第223話

「心臓が打ち震える。この勝負、たったこれだけでも愉快で仕方がない。さあ、もっと向かってくるがいい」


 にやりと笑みを浮かべている劾煉。

 今この時の、真正面からぶつかる未知との戦いが面白くて仕方がないという感情が非常にわかりやすく滲み出ている。

 現状は全て受けの姿勢に神経を集中させているのか、一歩もその場から動く気配は無い。

 だがそれが、まるで仁王像の如き荘厳な威圧感を思わせる。


「って言われても、次の一発を当てられる気がしねえよこれ」


「なあ大我、どう攻めようかの考えあるか」


「俺が聞こうと思ってたことだよそれ」


 どこから攻めていけばいいのか、まるで全方位の気配を感じとらんばかりの風格。ダメージを与えるビジョンが全く浮かばない。

 だが、ただ黙って突っ立っているだけでは状況は進まない。

 大我は脳にはっきりと感じ取れる鼓動の下から溢れる不安と高揚感を原動力に、ぐっと拳を握る。


「エルフィ、俺が真正面から挑むから、そっちは後ろから援護してくれ」


「よっしゃ、任せとけ」


 気兼ねなく今の自分が出来る全力をぶつけることが最適解であることが、短い刻で理解できた。

 おそらくは劾煉もそれを望んでいるのかもしれない。ならばやれるだけのものをぶつけてみよう。

 大我は両手に電撃を纏わせ、エルフィのサポートには及ばないながらも足元に推進力のための火の粉を散らす。

 エルフィがいなくても、己の思いつき形にした技を使えるように練習を積み重ねた成果である。

 その見るからに感じ取れる変化に、劾煉は高揚感を発散するようにさらに地面に体重を乗せた。


「――――僥倖!」


 今はまだ自らは攻めない。彼の者の技が見たくてしょうがないからだ。

 そして、大我が一気に足を踏み出し、一発足元を爆破させて走り出した。


「爆破による痛みも伴わないのか。だが、その疑問は後!」


 人の体であるにも関わらず、電撃や爆発のような死に至る自然現象を身に纏っても何の異常も発生しないのか。

 一分一秒進む度知的好奇心が刺激されるが、今は目の前の戦いこそが肝要。

 荒く愚直ながらも人間らしい再度の真っすぐ全力疾走を敢行する大我に、しっかりと狙いを定めて全身の筋肉を集中させる劾煉。

 その直後、大我の後方から彼を押し出す風圧と共に無数の氷柱が飛来した。

 無造作にばら撒かれた物と思えるような挙動からすぐに方向転換され、鋭利な先端が矢印の如く劾煉へと狙いを定めた。


「後方支援による状況操作か。だが」


 盤面だけで言えば劾煉の不利。しかしここで冷静を失えば、突破可能な物も自ら劣勢への道筋に傾けてしまう。

 劾煉は弾道、速度、大我の走る速さを見極め、優先順位を決定づける。

 先に自身のもとへ到達するのは無数の氷柱。全弾着弾する寸前に、大我の一発が届く位置関係。

 なんとシンプルながらも強力な援護体系か。だが、突破できない訳ではない。


「五体が触れられるならば、弾けぬ道理は無い!」


 電撃や風のような形のないものではないなら、その身体で対処する。

 劾煉は息を吸い、四方から向かう氷柱を裏拳、ハイキック、掌底、足刀と、流れるような動作で粉々に砕き散らす。

 そして最後の一発、大我の雷拳とほぼ同時に到達するそれを、両手を重ねたスレッジハンマーで粉砕。

 その振り下ろす動作によって勢いをつけ、思いっきり地面へ足を踏み込んだ。

 劾煉の膝を曲げて背中を向けたような体勢から、大我は自身の一発が確実に届く。ダメージを与えられる。そう思っていた。

 事実、その雷拳は劾煉の身体へと命中し、轟音を空気に響かせるようなインパクトを与えた。

 だが、大我の脳は直感的な違和感を覚えた。


(なんだ……俺は間違いなくぶん殴れたのに、なんだ、何かがおかしい)


 その正体は、一秒と経たずに襲いかかる。

 一発を叩き込まれた劾煉に不思議と怯む様子は無い。むしろ、大我の方へと全身を背中を向けながら距離が零へと近づいている。

 これは


(まずい! 体当たり!!?)


 猛獣の如き耐久力から放たれる、相手の攻撃を受けながらの重厚な鉄山靠。

 拳を振り抜いてしまった大我に、防御態勢を練り直す時間は与えられない。

 

威楠武丙いくすむへい!!」


 全身に響く鉄塊に叩きつけられたような衝撃に、大我の身体は空中へと大きく吹き飛ばされた。

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