行き詰まってますか? 顔がちょっと固くなってましたよ」


 優しく落ち着きのある声から、なんだか言葉の中に少し棘があるように感じてしまいそうな雰囲気を醸すエウラリア。

 だが、彼女が目の前のミカエルのことを心配しているのは間違いない。


「ええ、少々壁にぶつかってしまってね。ところで、そちらは何か?」


「あなたの部下に関してちょっとした報告を。回収した隊員二人の死体を調べてましたが、切断面から雷魔法の形跡が見られました。それも綺麗に真っ二つ。迷い無く二人を切断していますね」


「雷魔法…………」


「それから、二人の身体の接合面はそこらのアンデッドに比べてやや粗雑でした。ネクロマンサーのような技術的なものでもなく、猿真似のように無理矢理くっつけて動かした……という方が適当ですね」


 この上なく単純で、二人が受けた扱いが理解出来る内容。

 ミカエルは顔をしかめる。


「ありがとうエウラリア。手掛かりの一つにさせてもらうよ」


「他の皆にも言えることですけど、無茶は止めてくださいね。誰を監視してたのかは知りませんが、第二部隊みたいな怪我量産集団が増えたらたまったものじゃないですから」


「当然だ。特に僕の部隊は気をつけないといけないからね。それじゃあ僕はこれで」


 去り際に笑顔を向けて、そのまま外へ歩こうとした直後、エウラリアは再びミカエルを呼び止めた。


「ミカエル、今日はこの後激しい雨だそうですよ」


 その一言に手を振って応え、ミカエルは改めてその場を去って行った。


「条件は整うか……なら、ここは僕の見解を自ら確かめるしかないね」


 円卓会議、そしてその後にエヴァンと共有したそれぞれのアルフヘイムに影を落とす者の疑い。

 エヴァンはセレナに対して、そしてミカエルは、今日まで人々の間に伝えられる『厄』へと狙いを定めるのであった。


「そろそろその影を踏ませてもらうよ、『霧の魔女』」

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