第231話
「すげえ……あんな粉々に……」
粉々に砕け散り、空気に溶け消える氷塊。辺りに流れる静寂。
その無駄無く力強い一撃に最も驚嘆したのは、一撃の拳の重さを研究、鍛錬し研磨を重ねたラントだった。
人型を倒し、残心の如き僅かな合間が開いた後、その空気を破るようにエルフィが口を開いた。
「そうだ、次は隠れてる奴を探さねえと!」
「やべえそうだった。また攻撃されるかもしれないんだ」
見惚れて思わずそういえばそうだと現実に意識が帰るラント。
まだ一人倒しただけであり、人型に加担する姿見せぬ人物がいる状況は全く変わっていない。
正確無比かつ高威力の魔法を連発できる相手の居場所を突き止めねば、いつ不意打ちされるかもわからない。
敵の実力によっては全滅もありえない話ではない。
少なくとも大我達の中には、敵の姿を捉えた者は誰もいない。であれば、その外部の人物に目撃情報を問うしかない。
「そ、それじゃ……探し回るの?」
「そうなるんじゃない? でも、これだけ分かりづらい場所なら手分け探したほうがいいんじゃない? 少なくともセレナはそう思うわ」
未だ不安の拭えないルシールに、おそらくこの先の展開はこうなるだろうと予想を立てるセレナ。
そこにラントと劾煉が横から口を挟む。
「いや、ここはまとまって探したほうがいいだろ」
「えっ、どうしてよ」
「拙も同意見だ。敵は常に存在を隠匿している。味方である筈の異形が窮地に陥ると、援護の手すら途絶えていた。恐らくは自身へ矛先を向けられる前に退避したと考えられる。白状と言えるが、戦況が見えているとも言えるだろう」
「で、まだ遠くに行ったとは考え辛い。足が遅いか早いかもわかんねえからな、反撃の機会を狙ってる可能性もある。そんでこんな木々の生えてる中に作った村でバラバラになるっつったら、それこそ自分から的になりにいくようなもんだ。だから纏まって探す」
遠距離攻撃のエキスパートであることは間違いない敵に、一人ひとりになって動くことは自殺行為に近い。
敵の実力も完全にはかれない今、あえて的は一つとなった方が良いだろう。
その考えを一致させたラントと劾煉。そして大我とエルフィ、ルシールもそれに納得した。
「じゃあ、セレナもそれで」
セレナもその多数決気味の決定に、反論もせずおとなしく従った。
ひとまず最初に問いをぶつけたのは、途中から加勢に入ろうとしていたカンテロとナテラの二人。
外側から乱入してきた分、退避した者や不審な人物を見かけた可能性は高い。
何より魔法を使うとなれば、ゴブリンでないことは間違いない。現在大我やラント達以外に魔法を使える人物は存在しないはず。
一つの情報が大きな進歩になるはずと、大我達は早速近づき質問をぶつけた。
「カンテロ! ナテラ!」
「す、すごいみんな……あれを倒すなんて!」
途中から戦いの光景を見始めたものの、苦戦を強いられたことは肌で感じ取ったカンテロは、劾煉を中心として純粋な尊敬の念を抱き、皆に憧れの眼差しを向けていた。
「ありがとう。で、それはともかくとして、二人は誰か怪しい人物を見なかったか?」
しかし今は、それを一旦流して本題をぶつける。
カンテロとナテラは互いの顔を見合い、質問に合致する答えができないかと記憶を辿った。
しかし、唸っても悩んでも、それに見合う答えは浮かばなかった。
「ごめん、怪しい人はいなかったですね……」
「私も、見てなかった……」
「そうか……わかった、ありがとう。まだ敵がいるかもしれないから、どうか気をつけて」
最後に心配の声をかけ、一旦離れて村長邸の方へと赴く。
何者かによる爆撃の被害を受けたが、幸いにも大きな被害は免れたらしく、命に関わるような怪我を受けた者は一人もいなかった。
全員の安否はひとまず確認したとトガニからの報告を受けた後、同じように不審な人物を少しでも見なかったかと質問する。
「不審な影は見当たらなかった。自分でも不思議に思っているが……」
しかし、大人数がいたにも関わらず、それでも目撃者は誰ひとりとして存在していなかった。
住人のゴブリン達が言うには、それらしい影すらも無かったという。
「どういうことなんだ……? あれだけ派手にやっといて、どこにもいないなんて有り得るのか?」
「周辺には少なくともいないってんだからな……探す範囲広げてみるか」
派手に存在感を示しておきながら、草木擦れる音や気配すら無いとはどういうことなのか。
何かの間違いだと考え直しても、思い当たる節は全く無い。
大我達は周囲の安全を改めて確認し、捜索範囲をトガニ村全体へと押し広げた。
放置していては危険な存在であることは間違いない。ゴブリン達への加害は、加勢を加えようとした時以外は見られなかったが、それでもいつ襲撃をするかもわからない。
大我達は可能な限り聞き込みを行い、もうひとりの謎の外敵の正体を掴もうとした。
結局、二人目の敵の跡を追うことは敵わなかった。
誰も逃げる姿一つ目撃していない上、襲われるような事象も発生していなかったという。
明確に劾煉達を狙って攻撃をした計画性は浮き彫りになったが、結局その全容はボヤケたままである。
その後大我達への再襲撃は一度も行われず、突然に発生した嵐のような急襲は、濃いモヤを残したままフェードアウトする形となった。
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