第230話

「大きく変わった様子は無い。どういうことだ」


 人型が起き上がるまでの間、劾煉は大まかに周囲の様子を探り、無反撃の要因となった因子を確認しようとした。

 援護要員には人型のダメージはさして関係ないはず。たとえダメージを負おうとも攻撃が刺さった瞬間を狙い遠距離から反撃を叩き込めば良い話。

 それが無いということは、援護要員の周辺状況が一時的にでも悪化したということ。

 そしてこちらの位置を常に把握しているならば、その者自身も戦闘状況を確認できる位置にいることは確実。

 の、はずだった。だが、正確無比な援護魔法が滞ることに繋がる戦況変化はほぼ見られなかった。

 つい数刻前に起きた異変と言えば、ゴブリン達が手助けをしようとした所に爆発が発生し、大きく軌道を外して投げられた棍棒をラントが打ち砕いた程度。

 その中に原因があるとでもいうのか。

 数秒程度の確認時間が過ぎ、大我達も次々と劾煉の反撃に反応し始める。


「あいつが吹っ飛んでる!」


「劾煉さんの方はダメージ受けてる様子はねえ。一発刺さったんだ!」


 人をおちょくるような危険な妨害の応酬を抜け、ついに叩き込まれた一発。

 短い間の出来事であることを考慮すると、おそらく連打や重撃が入ったわけではないはず。

 にも関わらず大きなダメージを受けているらしい人型の姿は、敵自体はそこまで打たれ強くない様子を表している。


「い……今のうちにっ…………!」


 ずっとどこかで手助けを加えよう詠唱を続けていたルシールも、その一発の戦況変化を確認する。

 彼女には戦いのノウハウはわからないし知らない。だけども、おそらく今この瞬間を逃したらずっとチャンスは訪れないような気がしてならない。

 ルシールは意を決し、立ち上がろうとする人型に向けて両手をかざした。


「……………ちっ」


 フラストレーションが溜まる戦況の硬直がようやく解かれ前進した。

 そんな状況に、セレナは誰にも見えないように苛立ちの顔を表し、誰にも聞こえないようにとても小さな舌打ちを鳴らした。


「動くか。だが貴様の好きにはさせん」


 素早い動作から叩き込まれた重い裏拳のダメージから復帰し、再度立ち上がる人型。

 殺戮機械の如く、痛がる声も挙動も見せず再び殺しに一歩二歩と踏み出す。

 だがその足と身体の向きは劾煉を向いているが、攻撃の合図か、武器を持ち掲げられた右腕二本は彼ではなくルシールの方へと向けられていた。

 人型の殺害目標はあくまで劾煉。しかしその目標を殺す為の障害の一つだと判断されたらしく、手にとった剣を炎で赤く染め上げ、それを投げ放とうとした。

 その時、人型の視覚外、後方の茂みの中から三本の矢が人型の後頭部目掛けて放たれた。

 お世辞には鋭い軌道や速度とは言えない、不慣れさの感じる矢の挙動。

 矢尻は人型の後頭部に命中するが、後頭部の皮膚を僅かに刳るだけに終わり、金属骨格二命中し周囲に金属同士の衝突音を鳴らす。

 人型はぴくんと反応し、射られた方向を冷たい目で見つめた。

 矢の射手の正体は、一度トガニ邸を離れてから事態を察知し皆のことが心配になってやってきたカンテロと、一緒にいた方が安全だとついてきた妹のナテラだった。


「効いてない……のか……?」


「兄ちゃん、あれ効いてない」


 護身用にと練習していた弓を持参していたところで現状に遭遇し、隠れて援護しようと矢を放ったが、全く効いている様子が無い。

 しかしその一瞬の時間が、ルシールの氷結魔法を叩き込む時間を作り上げた。


「それ以上は、絶対に攻撃させない…………!」

 

 人型の頭上に突如発生した絶対零度のエネルギー体。

 急激な気温低下に反応して空を見上げた直後、辺り一帯を凍てつかせるような冷気光線と、氷柱の雨が降り注いだ。

 人型は魔法具を用いた防御体勢を築くも、ルシールの魔力はそれだけで防げるような代物ではなかった。

 守りの上から侵食する凍結は、激しく乱雑に動き回っていた足を、四本腕を、身体を頭部を氷結。

 炎剣は氷を溶かし続け最後ま抵抗を続けるも、氷点下の中に閉じ込められた所有者の操作もなく稼働を継続することはできず、いつしか剣の芯まで冷え切り活動を停止した。


「これは…………また見事な」

 

 援護攻撃となる派手な氷結魔法に対して、付近にいては嫌でも巻き込まれると判断して距離をとっていた劾煉。

 つくづく自分の理解の外から未知がやってくる。圧巻の光景は脳裏に強く焼き付く。

 しかし一体何が起きたのか。己の反撃成功から、短い間に事が進んだとはいえ、共犯者の正体もわからぬまま敵の無力化を完了してしまった。

 これではまだ事実への靄が残る。敵は間違いなく生き残っているだろう。

 たった一発の反撃で人型を見捨てたとは考えにくい。戦況の僅かな変化から早々に切り捨てたのか。或いはそうしなければならない理由でもあったのか。


「――――無駄に思考を巡らせても仕方あるまい。今は眼前の敵を屠らねば」


 だが、何を言ってもこの一瞬による状況反転によって横槍が入らなくなったのは変わらない。

 今は敵の確実な排除をしておくべきだろう。

 劾煉は身体を左に捻り、右腕の可動域を大きく作り出す。

 拳を握り、凍てついた地面に右脚を踏み込み、遠心力を用いて加速と重さを上乗せしたした裏拳を巨大な氷塊に閉じ込められた人型に叩き込んだ。


毅獅ごうし!!」


 人型は砲丸を打ち込まれたような衝撃を喰らい、氷塊もろともバラバラに砕け散った。

 胴体を失った頭部は地面を小さくバウンドしつつころころと転がり、力なく傾いた。

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