第192話

「治療……治療? そういうのって必要なんだ……」


「自己修復はできないわけではないんですけど、私達みたいな生者よりも格段にその能力が低くて……それに、私達と違って、アンデッドは身体の一部が欠けてたりするんです。それが原因で動きがおかしくなったりするんです。だから、私がこうやって、手作業で直してあげてるんです」


 一度死んでしまった分、生存していると判断される個体よりも、マナの修復能力が桁違いに悪くなってしまうアンデッド達。

 死体を操り自分の物にするということは、そのケガれた身体のケアを自分の手で行う必要がある。

 大抵のネクロマンサーはそのようなことはせず、使えなくなれば捨て、動けなくなるまで酷使する使い捨てのスタイルが主流となっている。

 だがルイーズは、操った一体一体と向き合い、可能な限りの障害を取り除いてあげていた。

 ドアの外まで倒れ込んだワルキューレをずるずると引っ張り、部屋の中へと引き戻す。

 よく見ると倒れた個体の足が、がたがたと震えていることに気づいた。


「足に何か入ってたんだ……ちょっと待っててね」


 経験と知識から症状の原因を推測すると、ルイーズは既に破れている膝周辺の皮膚をナイフで切り開き、金属の骨格を露わにする。

 すると、関節部に泥や木の枝、枯れ葉のような自然の廃棄物が挟まり詰まっている姿が確認できた。


「ああ……どこかから入っちゃったんだ。もうすぐスッキリするからね」


 子供をあやしなだめるような口調で、ルイーズは足首を掴んで位置を調整しつつ、挟まったゴミを次々と取り除いていった。

 全て払われる頃にはワルキューレの動作も元に戻り、安心したかのように動作を停止した。


「えっと、次は……」


 それなりに整頓はされているが、よく見るとちょっとごちゃっとした部屋内を見回し、修復するアンデッドの優先順位はどうだったかなと思い出しつつ考える。

  

「そうだった。次はこっちだったね」


 ルイーズが次に手を出したのは、飾られた人形のように動かないメアリーだった。

 真正面ではなく背後まで移動して座り込み、ナイフを使って背中に切り込みを入れていく。

 メアリーはそれに反応してか、笑顔のままびくんびくんと規則的に震える。

 その様子は痛がっているようなものには見えず、火に触れば反射的に手を引っ込めるような反応のように思えた。


「あー……ちょっと歪んじゃってる……ここをこうすれば直るかな……」


 大我の視点では見えない位置から、ルイーズはメアリーの身体の中を何やらごそごそと弄っているらしい。

 微妙に確認できる腕や身体の動きに合わせて、全身が前後左右にぐらぐらと揺れている。

 と、その時、揺られ続けていた彼女の身体ががくんと大きく震える。


「おおオお客ささん? おかかかかしいなしいななナナ?」


 ケルタ村で聞いた声よりも一段と機械っぽさに溢れたノイズ混じりの声を上げ、突如右手の機構が解放され、蛇のように腕が暴れ始めた。


「ああっ! お、落ち着いてぇ! ちょっと待って!!」


 予想外の挙動を起こしたのか、若干涙声になりながらじたばたとなだめるように両腕を動かす。

 それが功を奏したか、メアリーの誤作動は大事にならずに収束した。


「ふう、よかった………………そういえば大我さん、見てて……平気なんですか?」


 大変そうだなあ……と、ぼんやり見ていた大我は、突然話を振られてビックリしながらも、素直にその質問に答えていった。


「いや、俺はそこまではダメージないというか……大丈夫っちゃあ大丈夫ですね」


「そうなんですね……珍しい。普通の人がこういう光景を見て、引かれたり怖がったりするのがよくあるんですよね。ネクロマンサーでも、死体に触ったり中身に触れたりするのが嫌だから、死体を使い捨てにするっていう人も多いので、何も思わないっていうのは……本当に珍しいと思います」


 大我がこの世界の住人にとってグロテスクな光景にも何も思わないのは、彼が本物の肉体を持った元来の人間だという部分も大きい。

 彼の目にはロボットのメンテナンスのように写るため、忌避感も殆ど抱いていない。

 むしろそんな景色が写るたび、やっぱり自分の身体とは違うんだな……と、感心すら覚えていた。


「ルイーズさんには、そういうのは?」


「無い…………というより、もう慣れましたね。みんなのようにほいほい乗り換えるような……というより、誰のものといえども、死体を使わせて頂いてる以上、ちゃんと向き合わなきゃって思うんです。こんなこと言うと、ネクロマンサーの中でも変人だって言われちゃうんですけど……」


 かちゃかちゃと鳴る機械音に連動するように、メアリーの身体が仰け反り、固まった笑顔のまま揺れ動く。


「でも、こういうことしたりすると、私ってやっぱりネクロマンサーが向いてるのか……とも思うんですよね。他に出来ることはあんまりないですけど、こればっかりはすんなりと出来るようになってました。……変ですよね、忌み嫌われるような存在が向いてるなんて」


「そうでもないと思うけどな」


 後ろ向きなルイーズの言葉に、ネクロマンサーがどういうものがたいして知らなかった大我が合間を置かずに答えを返した。


「そりゃあ、人の死体を使うってのはアレかもしれないけど、敬意を持って接してるのは感じるし、アンデッドにするのは選んでるって聞いたら……そこで何か言うのは無しだよなって、俺は思います」


 現世界の常識や理に完全に染まっていない、旧世界の存在だからこそ言える言葉。

 これまでずっと誰かに虐げられ、助けられたと思ったら利用され、ついには人々から断絶することを選んだルイーズには、心に染みる優しい言葉だった。


「……ありがとうございます。その言葉私にはもったいな」


「うっ!!」


 と、卑屈気味な謙遜の言葉を口にしようとしたその時に、驚きの連続に引っ込んでいた尿意が再び襲いかかる。

 すっかり本来の目的を忘れていた大我が、急いで移動しようと背をつけるを


「お、俺、トイレに行く予定だったんでした……行ってきます!!」


 苦悶の表情が浮かんでいることが嫌でも察せられる絞り出すような声を出して、大我は急いでその場を走り去っていった。

 改めて一人と複数体の状況へと戻ったルイーズ。だが、たった今口にしようとした言葉を引っ込めたからか、少しだけ穏やかな気持ちになれた。そんな気がした。


「あの時……以来かな。誰かに会えてよかったって思えたのは」


 偶然の引き合わせだが、それが、いつどのような思い出になるかは未来でないとわからない。

 だが、この十数分の間の出来事は、確かに彼女の心の大きな癒やしとなったのだ。


「――――明日も頑張ろっか」


「朝食どうでしたでした? 登録されれれれrrrr……おハヨうごザいマす!」


 意味のない雑多な音を発するだけの動く屍に、心の全てを表せない不器用な声を優しく投げながら、ルイーズは再び、自分のアンデッドへの介抱を始めた。

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