第193話

 深緑に囲まれた一軒家で、ネクロマンサー・ルイーズとそのアンデッドとの共同生活を行い数日が経った。

 当初の目的では、森の奥で偶然見た怪しい人物への調査。そしてそれがネクロマンサーであれば倒していこうというものだった。

 直接対面し、対話をしていくうちに目的の根本は変質し、いつしかその者を狙うまた別のネクロマンサー達を倒すというものへと移り変わっていった。

 森の中を代わる代わる見回りをして、残った者達は材木、丸太集め、畑の耕し、新たなアンデッド用の小屋の建設や増築、家屋の清掃など、ルイーズの手伝いに力を入れる。

 本来の目的からは180度ひっくり返った、ほのぼの遠征スローライフ。敵の存在こそ残っているが、ルイーズやその場にいる人物の人柄もあって、本来忌み嫌われているアンデッドが周囲にいるとは到底思えないような、平和な空間が広がっていた。


「…………」


「ん、どうしたんだラクシヴ」


「いやー……なーんか妙に思い出せなくて…………なんかどっかで見たことあるんよね……」


 作業を中断し、休憩中の大我、ティア、ルイーズと、迅怜と入れ替わりで見張り役を努めているラクシヴが、一同にテーブル側の椅子に座っている。

 ふと、ラクシヴが作業中のワルキューレをぼんやりと見て、何か引っかかっているような唸り声と悩ましげな顔を見せていた。


「B.O.A.H.E.S.の中にいた時じゃないのか? ほら、バレン・スフィアの中にいたんなら、あいつらが飛んでる姿も見えてたんだろうし」


「いや……そうじゃないんですよね…………その時は殆ど外の景色なんか見えてなかったし、見たのは最近だったし……なんだったかなぁ」


 もうすぐで思い出せそうな、何かが支えているようでどうにも完全にスッキリしない感覚に顔を可愛く歪ませる。

 そして、じっと眼を二つ新たに作り出してじっと見つめると、ようやく思い出したと両手をとんっと叩いた。


「思い出した! あれ、あたしを森の中で襲ってきた奴だ! いきなり弓射ってきて!!」


「えっ、本当ですか?」


 口にした内容を聞いたルイーズが、びっくりした様子でラクシヴの報へと身体を向けた。

 それに連鎖するように、大我達もそういえばと声を出す。


「俺達も、ここに来る途中で襲われたなそういや」


「そういえば、こっちも遠くから弓射たれて……その後すぐに倒しちゃってましたね」


「ああ、そうだったんですか……道理で帰ってこない子達がいると思ったら……」


 非常に申し訳ないという感情に満ちた溜息混じりの言葉を、頭を抱えながら口にするルイーズ。

 その言葉から察するに、どうやら二人が喋ったような事態は完全に想定外だったらしい。


「あの、言い訳みたいになってしまうかもしれませんが……えっと…………元々は私、あの子達は……えっと、遠くに行かない範囲で狩りをしてもらうように指示してたんです。嫌な予感がするうちは、派手な行動は出来ませんから……。おそらくそれで、皆さんに攻撃してしまったのかもしれません。すみませんでした…………」


 食料となる動物や、未だ姿の見えていないネクロマンサー達ならまだしも、自分達にここまでよくしてくれた人達を知らずしらずのうちに襲撃してしまっていたとは。

 大変な失礼を働いてしまったと、その場で深々と謝罪するルイーズ。大我達は怨みも何も抱いていないまっさらな気持ちで答えを返した。


「気にしてないから大丈夫ですよ。むしろ今考えると、倒しちゃって申し訳ないというか……」


「いえ、最初に襲ったのは間違いなくこちらなので、そういう点では仕方ないです。非があるのは私達です」


 思わぬ空気の重くなり方に、これはやっちゃったどうしようと目を逸らしながら難しい表情を見せるラクシヴ。

 それを打破したのは、エルフィだった。


「はいはい! そんなら互いに悪かったってことで、間違いと正当防衛がぶつかった形だし、それで区切りをつけとこうぜ。ずっと悩んでても仕方ねえっての」


 助け舟を出すようにティアも横から自分なりの言葉を紡ぐ。


「せめてもの謝罪も込めて、もっと手伝いますよ! ね、大我?」


「お、おう! もちろん!」


 つくづくその優しさが心に染みる。先に襲いかかったのは間違いなくこっちなのに。

 心にそれが染みすぎて涙が出てきそうになるが、ルイーズはぐっと堪えて笑顔を向けた。


「それを聞いて…………安心しました。それじゃもう少し休んだら作業を始めましょう。畑の準備は万全にしておきたいですから…………」


 誰かと一緒に笑い会える日々が、こんな風に昔から体験できたらよかったのに。こんな時間がずっと続いたらいいのに。

 ほんの一瞬だけ、幸せに連なる邪な気持ちが湧きかけたが、すぐにそれはいけないと払拭し、ルイーズは残る休憩時間を楽しんだ。



* * *



 皆が交流を深め安らぐ一方、見張りと木材調達を受け待つ、文字通り一匹狼状態の迅怜は、連日の静けさに安心ではなく不審を抱きながら、卓越した斬撃術と体術で木々を薙ぎ倒していった。


「ここまで何もねえとなると、逆に奇妙が過ぎるな。微かな死体の臭いがあってもいいはずだが」

 

 敵の監視や追跡があるならば、多少のそれらしいニオイがあってもおかしくないはず。

 ましてや相手はルイーズと同じネクロマンサー。死体の臭いは相当な手練でもなければ剥き出しになっているはず。

 にも関わらず、この数日間、感じられるのはワルキューレ達の臭いのみ。

 ラクシヴの報告から存在は確認されているのに、それ以降痕跡すら無いのはあまりにも不自然。

 確証は無いが、何かが起きている。呼吸を整え神経を研ぎ澄ませた次の瞬間、足元から突如、特徴的な死者の雰囲気を感じ取った。


「地面!?」


 咄嗟に大きく後退し、その場を離れた迅怜。たった今立っていた地点へと視線を鋭く注視する。

 そこから現れたのは、土にまみれ、一部の皮膚が破れている女の腕だった。

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