第225話
「まさか、ルシールがついてくるってのは予想外だったな。割と強引だったっつっても、遠出すんのは苦手だろうに」
「あ…………そう……まあ、そうだね…………」
たまに外に出て気分転換などもしながら、村長の家でくつろぎ三人の帰りを待つラント達。
セレナはちょっと外の空気を浴びてくるとしばらく外出し、ラントはぐったりと椅子に腰掛けてリラックスし、ルシールは同室に置かれていた本を手に取り、静かに流れる時間に沿うように読んだことの無かった本を楽しんでいた。
そんな帰りを待つ中で、さすがに少々退屈な気分になり始めたのか、ラントがタイミングを見計らってルシールに話しかける。
「セレナやみんなと一緒にいるなら……いいかなって…………」
「セレナとずっと仲いいもんな、ルシール」
ルシールはかつて、神憑という特異なる能力を授けられた存在が故に、とにかく大事に扱われていた。
だがそんな状況と待遇が、気の弱く引っ込み思案な彼女には逆に精神を萎縮させる要因になってしまった。
一時期は殆ど外に出ることも無くなり、暇があれば本を読み、時には陽の光を浴びる日も無いような時間もある程だった。
そのような状態がしばらく続いていたが、意識を外へと打ち出すキッカケとなったのが、本と共通した得意魔法を持つクロエ、そしてやや強引ながらも馴れ馴れしく親しい態度でしてくれたセレナだった。
二人と触れ合うごとに、己の心が少しずつ氷解していき、自分の足で踏み出すということを行うようになり始めた。
その結果、ティアやラント達と出会い仲良くなり、自らクエスト紹介所の従業員を務めるまでになっていた。
やや覚束ない喋りは相変わらずではあるものの、ルシールは少しずつ前進していたのだった。
「う、うん…………けど、それとちょっと…………変な感じがして……」
「変な感じ?」
「変な……というか、最近、頭の中がたまにぴりぴりするというか……」
「体調悪いとかじゃないのか? 今までにそういうことは?」
ルシールは黙って首を横に振る。
今までに体感したことのない初めての不快な感覚。過去に類似した頭痛や痛みを体験したことはなく、今回のそれはここ最近襲ってきた未知のもの。
何が原因なのかもわからず、対処しようがないと考えたルシールは、精神的なものや場所に依存する物であればと、一度違う場所の空気を吸ったり行動を起こして気分転換にでもなれば多少は和らぐかと思い、ついてきたのであった。
「そんで、今は大丈夫なのか?」
「今のところは…………かな。変な感覚も、アルフヘイムから離れると…………小さくなってきた」
「んじゃあ、あそこに原因があるってのか。けど、そんなルシールに影響あるようなのがあんのか……なんにも思い当たらねえ」
「…………あっ、そういえば」
「二人共ー! 大我達が帰ってきたよ! なんか一人増えてるけど!」
ルシールがふと関係性のあるかもしれない事柄を思い出し、口にしようとした直後、横槍を入れるかのようにセレナが大我達の帰宅を元気に知らせてきた。
話の繋がりをぶった切られたルシールは一旦口をつぐみ、仕方ないなあと思いながらそのまま本を丁寧に閉じて外へと歩いていった。
同様にラントもその声に釣られて後ろをついていくが、村長から聞いていた話から、ラントには期待と興奮の感情が膨れ上がっていた。
一人増えたということは、おそらく話題に上がったあの男。まだ見ぬ強者とこの場で会えるということは、彼にとっては嬉しいことこの上ない。
そうして外に出ると、村長のトガニと共にセレナが待ち受けていた。
その視線の先には、大我、エルフィ、カンテロ、そして耳にしていた特徴通り、漆黒の肉体を持った闘士、劾煉の姿があった。
「へぇ、アレが劾煉って人なんだ……」
「いかにも。だが、彼がここに来るのは意外だ……エルフがいるという話は聞いているだろうに」
交流があるからこそ知る劾煉の性格と性質。
それだけに、彼のことを知る村長トガニは、互いの意志を短い間に熱く交わしあったのだろうと察しつつ、その人を引き寄せる力を内心で称賛した。
「トガニ殿、元気そうで何よりです」
「そちらこそ。しかし、よく今日こちらへ来ようと」
「面白いものを見せて頂いた。大我殿の友人がいるというならば、是非挨拶はしておきたい」
「相変わらず、律儀な男だ」
互いに軽く笑い合う二人。
「それじゃ、俺はこのあたりで! 大我さん、本当にありがとう!」
大我達と劾煉を巡り合わせることができて満足したカンテロは、一旦家で留守番をしている妹の様子を確認するために、その場から頭を下げて走り去っていった。
言葉には出さず、眼で巡り合わせてくれてありがとうと告げる劾煉。
そして、意図せず出迎えるような立ち位置になったラント達の方を向き、堂々とした立ち姿で口を開いた。
「お初にお目にかかる、大我殿の友人達。拙の名前は劾煉と言う」
「あ、あんたが……劾煉」
過去に似た人物の思い浮かばない、見えないオーラを帯びているようにも見えるその男を目の当たりにし、ラントは心の底から打ち震えた。
「その反応からして、貴殿がラントという者か。大我殿から話は聞いている」
「大我てめえ、何か言ったのかこの野郎」
「ぶっきらぼうだが優しく強い人物だと」
べた褒めに近いであろう評価が自分のいないところでされていたことに、何も言えず照れていいのか逆ギレしていいのかわからないぐちゃぐちゃな感情で、ぬぐぐという声が聞こえそうな微妙な表情を見せたラント。
一方の劾煉は、やはりあまり機械人類相手が苦手なのか、少々眉間にシワを寄せていた。
そんな具合を見て、エルフィが話しかける。
「やっぱしんどいのかよ? そんな雰囲気出てるぜ」
「まあ…………そうだな。やはり慣れぬ。どこか心臓がざわつく感覚と、脳の奥を掴まれるような何かを覚える」
現世界に生まれてからの消えない刻まれたような体感。そうやすやすと消えるようなものではないのだろう。
しかし、劾煉は一歩前に踏み出した。
「だが、今は我慢できない程ではない。此れを耐えなければ、大我殿に失礼というもの」
義を重んじての一歩前進。
そして、ラントに握手を求める右手を差し出した。
「宜しく、ラント殿」
トガニから聞いていた劾煉の話から、自分達のことが苦手なことは知っている。
そんな相手がこうして手を差し出してくれていることは、尊重にほかならない。
それを無下にすることは大きな失礼になると、ラントも応えるように強く握った。
「…………よろしく」
ラントが触れた手は、堅く屈強であった。
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