第197話
一歩、また一歩と抱えるような形で両手を上げながら近づくヘルゲン。
自身のアンデッドをいつの間にか、そしていとも簡単に奪われたことにより恐怖と怯えがさらに沸き立ったルイーズは一歩、足音がはっきりと聞こえるくらいの足取りで後ずさった。
それを見たヘルゲンが、一旦立ち止まる。
「おや、そこまで怯えることはないだろう。かつての仲間に冷たいと思うが」
ルイーズは決して耳を貸そうとしない。目線すら合わそうとしない。
「それとも、自分のアンデッドが奪われて呆然としているのかな。確かに君の才能と資質は特異な物だ。私の費やした年月よりも遥かに短い時間で私に追いつけるだろう。だが、それは未来の話だ。ネクロマンサーとしての力は今の私の方が大きい。奪うことなど造作もない」
「それ以上近づくんじゃねえ!」
出合い頭に容赦ない不意打ちの一撃。怯える相手のことを何も考えていないような言動の数々。
それなりに柔らかな物腰からの残酷な行為の数々に、大我の怒りは一瞬にして噴き上がった。
「ん、アンデッドじゃない…………人間に精霊……かなあれは。それとエルフ。あっちは……死んだからいいか。君達、ルイーズと関係があるのかな」
「関係も何も、俺達は仲間だ!」
「ネクロマンサーだと承知の上で、そう言ってるのか?」
「当然だ! ネクロマンサーだとか、んなことはどうでもいい!」
余計な思考のフィルターを通していない、怒りから来る激情に連なる、心からそう思っているという真実の言葉を真正面から叩きつける。
不安と恐怖心に染められたルイーズには、その言葉は一筋の光として暖かく染み込んできた。
だがそれも、すぐにヘルゲンという存在が持つ強さの記憶によって塗りつぶされる。
「だ、ダメ…………です…………逃げて…………」
「そうは行かないっての。ここで逃げるわけにはいかない」
「いきなりラクシヴさんにあんなことされて、酷いことしておきながらルイーズさんに近づくなんて」
握りこぶしが震え、殺意すら帯びているようにも感じられる大我に、内心の強い恐怖をなんとか抑え込みながら自然と噴き上がってきた敵対心を露わにするティア。
「そもそも、逃げられる気がしないしな。多分もうこの辺りは囲まれてる。俺たちの気づかない間に用意周到にやってやがる」
一方で内心に怒りを押し込めながら、現状を冷静に分析するエルフィ。
それぞれの感情と吐露し、反発する姿を眺めながら、ヘルゲンは嘲笑の一笑を向けた。
「そうか、君達は短い間にそれだけの仲になったんだな。君の居場所はこちらにしかないというのに。身の丈に相応しくない関係は、自分だけでなく周囲も不幸にするよルイーズ」
「てめえ、これだけ怖がらせておきながらまだ言うか」
裏に何か意図があるとすら思える程に露骨な煽りを投げつけるヘルゲン。
冷静な判断を失わせようとしているのか、それともそのような意図も何もない、ヘルゲンの思考からもたらされる純正の言葉なのか。
ルイーズを追い込み、我が物にしようとする者の発言は留まることを知らない。
「事実を言っているだけだ。ネクロマンサーは人の死体を奪い操る。それは普通の人々にとっては侮辱や侮蔑にあたる行為だ。はぐれものははぐれもので繋がったほうが良いとは思わないか?」
「そ、それは……その…………」
途中から三人の存在を無視するような、ルイーズ個人に向けた鋭利な弁舌をぶつけ、直接耳を通して追い詰めるヘルゲン。
はぐれものであるなど、そんなことはわかっている。だからこそこうして森の中で隠れているのに。
ヘルゲンが支配する組織が嫌になって抜け出し逃げてきたのに、それでも追いかけてこようとする。
まるで戻ってくる以外に選択肢などないと思わせるように外側から追い詰めていく。
