第203話

 ヘルゲンとそのアンデッドと退治する最前線へと足を踏み入れた大我。

 それまで彼らがいた場所、その周囲には、まさしく徹底的に暴れまわり蹴散らしていったのだろうと認識させる無数の残骸が散らばっていた。

 己の強靭な四肢と指輪の魔力で吹っ飛ばしてはぶん殴り、弾き飛ばしては蹴り穿つ。

 大我の直感に任せた自由な身体動作の戦法と、エルフィの精霊としての魔法能力。

 内心の心配が無くなった二人の力を合わせた大立ち回りは、次々と相手に屈する気配すら作らず、ついには自分達へ差し向けられた分のアンデッド達を全滅させることに成功した。


「ちょうどいいとこに来てくれたな。あの野郎、そんな予感はしてたが相当に面倒くさい能力を持ってやがる」


「けど、俺達の力ならなんとかなるでしょうよ」


「ハッ、当たり前だ。まだどれだけ隠し玉があるのかは知らねえが、全部出されようが持ち腐れにしようが、とにかく出される前に潰してやる」


 大我達の心火は追い風を受けてさらに燃え上がる。この勢いが保てれば行けるかもしれない。

 希望に満ちた雰囲気に包まれているその一方、吹き飛ばされたヘルゲンは、着弾点に座ったまま、煙の中で呆然とした顔をしていた。

 しかし致命的なダメージを受けたかと言われればそうではなく、激突直前に詠唱を発動し、土と木を何十本もの腕に変化させて全身の傷を最小限に留めたのであった。

 ぶつぶつと地面に向かって独り言を唱える。その内容は、自分の脳内を整理し回転させるものだった。


「おかしい、奇妙だ。私の人像探知は正確なはず。迅怜達を補足し、それを一切外すこともなかったはずだ。だが奴はなんだ、気配があまりにも鈍すぎる。いや、私が迅怜に目を向けすぎていたのも悪い。だが奴はなんなんだ。一体何が起きたんだ」


 ヘルゲンは周辺にいる人間の気配を察知するために、人像探知という魔法を身に着けている。

 それは、自身が指定した範囲内にいる人物の位置をおおまかに把握するという単純なものである。

 それを高い頻度で密かに発動し、その情報を元にして新たな魔法の発動や先制攻撃、準備を行う布石にするという、彼の中では重要度の高い情報源だった。

 だが、人像探知によってサーチ可能なのは、この世界の住人である者のみ。つまりアンドロイドにしか効果を発揮しない。

 本来は肉塊であるラクシヴと生きた人間である大我には効力を発揮せず、迅怜に夢中になっていた瞬間にほんの僅かにあった指輪からの反応が意識から外れ、視界外からの反撃をもろに食らってしまったのだった。

 当然そんな原因があることなどわかるわけもなく、思考に思考を重ねてなぜそうなったかを、反省をまじえてひたすら考えようとする。

 しかし、突如一気にその思案の積み重ねを崩し、ヘルゲンは笑みを浮かべた。


「………………はは、これもまた巡り合わせと言えばいいのだろうか。ルイーズを追ってきてみれば、自在に雷を操る人狼に、女の形をした不死の生物。私の理解が及ばない妙な少年。そしてエルフ…………彼女と共にする門出には相応しい!! 是非とも全て、私の配下に収めよう!!」


 己の知らない能力や息を呑むような強者。それらを全て自分のモノに出来れば、組織としての戦力はさらに強固な物となる。

 当然彼らには、仲間になれという要求に答えるという未来は到底描けない。そのためのネクロマンサーの力もある。

 ルイーズを求めてやってきた先に待ち受けていた千載一遇の出会い。これを逃す手は無い。ただ殺すだけなのは惜しいが、力を手にできないのはさらに惜しいと思うようになった。


「また来るぞ大我。準備は出来てるか」


「いつでも前に出られますよこっちは」


 煙が晴れ、影からゆらりと立ち上がる黒衣の男。

 大きく傷を負っている様子の無い姿だが、彼の攻撃的な笑みの表情は、何か吹っ切れたような感覚を精神に覚えさせた。


「いや、今日はなんとも素晴らしい日だ。ようやくルイーズと再び対面できて、君達のような逸材を目にすることができたんだから」


「お前に評価してもらう程落ちぶれてもねえよ」


「一々気性が荒いな狼は…………だが、まとめて私達のモノとなってもらおう。ここからは、全力で捻じ伏せてやる」


 ヘルゲンは両手に盃のような形を作り、巨大な黒炎を浮かび上がらせる。

 直後、大我達が二度目の死を与えた死体達が、風に震えるようにカタカタと動き始める。

 離れた腕や吹き飛んだ頭部、どれも関係なく振動し、突如磁石に吸い寄せられるように集まっていった。


「気をつけろ大我、こりゃあ何してくるか本格的にわかんねえぞ」


「俺だってわかんねえよエルフィ。なんだろうが、とにかく戦ってみるしかない」


 歪な断面や皮膚の上から、それぞれの死体が無理矢理繋ぎ合わされ、何十もの人の形が残った巨大な怪物へと姿を変えていく。

 そして、燃え上がる黒炎を、所々機械が剥き出しとなった人体の塊へと押し当てる。

 何人もの男女の頭部の眼が赤く光り、産声を上げるように一斉に口を開き、金切り声のような冥府からの叫びのような音を鳴らした。

 B.O.A.H.E.S.とは違う、いわば機械の肉塊。かつての部下の死体を利用して、新たな兵器が作られた瞬間だった。


「ここからが本番だ。私も君達を侮らず容赦せず、死体を駄目にする覚悟で行かせてもらおう」

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