第232話

 そして、一日敵を探し回ったこの日の午後。

 すっかりと日も落ち、外に出るにも明確な光源が必要になった時間帯。

 結局協力者も見つからず、手がかりや痕跡すら見つけられなかった大我達は、安全も考慮して一晩村長邸にて泊まり込み、夜を明かしてから村を出ることにした。

 どこにいるかもわからないのに正確無比な魔法攻撃を仕掛けてくるような実力を持っているのに、自ら視界の悪いフィールドへと転がり込むのは自殺行為に近い。

 泊まることも考えていなかったところに手を差し伸べてくれたトガニ村長に感謝しつつ、大我達は脳裏にこびりつくもやもやを抱きながら、片割れだけとはいえ外敵を退けたお礼に提供してくれたジューシーな肉料理や果実いっぱいに絞ったフルーツジュースを堪能したりと、それぞれに寛いでいた。

 そこには、滝の方へと戻らず皆と一緒に一夜を過ごす選択をした劾煉もいた。

 内なる懸念が拭えず、一人の悩みを抱えながら、同じ屋根の下で同じ食事を楽しむ。

 極稀に交流の一環としてゴブリン達と食事をすることはあったが、それ以外の者と共に日常の一部を過ごすのは初めてだった。

 

「おい大我、お前いつもより食いっぷりしょぼくねえか? 動いてなかったからか?」


「おめーにいわれたくねえよこの野郎。一人でバクバク食ってたらみんなの分無くなるだろうがよ。なんなら今から腹ごなしにラントお前と勝負するか?」


「上等だぜオイ。あんまり前に出られなかった分溜まってたんだよ」


「はいはい二人共! ここはセレナの顔に免じてやり合わない!」

 

「げ、元気だなあみんな……」


「ま、俺達はあんな野蛮人どもよりも文化的に楽しもうぜ。新しい仲間……仲間? もいるわけだしさ」


 しかし、食事を続けるうちに、抱くモヤモヤを超えて大我達は純粋に食事とその場にいる皆での雰囲気に染まっていた。

 細かく刻んだ複数の野菜と肉汁滴る野性味溢れる肉を、小麦粉を練って作った生地を焼いた薄型の焼き餅で挟むように包み、粉調味料を振りかけた料理を大人しく上品に頬張るルシールと、どこかワイルドさ溢れる持ち方とは対象的に一口一口をじっくり噛みしめる劾煉。

 濃いめの味付けと後がけ調味料の辛さとアクセントの酸っぱさが絶妙に口内で混ざり合いながら、小麦粉餅と野菜がそれを弾けすぎないようにまとめ上げる。

 一口噛むたびに滲み出す肉汁が、最後の一手と言わんばかりに舌の上で旨味を弾けさせた。


「あ、あの…………エルフィ……何か変な気配を感じたりは…………してない?」


「いや、俺にはなんにも。ルシールの方は?」


「私にも全然…………こういう時、神様のお告げでもあればいいんだけど……」


 半分ほどの量を食すエルフィと共に、一抹の不安をポロリと口にするルシール。

 今の室内の雰囲気は明るく、敵の心配など振り払われたかのようではあった。

 それでもやはり、気になるものは気になる。ルシールは木のコップに注がれたジュースを軽く口にしながら、集まった三人で今の気持ちを共有した。


「今こうして落ち着いてる時に……私達を狙って敵が来たら……って、ちょっと思いますね。そうでなくとも、また……この村に来たら…………」


「…………いや、恐らくそう何度も来る事は無いだろう」


 二人は仄かに感じている不安を解すかのように、劾煉がそっと口にした分を飲み込んでから口を開く。


「どうしてそう思うんだ?」 


「奴等は挙って拙のみを狙っていた。貴殿等にも攻撃が及ぶ事はあったが、それは得てして加勢した、もしくはしようとしていた時だ。であれば、元々拙以外を相手とは考えていないのだろう」


 改めて考えてみても、確かにそれは劾煉の言う通りだった。

 人型や援護攻撃が狙っていたのは、九割程劾煉に向けてばかり。それ以外は邪魔者を振り払うかのような威嚇攻撃や反撃が殆ど。

 

「明確に拙に標的を定められたのは初めてだ。敵意を抱かれる覚えもない。当然あの人型を目にしたこともない。であれば……」


「本人にもわからない理由で命を狙ってきたってことか。一体何のために……」


「…………すまない。今日はそろそろ床に着かせて頂く。明日の為に、少々心の整理が必要になるのでな」


 そう言って手にしたラップサンドを最後まで食して飲み込むと、やや騒がしく食事を楽しんでいる大我達に優しげな笑みを浮かべ、それから付き合ってもらってありがとうとエルフィとルシールに深々と恩義を重んじるように頭を下げて、劾煉は用意された床の間へと移動した。


「大丈夫……なのかな。劾煉さん、落ち込んでたりしてないでしょうか……」


「大丈夫……なんじゃねえの? あれだけ威風堂々とした男が、今日の出来事で怯むとは思えねえしよ」


「そうは……思いません。人って、見かけや性格によらず…………色んな出来事で傷ついてしまうものだから…………私には、劾煉さんみたいな人の気もちはわからないけど…………だけど、ちょっと寂しそうに見えたから…………」


 あまり内なる心情を見せないようにしていながらも何か刺さるものがあったのか、優しいルシールは一際劾煉の内心に対しての不安を抱いていた。

 この予想は外れていてほしいと思っていても、心配性のルシールには拭えないものがある。

 一方で、ちょっと俺は鈍感気味なのかなぁ……と、親しい相手のわかりやすい所までは察せられてもこういう時はもう少し考えたほうがいいかもしれないと思い返したエルフィ。

 雰囲気がやや対象的になってきたそれぞれの夜食。時間が経つごとに解れていくことにはなるが、それまで二人の頭の中は、悩みの棘が絡みついていた。


 そして、一人客人用のベッドに座り込む劾煉。

 機械人類の側にいる際の悪意のない不快感と、個人的な考え事の二つの理由で一度場を離れた彼は、自身が下した決断を前に心の準備を整えていた。


「…………俺が決めた事とはいえ、住み慣れた場所を離れるのは心寒いな」


 明かりの無い暗闇の中で、慣れた瞳に写る手のひらを見つめる劾煉。

 時が移ろうに連れて、変わらない物は存在しない。いつかこんな日は来るはずだったのだろうと思いながら、劾煉はいち早く眠りについた。



* * *



 次の日の朝。

 サカノ村を離れる大我達と、それを見送るトガニ、カンテロ、ナテラ。

 その間には、劾煉が立っていた。


「トガニ村長。拙は此処から一度離れさせて頂きます」

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