第213話

 会議が終了し、それぞれの隊長室へと一旦帰還する一同。

 途中まで道中を共にすることとなったエヴァンとミカエルは、周辺の他者の存在を気にかけつつ、改めて話題を切り出した。


「さて、そろそろいいかなエヴァンさん。貴方が言っていたその怪しい人物というのを、是非教えてもらいましょう」


「…………そうですね。改めて強調しておくけど」


「わかっていますよ。あくまで根拠の乏しい推測なんでしょう? 確かに疑いというものは、少し抱けば切りがない。だが、根拠というものはその白黒をはっきりとつけてくれるもの。それを徹底的に洗い出すのが、僕達第三部隊の役目です」


「やはり、専門家というのは『強い』ですね。改めて、そういう相手なら安心して話せそうだ」


 綺麗に作られた服から僅かに解れた糸のような手がかり。それはハズレかもしれないし、核心へと繋がるかもしれない。

 それをわかっているからこその、エヴァンの円卓会議での言い淀み。そしてそれを察したミカエルの後押し。

 自分達が踏み入れようとしている未知なる敵の姿は全く見えない。今は少数で追いかけ、無駄に事態を拡げないほうがいいだろう。

 エヴァンは腰のナイフに手を当て、精神をリラックスさせつつ真剣さを保ち、口を開いた。


「ミカエルさんは、恵みの足跡の隣にある食堂に立ち寄った事は?」


「数える程しかないけど、一応ね。そこに流れ着いたシェフの腕を聞いて寄らせてもらったけど、確かに素晴らしいものだったよ」


「そこにいる従業員のセレナという子がいる。僕はその子に目をつけている」


 どんな名前を出しても驚きはしないだろうと構えていたミカエルだったが、それでも僅かな間が発生してしまう程に驚きを隠せなかった。

 まさかエヴァンの口から出てきた名前が、ただの一介の食堂店員だとは。しかしミカエルはその感情を抑え込む。


「…………なるほど、わかりました。そのセレナという人物の周辺にしばらく部下を送りましょう」


「感謝するよ。何せ、相手が相手だからね。そんな一般人に疑いの目を向けられているとなれば、必ず混乱が生じる」


 怪しいと思い始めた自分すら考える程の疑問性。それを黙って聞き入れてくれたミカエルに感謝しながら、エヴァンはネフライト騎士団本部を去ろうとした。


「少し待ってください。どうして怪しいと思ったか、一つか二つでいいから聞かせてくれませんか」


 その前にミカエルが、どうしてもその理由を聞いておきたいと引き止める。

 そんな一般人も同然の相手に疑いをかけるのだから、乏しいと言えどもそれに至った理由が感覚的にでもあるのだろうと、それを胸にひっかけていようと、ミカエルは最後に質問をぶつけた。


「――これは主観でしかないけど、B.O.A.H.E.S.が現れた時、彼女は妙に戦い慣れしてた様子を見せていた。それと、しばらく前から僕の周りに視線のような気配を感じるんです。それがある時は大抵彼女が近くにいた。他にもいくつかあるけど、疑い始めた理由はこの辺りですね。それではまた」


「………………」


 考え込むミカエル。

 本人の言っていた通り、理由には穴だらけ。おそらくは感覚的な理由が大部分を占めているのだろうと考察する。

 だが、彼程の実力者が言うのならばそれ程の予感があるのだろうと、ミカエルは半分賭けの信頼に任せて、今後の行動を練ることにした。



* * *



 ネフライト騎士団円卓会議の最中。大我とエルフィ、そしてティアは世界樹ユグドラシルの入口の前に立っていた。

 やや不安げな表情を見せるティアと、そんな彼女に心配をかけさせまいと明るい気持ちを作る大我。


「ごめんね大我。私のことに付き合わせてしまって」


「いいって、心配事はとっとと無くしたほうがいいしな。風邪だってひき始めの対処って言うだろ?」


 彼らがこの場所に来た理由は、ティアの右手に関する事だった。

 最初に違和感を覚え、大我に相談してみようと考えながらも今はやめておこうと自ら引き下がり、それからしばらく忘れていた頃に、改めてやってきたその異常。

 迅怜に相談したはいいものの、ずっと側にいる大我にこのことを話しておかないのは違うだろうと再度考え直し、ついにそのことを打ち明けた。

 すると大我は、世界樹の女神を尋ねて原因を探ってもらおうと、あまりにも直球的な解決方法を示し、そしてそのまま移動して今に至った。

 迅怜側は、クロエや知り合いの医者にいくつか知識面での相談を持ちかけている為、後日その情報はやってくる。

 大我の方法は、それとはまた別の、ほぼ直球的アプローチとして送られた。


「けど、まさかすぐ神様を頼ることになるっていうのは、ビックリしたかな……」


「まあ、俺がこの街で誰に聞くかってなったら、それしか思い浮かばなかったからさ……それに、ちょっと俺も立ち寄りたかったのもあったし、たぶんティアのこともちゃんと診てくれると思う」


 ティアの体調とはまた別に大我自身にもアリアに対しての用事があった。

 それも兼ねて、三人は木肌でカモフラージュされた扉から、世界樹内部へと入っていった。

 内部に生い茂る無数の自然的な蔦。その奥には、機械文明的な様相の景色が僅かに見えている。


「んじゃ、俺はティアを案内するから、大我は先にアリア様のとこへ行っててくれ」


「ああ、わかった。後で合流な!」


 そう言って、大我は二人と別れて真っ直ぐ走り去っていった。


「…………ねえ、エルフィは大我のことどう思ってるの?」


「どうって?」


「私が大我と出会ったとき、か弱い行き倒れの旅人と思ってた。その時は間違ってなかったかもしれないけど、今はこうして、私達の神様と直接対話できるくらいのすごい人になってる。なんだか、神の遣いと偶然出会ったのかなって、たまに思うことがあるんです」


「俺にとって大我は、友達であり相棒ってとこだな。あいつがどんな生まれでも、どんな奴でも、俺の相棒であることには変わらないさ。ティアだってそうだろ? こうしてアリア様と気軽に話にいけるったって、これまでの時間が嘘になるわけでも、急に立場が変わるわけでもないんだから」


「そう…………だよね。ごめんなさい、変なこと聞いちゃって」


「いいってことよ。さ、行こうぜ」


 一般人であるティアが抱く周囲の人々との隔絶感。

 わかってはいても、どこかでそれを考えてしまう。そんな時、今のエルフィのような言葉が救いになる。

 ティアはそんな優しい精霊に笑顔を向けて、案内に従って歩き出した。

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