第224話

「もう一発!」


 空中へ投げ出された大我へ視線を向けず、エルフィは身体を張って作られた隙を突き、両手を掲げて巨大な雷球を放った。

 同時に、周辺の地面から硬化させた土の砲丸を無数に生み出し、連続で劾煉目掛けて発射した。


「反撃は出来ぬか。ならば」


 煙を殴ることと同じように、実体の持たない電撃に抵抗することはできない。

 おそらく無理に手を出せば、自身が痛手を負うだろう。

 かと言って軽く避けるだけならば、正面以外をカバーするように撃たれた土の弾が襲いかかる。

 逃げの一手に追い込む、大我の状態を考慮した手助け攻撃に内心で天晴を向けた劾煉は、すうっ……と一呼吸置いて、左足に体重を傾ける。

 そして、自ら吹き飛ぶような速度でサイドステップを踏み、放たれた遠距離攻撃を回避し、体勢を即座に整え真正面からエルフィに突っ込んだ。

 避けきれない分の土弾は、最小限のジャブと足刀で打ち砕き、初速の勢いを保ったまま近づいていく。


「やべえ! やられる前に――――」


 魔法を見たことないと言いながらの攻略速度の早さに思わずたじろぐエルフィ。

 追撃を放たなければ次の瞬間に負ける。だがこんな時の正解はなんだ?

 迷いが巡り判断が遅れたことが命取り。考えても仕方ないと次の攻撃を放とうとしたその時、劾煉の弾丸の如き音速のストレートがその小さな身体に放たれた。

 一瞬、エルフィの電子頭脳に死の概念が巡る。

 だが拳は眼の前で止まり、精霊の身体に寸止めによる拳風が吹いた。

 その風は、今までに感じたことのない、温感的な冷たさとは違う、心臓にナイフの先端を突きつけられたような冷たさがあった。

 しん…………とした静寂が、滝の音を上書きして三人の間に流れる。

 数秒程空気が止まった後、最初に動き出したのは劾煉だった。

 彼が浮かべていた笑みからは、何か新しい世界を開いたような、小さくも爽やかな感情があった。

 どうやらこの僅かな時間の勝負にとても満足したようだ。

 

「――中々楽しめた。是迄体験した事の無い、愉快かつ心躍る戦いだった」


「お……おう…………」


 最後の一発のインパクトが脳裏から離れず、全てを出し尽くし健闘を称える言葉にも思わず生返事を返してしまうエルフィ。

 その間にも、ふっ飛ばされた大我が起き上がる。


「うおっ…………いててて…………げほっ……いって…………」


 身体の中心に響くような衝撃に、思わず肺が驚き咳き込む。

 ふらふらとしながら体勢を立て直そうとしたところで、劾煉が優しく手を貸してくれた。


「感謝致す大我殿」


「……あれ、終わりなのか……いて…………一発しか攻撃当てられてねえ……」


「何、貴殿の一撃は中々の物だった。技術は無くとも、我武者羅に己の力を込めた良き拳撃であった」


「はは…………褒められてるのかわからない……」


 ようやく回復し始めた大我に肩を貸し、エルフィの方へと歩み寄る。

 痛みと違和感が引き、歩けるようになってきたところで、しばらく離れていたカンテロが戻ってきた。


「なんだかすごい音鳴ってたけど大丈夫でした?」


「ああ、案ずることは無い。少々手合わせをしていた」


「……なんか、とてもいい顔してます。楽しかったですか?」


「――――嗚呼」


 何度も顔を合わせいるカンテロですら見たことなかった、蓋されていた感情が解放されたような、それでいてまだまだ足りないというような、楽しげかつ求道の顔。

 比較的活発ながらも勉学に励むタイプのカンテロには全てを理解できない感情ではあるが、親しい人のそんな姿を見て、どこか嬉しい気持ちが浮かび上がった。


「ところで大我殿。村に来たのは貴殿らだけなのか?」


「いや、あと三人と一緒に」


 少しだけ考える間をおいたあと、劾煉はよし、と一言呼吸混じりの声を出した。


「では、村へ向かうとしよう。……おそらく、エルフィ殿と同様に不快感に苛まれるかもしれぬが、顔合わせくらいならば問題ないだろう」


 二人と拳を交え、しばらく鍛錬を重ね続けていた劾煉は外の事柄に興味がわき始めた。

 二人の友人ならば、信用できないこともなく、失礼ながらも機械人類へ抱く奇妙な不快感への慣れを見出す可能性もあるだろう。

 大我とエルフィはもちろん異論はないと、その申し出を承諾した。

 そうして、三人に新たに劾煉を加えた一行は、サカノ村への帰路についた。

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