第196話
「なんか、ほんと当初の目的とは大きくズレた感じがしてくるな。こうしてると」
「そうですね……なんか、旅の中で居候をしてるみたいな」
数日間の共同生活の中で、ルイーズを狙うネクロマンサーの新たな気配は未だ不自然な程に感じられていない。
襲撃の気配もなく、まるで一旦の衝動で隠れ家を作った人の気分になったような、平和を感じる奇妙な気分。
ずっと手伝いを続けている、生活や精神の基盤が日常に近い大我とティアは、すっかりとまったりとした気分に浸っていた。
「ルイーズさん、これどこに運びやす?」
「ああはい、それはアンデッドのみんなのところに運んでください」
「うーい」
楽しげに割った無数の薪を抱えるラクシヴが、ルイーズの指示に従って運び出す。
これまでの大自然の生活で結構な量のエネルギーを蓄えたのか、監視と手伝いとたまの睡眠という激しいルーティンを悠々とこなしていた。
「んんーー…………やっぱなんかおかしいなあ…………」
「どうしたんだラクシヴ?」
しかし、そんな中でどうしても拭えない違和感に頭を悩ませる。
思わず口走ったその言葉に、大我が橋渡しをするように質問する。
「だって、いくらなんでも動きがなさ過ぎると思わない? うちが見つけた奴らは徹底的に動き封じ込めたけど、逃げるにしたって全員が逃げてるとは思えないし……けどそれなら、一人の気配もないっていうのは……」
「…………言われてみれば確かに」
「まだここを見つけられてないとか……ですかね?」
「そうだといいんだけどなあ……」
ティアの意見はやや楽観的と言えなくもないが、否定できる材料もない。
どこか拭えない予感を頭の中に残しながら、ラクシヴは改めて資材を運び出していった。
「……っっ!!」
その時、突如ティアが苦悶の表情を浮かべた。
周囲には一つとして、刃物や鋭利な物体のような傷つく物は存在していない。
何かあったのだろうかと、大我は心配そうな顔と共に問いかけた。
「大丈夫か?」
「う、うん……大丈夫。なんだか、右手がちくっとしただけだから」
どこか誤魔化してるようにも感じられる笑顔を見せるティア。
実際に感じていたそれは、口にしたようなちくっというものでは無かった。が、ティアは余計な心配をかけさせまいと、いつものように明るく振る舞おうとしていた。
「…………それなら……いいけど」
大我にも、ティアの痛みの程はわからないが心配をかけないようにしてくれているんだろうなということは察せられた。
深刻に考える程では無いのかもしれないが、今はティアの気遣いに合わせておこうとその場は納得の返事を返した。
その時、薪を置いたばかりのラクシヴが慌てた様子で振り向き、エルフィも気の抜けていた表情が一気に引き締まった。
周囲の異変に、大我もこれは何か起きるに違いないと身構えた。
「どうしたラクシヴ! 何があった!」
「何か、嫌な気配を感じる…………あたしが出会ったネクロマンサーに似た感じだけど、それらとは全然違う、なんというか……すごく気持ち悪い雰囲気が」
それを聞いた大我が直感的に考えたことは、ルイーズの安全だった。
まるで湧き水のように噴出した皆の悪寒。咄嗟にルイーズの方へと向くと、彼女はまるで世界の終わりを見たような表情で屈み込み、震えていた。
「大丈夫か!?」
居ても立っても居られなくなった大我はすぐさま駆け寄り、背中に手を当てて容態を確認する。
今にも泣き出してしまいそうな怯えの顔。そこからなんとか絞り出すように、彼女は口を開いた。
「この感じ……覚えがあるの…………ち、近くに……いたから…………ず、ずっと前に…………」
「ずっと前…………まさか」
「ようやく見つけたよ、私の姫君」
脳裏を掠める最悪の予感。それは一分すら要さずに現実の物となった。
その場にいた全員とは違う、大きな余裕を感じさせる男の声が割り込んできた。
ルイーズ以外の全員が、その声が聞こえた方向へと視線を向ける。
そこに現れたのは、漆黒を纏った長い黒髪、青白い肌に紅い瞳の、まるで死神のような姿をした男の威風堂々とした姿だった。
「なんで…………なんでこんなところに…………ヘルゲン…………」
「ヘルゲン……!」
「おっと、ここにいるのは君の友人達かな? それでは自己紹介をしておこう。私はヘルゲン。そこにいるルイーズ君の上に立っていたものだ」
「……お前が、ネクロマンサーの組織のボスか」
「まあ、その方が早いかな。しかし、初対面の相手にそんな言葉遣いは感心しないな」
自身が今、この場の空気を支配していることをわかっているのか、海のように大きな余裕を見せながらあくまで物腰柔らかに対話をするヘルゲン。
大我はその周囲を確認するが、死体や部下を連れているような様子は見られない。
何かがおかしい、妙だととても強い違和感と嫌な予感を抱いたその時、大我たちの後方からラクシヴの潰れるような声が聞こえてきた。
その場にいた全員が、一斉に身体を向ける。
「ラクシヴっっ!!」
大我達の目に入り込んだのは、特異な形状をした槍に、後頭部から両眼を抉るように貫かれ、震えるラクシヴの姿だった。
その攻撃の主は、ルイーズが蘇らせた一体のワルキューレだった。
「無礼の代償はこれで不問にしよう。さて……本題に入ろうか、ルイーズ」
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