第183話

「ではこちらに。退屈な場所だとは思いますけど、そこはごめんなさい」


 少々声の張りが増してきたが、それでもか弱い声でとても謙虚に接するルイーズ。

 ちらちらと大我達の方を見ながら、彼女は建てられた家屋の中でも一番外観が整っている一軒の方へと移動していった。

 その途中、農業に集中するワルキューレ達との距離が大きく縮まる。

 彼女達の姿はバラバラであり、羽根が残っている者や、衣服が破れ露出した肩の部分に継ぎ目が見える個体、四肢や首が折れているように見える個体。中には太腿や顔の皮膚の一部が剥げ、内部機構を晒している者も存在した。

 それでも彼女達は、現在の主人であるルイーズの命令に忠実に従い、戦いとは縁もゆかりもない農作業にひたすら従事していた。


「あれが畑耕してるとか想像もできないな」


 バレン・スフィアの内部で、たった一人でワルキューレの集団に正面切って戦いを挑んだ大我からすると、この光景はなんとも言えない不思議な感覚があった。

 人間の形をしていながら、現実に翼を生やして空を飛び、綺麗な顔で無機質に殺しにやってくる。

 そんな彼女達が今は、死体として操られているとはいえ農具を手に土を慣らしている。

 改めてこの世は何が起こるかわからないと実感した。


「どうぞ。私は……座らなくても大丈夫なので、皆さん楽にしてください」


 手作り感溢れる木のテーブルに、地面にきっちりと固定された丸太のような椅子。

 テーブルや椅子ごとの距離感が一つ一つ微妙にずれており、それがまた自作感を強くさせる。


「ちょっと待っててくださいね。中の子に飲み物持ってくるような指示しますから」


 そう言うとルイーズは、一旦その場を離れて家屋の中へと消えていった。

 一から十までとにかく徹底したおもてなしのスタイル。たった一人での行き届いたサービスに、個人が開く喫茶店のような趣きを感じながら、大我とティアが隣り合い、エルフィと迅怜が向かい側に座った。


「…………お前、その身体でその椅子はどうなんだ」


「細かいことは気にすんなっての。一人分なんだから、席専有したっていいだろ」


「そもそも向かい側が見えてねえだろ」


「……………………ははっ、気にすんな」


 椅子の下から二人の下半身ぐらいしか見えない立ち位置で、本当にそれでいいのかという迅怜の純粋な疑問に、エルフィはあっ……と、何も考えていなかったような沈黙も添えて気にすんなと押し切る。

  察した迅怜は即その話題を切り、一瞬だけ悲しそうな目線を向けてから目をそらした。


「な、なんだよ今の! 何もおかしくないだろ!」


「ああ……そうだな」


 そんな一方で、友人達とカフェで寛いでいるような懐かしい気分になってきた大我。

 視線はルイーズが入っていったドアを向いては、たまにちらりとティアの方に移っていた。


「なんだか、予想外なことになっちゃいましたね。戦い始めてばたばたするかと思ってたけど……」


「俺もそう思ってた。まさかもてなされるとはな……悪い人って感じもしないし、このまま何事も無く終わりそうだな」


「だといいんですけど……」

 

 道中の緊張感とはうってかわって朗らかな雰囲気になり始めた一行。

 しかしティアは、そんな状況でも不安が隠せずにいるようだった。


「何かあったのか?」


「ルイーズさんがいい人そうなのは……間違いないと思うんですけど、なんというか……そしたらあのアンデッドの討伐依頼や行方不明の捜索依頼とかは別の人の仕業なのかなって」


「ああそうか……そういえばそういうことになるか」


「あれだけのアンデッドを操れるってなれば、あの女も結構な手練だと思うが、俺達に向ける殺意や敵意は微塵も感じない。それでも怪しさは拭えねえがな」


 迅怜が二人の会話に割り込み、現時点での材料から導き出した自分なりの解答を口にする。

 人柄だけで信用するならば、他に悪事を働くネクロマンサーが存在すると考える方が納得しやすい。

 しかし初対面での印象のみで判断するのは危険極まりない。だが、ルイーズ本人には裏に潜む悪意といったものは感じられない。


「大我が出会ったワルキューレってのを連れてんのも怪しいからな。まあ、その辺りも含めてこの後聞き出す。数と実力の利はこっちにあるからな。何があっても怯むなよ」


 只では警戒を解かない、百戦錬磨の人狼らしい考え方で、何が起きてもいいように常に緊張に身を置く迅怜。

 未だ謎は複数残されている。それを全て問い質し、あわよくば解決出来れば良いと考えていたその時、ルイーズが家から戻ってきた。

 その後ろには、外にいるワルキューレとはまた別のアンデッドらしき姿が見えた。


「ごめんなさい。ちょうど茶葉を切らしていたみたいで……ジュースを用意したので、そちらで代用しますね」


「いえ、大丈夫ですよ。後ろの方は?」


 ティアが最初に、背後にいる人物について質問をぶつける。

 ルイーズは裏のない笑みを浮かべ、軽く自身の位置をずらした。


「つい最近、遠出をしていた時に誰かが戦ってるような音がして、そこに行ってみたら死体があったんです。それを拝借させていただき、蘇らせた子ですね。さ、前に出てきて」


 ルイーズが指示すると、そのアンデッドはどこか所々覚束ない足取りで皆の前に姿を現した。

 それを見た大我とエルフィは、驚愕の声を詰まらせた。


「嘘だろ……!?」


「あいつ、メアリーじゃねえか……!!」


 四人の前に出てきたアンデッド。それは、ケルタ村の事件の元凶、ドロアに造られた偽物の村人にして眷属のメアリーだった。

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