「君には特質的な才能がある。私すら超えるであろう逸材だ。そんな逸材を腐らせておくにはあまりにも勿体ない。私はただ、高位のネクロマンサーとしての傍にいてほしいだけなんだ。私が持つ術式も、技術も全て継承しよう。そうすれば、君は誰よりも強くなる」
「私は…………そういうの………欲しいわけじゃ…………」
「いずれ求めることになるさ。それだけのものを君は秘めているんだ。ネクロマンサーになった以上、そうなるしかない。いずれ失い、死体としか共にいられないならば、私達のもとへ帰ってくることが最高の選択だろう」
「………………私……は…………戻りたくない…………私は、ここにいたい…………!」
今の自分を大きく上回るヘルゲンという敵への恐怖心を、何度も激しい動悸を重ねながら無理やり鎮め、ルイーズ自身の心からの言葉を捻りだし、掠れるような声で投げ返す。
だがそんな必死な言葉にも、ヘルゲンは耳を貸す素振りすら見せなかった。
「はぁ………………まだわからないのか。ネクロマンサーは――――」
ここまで言ってもまだわからない。だが、喋りの持久戦には確実に慣れていないルイーズは、近いうちに確実に押し負けるだろう。彼女を知るヘルゲンにはその確信があった。
心を根元からへし折り諦めさせる為にさらなる舌戦へと持ち込もうもしたその時、怒りの形相に満ちた大我が、炎を帯びた拳で一瞬の間に飛びかかった。
ヘルゲンが気がついた時には既に拳が叩き込まれる寸前。それまで大我が立っていた場所は、地面が大きく爆風があったように抉れていた。
ただ無言に叩き込まれる大我の炎のストレート。ヘルゲンは防御のポーズを取ることすら無く、重い音と共にぶっ飛ばされた。
「いい加減御託がうるせえ……!」
耳に入る度に不快で不快で仕方なかった言動が、大我の怒りを頂点まで爆発させた。
豪快な一発を叩き込み、大きく後方へ吹き飛ばしても晴れきらないこのフラストレーション。
吹き飛ばされたヘルゲンの着弾点の土煙が晴れると、そこにはまるで何事なかったかのように立ち上がる黒衣の姿があった。
「話の途中を遮って殴るとは、余程育ちが悪いらしい」
「ずっと前に育てられたからな」
「まあいい。見逃してやろうとも思っていたが、これで容赦をしなくて良くなった。私の邪魔をする者は利用する以外に価値はない」
「上等だ。いちいち気持ち悪いお前は、今ここでぶっ潰してやる」
売り言葉に買い言葉。涼しい顔をしながら、内心では相当に業を煮やしていると見えるヘルゲンは、自身の後方、森の中から二体のアンデッドを射出するように飛び出させた。
両腕は人間の腕ではなく鋭利な刃に取り替えられており、まさしく鉄砲玉のような役割を負わせている。
その二体を大我めがけて突っ込ませたが、刃はターゲットの心臓に到達することなく、肉塊の弾丸によって逆に吹き飛ばされてしまった。
「俺もそれに乗らせてもらうわ。聞いててイライラしかしなかった」
援護射撃の方向に立っていたのは、後頭部から眼球まで貫かれたはずのラクシヴだった。
傷つけられた箇所はぐじゅぐじゅと再生途中のままだが、肩に二つの眼球を生やし、視界を確保している。
操られた一体のワルキューレは、全身を包むほどの肉塊に固められて身動きが取れなくなっている。
「ほう、アレを受けて生きているのか。しぶといな」
「だってあたし、まず死ねないしね」
「面白いモノが揃っている……これはルイーズ以外の扱いも考えておこうか」
死を操る者とは対をなすラクシヴが戻り、4対1の構図が作り上げられる。
怒りや不快感、無数の感情に包まれた大我達と、何を考えているかすらわからない程に調子を崩さないヘルゲン。
こうして、ルイーズを守ろうとする者と、ルイーズを求める者の戦いが幕を上げた。
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