第226話



「お、おおう……」


 思わず興奮と感嘆の感想を全て含んだ声混じりの息を吐き出すラント。

 自身が知る最も力の長けた人物であるアレクシスとはまた違う方向の力強さ、屈強さ、そして豪の雰囲気。

 彼の内心に次々と湧き上がってくるのは、どうか手合わせさせてほしいといういつになく燃え上がる闘争心だった。

 一方の劾煉は、やはり心の持ちようだけではすぐに克服や緩和が訪れはしないことを表すように、決して表情には出さないようにしながら胸中や脳に響く不快な感覚を抑え込んでいた。

 ラント達が悪いわけでは決してない。自身の身体にある拒絶反応が悪いのだと、劾煉は暫くの握手から、一度距離を取った。


「…………難儀なものだ」


 元凶と対処の解らぬ不能程厄介なものは無いと劾煉が考えていた一方で、ラントの内側の衝動はどんどん高まっていく。

 手合わせしたい、今すぐにでもぶつかり合いたい、拳を交わしたい。どちらが強いのかを確かめるまでいかなくてもいい、自分とあの黒檀のような男とぶつかったらどんなことになるのか知りたい。

 目が少しずつ見開き、興奮の笑みが強くなっていく。

 そして、その思いのままにラントは握拳を作ったまま声を上げた。


「アレクシスさん! 一回勝負をお願いします!!」


 いつまた会えるかわからない上、自分達のようなエルフや亜人が苦手なら、尚の事次の遭遇は遠くなるとしか思えない。

 だったら今、勇気を出して勝負を挑みたい。このチャンスを逃すわけにはいかない。

 ラントは自分の腕試しも兼ねて、この場でぶつかり合いを申し出た。


「………………良いでしょう。その勝負、受けて立つ」


 大我との一戦で、胸中では闘争心が沸き立っている劾煉。

 わざわざ相手から投げられた申し出を断ることはありえない。それをしたならばただただ失礼でしかない。

 蝕む嫌悪感に無理矢理蓋をしつつ、周囲を軽く見渡してからその場で構えを作った。


「こちらはいつでも準備は出来ている。貴殿の思う機で、存分に参られい」


 先行は譲る。挑戦を受けた側なのだから、挑戦者側のタイミングで勝負を始めようという劾煉なりの勝ち気、精神面での盤外戦術。

 それをラントは、何も言わず眼と姿勢で受け入れ、同じく戦闘の構えを取った。


「どれだけ通用するかわかんねえけど、やるからに勝

つ気で挑ませてもらうぜ!」


「そう来なくてはな!」


 抱いた感情を声に出し、それをバネにして足を一気に踏み出し、正面から勝負を挑む。

 我流で己を鍛え続け、憧れのアレクシスの元で修行を詰んだ肉弾戦の実力。それを今、真っ向からぶつける時が新たに来たのだった。




 数分後。二人の勝負は劾煉の勝利で幕を閉じた。

 ラントのラッシュと一撃の緩急をつけた攻めをいなし受け止め続けていたが、途中、土魔法によるトリッキーな撹乱を織り交ぜたオフェンスに、一瞬は優勢が傾くかと思われた。

 だが、劾煉は己の反射能力と視覚、直感を駆使してそれをぎりぎり弾き、生じた一瞬の隙に重撃のストレートを叩き込んだ。

 どちらかが完全にくたばるまでの続行も可能だったが、平和な村の中でそのようなぶつかり合いをを激化させるのはやや危ないと判断し、その一発を以て一旦の決着とした。


「クッソ……やっぱまだ足りねえか」


「驚いた。体術の一つ一つが練り上げられている。そして咄嗟の搦め手や作戦に入る際の判断が早い。その上で一発の重さに拘るような戦い方をしているのは…………つまりはそういう性分だということか」


「あーいてて…………やっぱそういうの見破られるのか…………強え人ってすげえなあ」


「思想や信条は動作に出るものだ、根幹と一緒にな。おかげで面白い物を見ることができた。大我殿の二人で一つの自由、ラント殿の技能の内に光る力強さ。あの場所で修行しているだけでは決して見られぬ物だ。礼を言おう」


 機械人類に対するハンデを背負いながらも、それを抱えたまま戦い抜いた劾煉には、一瞬の突き抜けた爽やかささえ見えた。


「こちらこそ、あんた……劾煉さんと戦えて本当に良かった。俺のやり方の参考がまた一つできたぜ」


 互いを称え合い、今度は握手ではなく拳をこつんと合わせて勝負の証を共有する。

 戦いを通して強さを求める者同士。根本の性質は違っても、目指す道は似たものがある。

 今日この日初めて顔を併せた二人だが、互いの積み上げた力を祝福した。

 そんなやり取りを、観客のような位置で見つめていたセレナとルイーズ。


「なんか、目的変わってない?」


「まあ……えっと、いいんじゃないかな? みんな楽しそうだし。特にラントは満足そうだし……」


「…………はぁ、まあいっか」


 自分の性格には合わないであろう世界でありながらも、理解を示し納得するルシール。

 一方でセレナは、小さく突っ込みを入れながらも誰にも見せないようにほんの一瞬だけ不愉快そうな顔と誰にも聞こえないような舌打ちを出した。


「しかし、貴殿等は一人ひとり、中々の力を持っていると見える。ラント殿だけではない。そこの二人も付添なのだろう?」


「ああ、あっちのちょっと落ち着いてる感じなのがルシールで、その隣の明るい奴がセレナだよ」


「なるほど」


 二人の名前を聞いた劾煉は、ひとまず挨拶だけでもしておこうと足を向ける。


「お初にお目にかかる。拙の名は劾煉。大我殿とラント殿とは良き戦いをさせてもらった」


「ど、どうも…………ルシール……です…………」


「はじめまして、セレナよ」


 その雰囲気に怯えながらも、内心ではこの人は悪い人ではないと感じ取れているのか、ちょっとだけ警戒心が薄いルシール。

 一方でセレナは、どこか不機嫌そうな空気が滲み出ていた。


「彼らも中々の力を持っているが、貴殿らにもそれを感じるな。特に……セレナ殿には」


 戦いを挑もうという気は無いが、それを誘発させられそうな秘めたる力を感じるとどうしても言いたかった劾煉。

 特に注目しているという言葉を、神憑であるルシールではなくセレナに向けようとしたその時、サカノ村の外れから、無数の木々を薙ぎ倒すような轟音が聞こえてきた。

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