第195話

「…………っ!! 」


 鋭い殺気が黒装束の男に襲いかかる。

 今にも心の臓を抉られそうな、一秒も経たずに決着がついてしまいそうな、そんなオーラ。

 だが、それをおとなしく実現させるようなことはさせない。そのために下準備を整えたのだと言わんばかりに、男は対抗するように睨みつけの視線を刺し、無数のアンデッドを操り動かした。

 ふらふらと起き上がり、一斉に迅怜の方へと身体を向ける動く屍達。

 年代も服装もバラバラで、中には彼と同じ黒装束を身に纏った者も存在していた。


「こノ先に村が村があああアアアア……」


「おおお願い、おネガい、わわ私をここ殺さナナな、私だけケケケでも……」


「⬛⬛?? システムエラらららら…………参照不可」


 それぞれの口から発される生存時の残照は疎らで、襲われた者もいれば、脳すら壊れ機械的なメッセージを発する者、不慮の事故で発生した死体を利用された者、恐怖の中で殺されたのだろうという者もいた。

 しかしそんな声に、迅怜は一切耳を貸さない。既に死んだ者だと割り切り、黒装束の男だけを見て構える。


「やはりこの程度はきかないか…………ならば!」


 過去の声が通用しないのはまだ想定内。男は即座に戦法を切り替え、死体達を突撃させた。

 最初に襲ってきたのは二体。関節の動きを無視した動作でカエルのように屈み込み、大きくジャンプした。

 同時に三体のアンデッドが何の武装も無しに正面から突進をかける。

 そのどれもが、先程までふらふらとした動作をしていたとは思えない。典型的なアンデッド、またはゾンビ的挙動を覆すものだった。


「まずは牽制…………か」


 迅怜は動じない。

 数を利用しての制圧的牽制。視界に写る分だけでも10対1。戦力の『数』だけならば圧倒的不利。おそらくは何かしらの仕掛けもされているのだろう。

 だがそんなことなど些細なことだと言わんばかりに、迅怜は恐ろしい程に冷静でいた。


「さあ、死体になってもらうぞ!!」


 合図の如く指を差して叫ぶ黒装束の男。

 それをトリガーに、空中のアンデッド達は元となった人間の声で悲鳴のような音を立てながら、大きく口端が裂けるほどに顎を外し、黒炎の火炎放射を同時に放った。

 連鎖するように、地上を走るアンデッドも同様に口を開き、喉奥から黒炎の火球を乱射。両腕が真っ二つに裂け、内部から刺突向けに作られた鋭利な刃が姿を現した。

 人道を無視した死体の改造に加え、ただ死体は利用するのみという意思の感じる捨て身の特攻。

 面を制圧しながら点の攻撃もぶつけさせ、完全に攻略される前に次の一手を投入。それを最後の一手が尽きるまで繰り返し、迅怜を抑え込むという作戦であった。

 男の予測では、迅怜はアンデッド達の攻撃を全て、機動力を活かした迂回によって回避し、観察しながらアンデッドを潰していく。と、考えていた。

 時間を稼ぎつつ、決着の穴まで誘導していく。そうすれば、少なくとも実力では届かなくとも、最悪傷を負わせることができるだろう。そう思っていた。

 だが、そんな希望はいとも簡単に砕かれてしまった。


「『雷靭爪』」


 神速の雷光が火球を弾き、掠め、霧散させていく。

 ただの一発でさえ傷を負わせることも敵わず、三体の屍はたった一撃の、攻刃と化した稲妻の一蹴によって、断面から火花を上げて真っ二つとなった。

 黒装束の男がそれを視認した時にはもう遅い。迅怜の二撃目は既に空中の二体へと叩き込まれていた。

 天の雷の如き、踵落としの紫電一閃。空をかけた死体は縦から二つに分断され、機構をばら撒きながら地面に叩きつけられた。

 黒炎は煙のように霧消し、小さな戦場に残心の如く電撃が走る。

 ほんの一瞬でも場を操ることが出来ると思っていた、ネクロマンサーの思い上がり。

 それは30秒すら要さず塗りつぶされた。


「な、なんだ……!? 何が……起こっ……た…………!」


「どうした、もう終わりなのか」


「ぐっ……まだだ! まだ手は残って…………」


 手持ちの情報から、気をつけなければならない相手ということはわかっていた。その上で、現状の材料を以て可能な限りの策を組み立てたはずだった。

 だが、それを完遂まで持ち込むことすら出来ずに終わってしまうのか。それ程までに実力が開いているのか。

 黒装束の男は新たにアンデッドに指令を与えようとした。が、それすらも今の迅怜相手には隙となってしまった。

 

「悪いな。俺は急いでるんだ。てめえの遊びに付き合ってる暇はねえ」


 僅かなアンデッド達の薄い壁を越え、腹部に一発、脳天まで痺れさせる重い雷電の拳を叩き込んだ。

 黒装束の男は途切れるような声すら吐き出すこともできず、意識を失い崩れ落ちた。


「あとはこいつ等を潰してあいつらの所に戻る…………とはいかねえか」


 一人を倒せばその場は収まる。といった事にはそう易易とはいかなかった。

 四方から無数に集まってくる、アンデッドとネクロマンサー。まるでいかにも足止めをしにきたと言わんばかりの足並み。

 しかしその表情は、どこか不安や焦燥を帯びているようにも見えた。


「仕方ねえ。全員片付けるか」


 それでも今の迅怜にとって、そんなことは関係ない。おそらくこの中から取り逃がせば、大我達のいる場所への襲撃の数が増えるだろう。

 そうなれば面倒なことになるのは想像に難くない。

 まるでB.O.A.H.E.S.戦の時のような露払い。その時よりはおそらくとても簡単だろう。

 迅怜は全身に電撃を纏い、勢いのままに戦闘を再開した。




 そしてそれよりも以前、ルイーズの家にて。

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