第212話

 やはりか、というような納得の表情と目線を見せる一同。

 一人ひとりにそれぞれ、現場や職務から得た裏付けの経験が残されているからこその反応である。

 それから一番最初に口を開いたのはバーンズだった。


「まあ確かに、ここしばらくのあれこれは妙だな。バレン・スフィアも無くなったってのに。最初はその残照の影響が相当悪さしてるんじゃないかと思ってたが、残ってるにしちゃあ期間も頻度も多すぎる」


「私の第一部隊員からもいくつも報告を受けています。数は減ってる。しかし、平和になった実感が少ないと」


「それは僕の部下からも聞くね。異常者や不審人物、強大なモンスターの目撃情報。エウラリアの方はどうかな?」


「そうですね。負傷兵の数は以前より減少はしました…………が、一人が受ける穢れや負傷の質が変わりましたね。具体的に言えば、重傷患者の比率が増えました」


「そこだな。一個の事象につき、元凶の厄介度が跳ね上がってやがるんだ。今までなら正気を失って暴れてたり、具合がおかしくなってる程度のものが大半だった。俺がこの間に向かったケルタ村の奴も、村一つ支配してコト起こそうなんざ大それたことやろうとしてたな」


「お二人も、ここ暫くで事件に巻き込まれていたそうですね」


 会議の促進に必要な事柄を引き出そうと、エミルが部外者の二人へと話を誘導する。

 話をちゃんと聞いてはいるが、少々退屈そうにしていた迅怜がうおっ、と声を出さずにリアクションを起こす。


「つい最近だな。あんたらの言う話に関係あるかはわかんねえが、組織を抜けたネクロマンサーを狙って、そこのボスもまとめて追いかけてきた。内容はただのストーカー野郎の拗らせだよ」


「僕の方は、すれ違った人々に穢れを植え付け、自分と同じ黒魔術師を仕立て上げようとした人物でした。以前から身を潜めていたようで、『声が聴こえた』からと、計画を実行に移したみたいです」


 その証言に、騎士団隊長の面々が視線を一気にエヴァンの方へと向けた。

 中でも特に注目していたのは、バーンズとミカエルの二名だった。


「ここでも『声』か」


「声に何か覚えが?」


「ええ。先程バーンズが言っていたケルタ村事件の首謀者に、僕達は尋問を行ったけど、その中でも『声』の話題が入っていたね」


「ということは、これまでの情報を総合すると、裏で糸を引いている者がいる…………ということだろうか」


 それまで黙って話を聞いていたリリィが橋渡しとなり、事の内容をまとめていく。


「そう考えられるでしょうね、リリィ隊長。さらに遡れば、バレン・スフィアやボアヘスにも関係している可能性が高い」


「そこは俺も気になってたんだ。今までバレン・スフィアは突然現れた現象みたいに言われてたが、桐生大我。ぶっ潰したあいつが言うには、中に正気を保ってた女が一人いたらしいな」


「では、ここ十年の災厄は何者かの陰謀によって引き起こされたと…………現実味は無いですね」


「僕もそう思うけど、これが偶然で引き起こされたならそれこそ喜劇物だろうね。だから最近、各所を彷徨いては調査をしているんだろう? エヴァン=ハワード」


 ミカエルが綺麗な顔で目配せを向ける。


「さすが、調査部隊のトップなだけのことはあるね。その通り。僕はここしばらく、アルフヘイムを中心にその影を探し出そうと動き回っていた」


「おい聞いてねえぞエヴァン。てめえそんなネズミみたいなことしてたのか」


「そりゃあ誰にも言わずにやってきたからね。それで何人か怪しい人物の見当はつけたんだけど、それ以降はさっぱりと言ったところだね。何せ、根拠に乏しいもので」


「奇遇ですね、僕も目星をつけている人物がいるんです。同様に黒とする証拠には足りないですが、候補の一人としてはね」


「『霧の魔女』ですよね、ミカエル」


 ここでエヴァンが、はっとしたような表情を見せる。

 しかしそれは、意見が合うと言ったようなものでは無く、その人物がいたかという意外性からくるものだった。


「ええ。これまでの行動から鑑みても、一つの可能性としては考えられるかと」


「僕の見解とは違いますね。ここで名前を出していいのかわからないけど……何せ、その相手は僕の妹も交流がある普通の子だからね」


「もしよければ、後程僕の方に内密で教えていただけませんか。根拠が乏しいならば、それを探し当てて追い詰めるのが、僕の部隊の役目ですからね」


「感謝します。では、この会議が終わったあとにでも」


「迅怜さんからは何かありますか?」


「俺か、俺は…………」


 迅怜側には一つだけ、その未曾有の敵に繋がるかもしれない情報があった。

 それはルイーズ邸から離れる前の夜に、ティアから受けた二つ目の相談についてだった。

 ここ一年の間に生じ始めた右手からの違和感。今までそれ以外の原因もこじつけて内心から誤魔化し続けていたが、ヘルゲンが触れた時の脅威を覗いたような反応で、その不安は一気に増大した。

 その旨を、当時最も余裕があり、夜空を見上げていた迅怜に相談していたが、もしかしたらその脅威に関係している可能性があるのではないか。

 

「…………いや、今はやめておく。俺が持ってる話については、もう少し詰めてから話すことにしよう」


「その理由は?」


「俺の勘だ。まだ言わないほうがいいっていうな。慎重さは重ねるに越したことはねえだろう」


「こういう時の迅怜の勘はよく当たるからね。それに判断任せてもいいと思うよ」


「おめえは肩持たなくていいんだよ」


「……わかりました。その意志を尊重しましょう。ただし、何かあればすぐに報告してくださいね」


「おう、そうさせてもらう」


 円卓にて築かれた、騎士団と英雄の協力関係。

 存在の確証すらまだ無いが、確実にアルフヘイムを蝕み始めている新たな脅威の尻尾に手を伸ばすための手筈。

 守りたいと思う気持ちは皆同じ。だからこそ、ここにいる者達の意思の方向は指し示された。


「ここでの内容は、僕が後からアレクシス達に伝えておこう。その方が手を煩わせなくて済む」


「感謝する。今回は私達に協力してくれてありがとう。情報を統合し、この先の任務を後日、エミル達に言い渡そう。では、今回の円卓会議はこれで終了する。皆ご苦労だった」


 こうして、外部の者も交えた、ネフライト騎士団円卓会議は終わりを告げた。 

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