第204話
死体を駄目にする。ネクロマンサーとしてのアドバンテージをも殺す覚悟で臨むという意思の表れ。
大我達の実力はヘルゲンにとっては未知数であり、技量や能力が己を上回っているのかと測れる材料がまだ少ない。
それに重なって、ここにいる者の大部分が謎に包まれている。
ベールに包まれた相手に舐めてかかるなど、愚か者のすること。常に尊大に振る舞いいつでも殺せるという意識を持っていた彼の、領域のわからない戦いへの意思だった。
「行くぞヘルゲン!!」
「ここでてめえらをぶちのめす!!」
ここが正念場だと、真っ直ぐ正面を突っ切って駆けていく大我と迅怜。
迅怜はたった今作り出された人体の巨塊へ、大我はヘルゲンとの一対一を仕掛けた。
「さあレギオン、あの狼を狩ってくるんだ。徹底的に痛めつけてこい」
「$8#;4*mpw−.p’t⬛⬛⬛⬛!!!!」
無数の人間の記憶から吐き出される人の声と電子音。何かを言っているのかもしれないが、耳が無数についていても聞き分けることの出来ない雑多な声。
レギオンと名付けられた塊は、全身にくっついた頭から吠えるように叫び、接近してくる迅怜へと命令に従い対峙した。
「うおおおおりゃあああああ!!!」
何の小細工も無く、正々堂々と思いっきり振りかぶった豪快なパンチを、ダッシュの勢いに乗せて叩き込んだ大我。
あまりにもわかりやすいテレフォンパンチ。ヘルゲンは、たった今同時進行でラクシヴ達に吹き飛ばされた、男女二人のネクロマンサーの死体を操り、盾にして受け止めた。
パンチを胸に受け止めた死体は、内部機構を砕かれんばかりの鉄拳にガクガクと痙攣しながら、もう一体と共に再びふっ飛ばされた。
巻き込まれまいとそれを避けるヘルゲン。間髪入れず、両手に炎をまとわせた大我が、反撃の隙を与えないラッシュを叩き込む。
「一発がかなり重いが、筋が甘い。対応できないほどじゃあない」
並の相手ならばとっくに倒れているであろう強烈な攻撃だが、危険とされている者達を統べる首領は伊達ではない、
己の二本の腕と他方から作り出した、また別の腕を駆使して徹底的に捌き切る。
死霊使いというイメージとはかけ離れた強さがそこにあった。
「まだまだ甘い」
見えないように右手を後ろへ動かし、人差し指と中指を重ねて軽くくいっと詠唱として動かす。
合体したネクロマンサーとアンデッドの技能全てを取り込んだレギオンが、無数の魔法や触手のような手足、頭を動かして迅怜に襲いかかっていた最中、真横を向いた胴体の一つが大我の方へと大砲の玉のように飛んできた。
「伏せろ大我!!」
ヘルゲンへの攻勢を仕掛ける大我の、認識外からの攻撃をエルフィがカバーする。
風を切るような速さで飛んできたそれを、風と炎魔法の合わせ技によって軌道をそらしつつ、再利用されないように爆散させた。
視界外での戦闘に一瞬だけ気が他へとそれた大我。
その僅かな秒間を見逃さず、ヘルゲンが好機と右手で頭を掴みかかった。
「私に死を与えられることを光栄に思うがいい」
反撃の猶予も与えない。ヘルゲンは直接穢れを与えて死体へと作り変える黒魔法を叩き込んだ。
「ああああああっっ!!」
歯を食いしばり、声を出して苦痛に喘ぐ大我。
これで新たな戦力を我が物に出来たと、そう確信していた、
だがそれは、一瞬にして破れ去った。
「いっっっっ…………てぇ!!!!」
痛みが怒りに変わり、苛立ちが大我の身体を動かす。
苦悶の声はすぐさま怒気の発露へ生まれ変わり、自由の利く右脚で思いっきり爪先蹴りを叩き込み、拘束を逃れた。
「がふっ…………!」
「いってぇ…………思ったより握力ありやがった。ああいって……」
結論から言えば、ヘルゲンの魔法は全く効いていなかった。
いわば機械に対するハッキングが、生身の人間に効くはずもなく、大我はただ純粋に、ヘルゲン本人の肉体から与えられた握力に苦しんでいたのだった。
よろよろと腹を抱えて後退し、一体何が起きたのか理解が追いついていない様子のヘルゲン。
だがすぐに、その理解不能な出来事は整理され、軽い咳払いをしてから殺気に満ちた笑みを浮かべた。
「ああ…………ぅん! これも効かんとは、さすがに……予想外だ。これを受けて生きていられた者は一人としていなかった。そうか、そうか。貴様を殺すことに意欲が湧いてきた」
「俺だって、そう簡単にやられるかよ。ルイーズを怖がらせた分、全部まとめてお見舞いしてやる」
乏しい情報から少しずつ欠片を得て戦う大我と、戦う程に理解の外へ追いやられるヘルゲン。
秘匿の情報によってもたらされた絶対的な相性。何千年もの過去からのギフトは、現世界の人間の天敵への抗体となった。
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