第214話



 たまに訪れる親戚の家ような立ち位置になり始めた、大我にとっての世界樹。

 大自然のシンボルのような外観とは正反対な、何千年の時を積み上げた精密機械の集合体の内部。塔のようにそびえる機器群を中心に広がる一室。

 大我が目覚めてから訪れ、運命の変わった場所。そこに改めてやってきた。

 

「なんか、落ち着くな。昔を思い出すからかな」


 すっかりと身体に馴染み慣れてきたファンタジー的世界だが、それはそれとして本来生きた時代で見たような機械の数々が、なんだかノスタルジックな気分に浸らせてくれる。

 自然の側にいる時とはまた違う暖かさ。自然いっぱい緑のニオイとは違う、金属一色の工業的ニオイ。

 そんな場所で、大我はある一人の存在に会いに来ていた。


「あら……大我さん、今日は、どうしたのですか?」


 そんな場所に現れたのは、風を形にしたような碧色の美しい長髪に純白のレースを身に纏った大人の女性。

 彼女こそが、現世界の神と言っても過言ではない人工知能、アリアである。

 今回アリアに会いに来たのは、ちょっとした個人的な報告のためだった。


「これのお礼を言っとこうと思ってさ」


「…………ああ、私が改造を、施した指輪ですか?」


 B.O.A.H.E.S.との戦い以降から、微妙に間や返事の違和感が生じ始めていたアリア。しかし今回は、それがさらに顕著になっているように思えた。


「あ、ああ。魔法なんか使えないんだろうなと思ってたけどさ、少しずつ練習して、今じゃこれくらいできるようになったよ」


 その成果を見せようと、大我は指輪の能力を開放し、右手に透明なマナの膜を覆わせる。

 そして掌を天に向けて、炎と雷を同時に発現させて渦を作り出し、右手にそれを纏った。

 魔法具となった形見の指輪を得た初期の頃は、基礎すら完全ではなく、ちょっとした炎でもはっきりと熱さを感じていた。

 だが今では、そんな熱を僅かに肌に感じる程度。その上、腕や脚のような一箇所ではなく、同時にマナのバリアを張ることが出来るようにもなった。

 エルフィの協力によって実現していた足元の爆発加速法も、まだエルフィ程では無いものの単体での実行が可能になっていた。

 日々の地味かつ地道な鍛錬が実を結んだ結果である。

 人間でありながら、現世界の人々と同じステージにようやく立つ事が出来た大我。

 アリアは時間が止まったような微笑みを向けたまま、大我の言葉から五秒ほど経ってから返しの言葉を発した。


「まあ、すごいですね! 私も、大我さんのために、実験を重ねた甲斐がありました! 私は、大我さんが強くなってくれて、とっても嬉しいです」


「けど、まだまだこれからってとこだな。強くなった実感はあるけど、その先があるのもよくわかる。ラントやエヴァンさん達、バーンズさん達がどれだけの修行を積んであれだけの強さになったんだろうなって思うと、それも果てしないことなんだって思う。みんな凄いな……って、そんなことに縁のなかった俺には、途方も無いことに感じてくるんだ」


 己の戦いの強さなど到底無縁だった時代から突如放り込まれた大我の、いくつもの修羅場を短い間に潜り抜けて来たこその悟り。

 アリアから与えられた身体能力と、エルフィという最高のパートナーというギフトがあったとしても、拮抗はできてもまだみんなに完全に勝てるとは思えない。

 新しく出来た大切な人々を守りたいという気持ちから起こる、もっと強くなりたいという願望。

 新たな脅威こそ訪れていないが、今はもっと強くなってみたい。大我の内心には、そんな炎が常に灯されるようになっていた。


「だから何があってもいいようにさ、これからももっと強くなろうと思うんだ。どうにも突っ走るクセがあるのはティアにも言われたけど、それでも皆と一緒に戦えるようにって。俺の新しい場所を守れるようにさ」


 大我の独白にも近い心模様を、アリアはずっと変わらない笑顔で聞いていた。まるで本当に聞いているのかもわからないくらいに。


「…………アリア?」


「――――はい、とっても嬉しいです! 私は、どうかこの世界で……強く生きてほしいと思って、いましたが、大我さんは私の想定を遥かに、超えて強くなってくれました。これ程嬉しいことはあ、りません」


 切れ目のおかしい言葉に、時折発生する停止したような隙間。

 純粋な機械である彼女に何か不具合でも起きているのではないかと、人間ながらに感じざるを得ない大我は眉をひそめた。

 言葉こそアリア自身の本心なのだろうが、どこか妙なもやもやが湧き出してくる。


「しかし、もしもっと強くなりたいということであれば、筋力増強剤を支給しましょうか? 過去の人体実験により最も効率的に人間の筋肉を」


「あーそういうことじゃねえって! そういうのはいいんだよ!」


 身振り手振りをまじえて説明音声の如き言葉を喋るアリアを途中で慌てて遮ると、ぴたっと止んだ後で五秒ほどの沈黙が流れる。

 そして、固まったポーズから両手を前に重ねる姿勢に戻ると、再びアリアは笑顔を向けた。


「そうですか。では、頑張ってくださいね大我さん。私が可能なことであれば、いつでも協力させていただきますよ。どうか、大我さんがこれからも無事であることを願っています」


「…………なあアリア、どっかおかしくなってるのか?」


「いいえ、現在致命的な不具合は観測されていませんよ。何かありましたか?」


 大我に聞き返すアリアの瞳は、本当に自分のおかしさに気づいていないと言う程に純粋な物だった。


「あー………なんでもない。とりあえずそれを伝えたかったんだ。お前のことは気に食わないけど、お礼は言っとくよ。ありがとうな」


 ひとまず今はあまり話を続けても対話が怪しくなるだろうと思い、大我は伝えたかったお礼を最後に残し、その場から去っていった。

 

「――――ありがとうございます、大我さん。これからも、どうか加護がありますように」


 大我が姿を消した後、アリアは遅れて返事を返しつつ、祝福するような笑顔で手を振った。

 動作の一つ一つに明らかな遅延が発生している女神。しかし彼女自身は、この会話の間、一度もそれを自覚することはついに無かった。



* * *



 世界樹から出た大我。外では、先に抜け出していたエルフィが待ち構えていた。


「お、ようやく帰ってきたか…………どうした? 何かあったか?」


「まあ…………それは後でな。それよりも、そっちはどうだったんだ? ティアに何かあったのか?」


「それが…………『なんともない』んだよ」


「なんともない?」


「正確には、ティアが言っていたような異常はどこにも見られなかった。確かに記憶データにはそういうことが起きたって記録はあるけど、肝心の右手にはおかしい様子が無いんだ。腕の点検もしてるけど、勝手に作り変えられた形跡もない」


「…………つまり、矛盾してるのか?」


「そういうことだな。とりあえずティアには、今日の晩まで世界樹で過ごしてもらうことにしたよ。事前に両親に許可取っててよかったぜ」


 現在ティアは、世界樹内に存在するメンテナンスルームにて、右腕のオーバーホール、そして直接電子頭脳をサーバーに接続され、彼女自身に特異なエラーや不具合が存在していないかのチェックが行われている。

 現世のシステムから外れた世界樹内だからこそ可能な根本からの調査。それでも何もなければ、異常は発生していないことが明確となる。


「なんともないならそれでいいけど……」


「そっちこそ何かあったのか? アリア様が変なこと言ったとか?」


「ああ、それなんだけどさ……」


「あっ、いたいた!」


 目にも明らかなアリアの奇妙な挙動を話そうとしたその時、二人の会話に割り込むように少女の声が横から聞こえてきた。

 二人がその方向を向くと、そこには食堂の制服とは違う私服姿のセレナが、明るい笑顔でそこに立っていた。

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