第184話
「……知ってるのかお前ら」
「知ってるも何も、この間ネフライト騎士団のバーンズさん達とケルタ村に行って、その時に出会った宿の子で……」
「一度連れて撤退した後、突然変異して俺達を襲ってきたんだ。イル……だったか、そいつが一人で引き受けて倒したとは聞いた。ただ、その後死体の姿が無くなったとも聞いたが……」
「それが今、ここに現れたってことか」
迅怜の質問に、当事者として答えていく大我とエルフィ。
メアリーの顛末は、後にバーンズとイルの二人から直接聞かされていた。
ただの村人の一人だと思っていた大我達は驚きを隠せなかったが、その事実を飲み込み受け入れていた。
それで終わりだと思っていた矢先、アンデッドとして復活するなどと予想できるはずもなかった。
「こんにに、ち……は……うう受付……は……はは……ここ、コーヒー…………?」
オレンジジュースが注がれた木のコップを乗せたお盆を持つメアリー。
その挙動は、変異を起こした瞬間、その後を想起させるようなかたかたとした震えを見せながら、時間が止まったような可愛らしい笑顔で、口の動作に合わない支離滅裂な喋りを発する。
いつ中身を零してしまうのかと気が気でない様子だが、動作そのものはある程度安定しているのか、そのまま何事もなく全員にコップを配り終えた。
「死体を見つけた時、すごく物騒な見た目してるなぁ……と思って……それから蘇らせた後は普通に動き出したんですけど、支離滅裂な言動を時折喋ったりで……あっ、死体を蘇らせた時って、個体によっては生前のように喋れたりするんですよ」
一貫して害意は無さそうだが、滲み出るネクロマンサー的な狂気に、どんなリアクションをしたらいいのか困惑し始める一同。
メアリーが軽く首を傾げてから後方へ下がっていくと、ルイーズがテーブルの側で姿勢を正した。
「さてと…………えっと、それじゃあ…………私に聞きたいことがあるんでしたよね? どうしてここにいるのか……とか、あの娘達をどこから連れてきた……とか」
「そうだ。嘘を言うんじゃねえぞ」
「もちろんです。だ、だって……こんな状況で嘘なんて言えるわけないじゃないですか……」
泳ぐ視線に震える足。緊張と恐怖が入り混じっている様子が非常によくわかる。
ルイーズのガチガチに固まっている姿に、ティアが優しく語りかけた。
「大丈夫ですよ、落ち着いて。私達は何もしませんから。安心して、ゆっくりでも大丈夫ですから」
「あ、ありがとうございます……」
背中を擦るような一言に安心したか、少しだけその固まった心が解れたように見えた。
そして、ふうっと息を吐き、改めてその場を仕切り直す。
「えっと、どうして私がここで暮らしているのか……と、あの娘達をどこから連れてきたか……ですよね?」
ああ、そうだと、迅怜が答える。
「……では、前者から話します。私がここにいるのは……誰かと関わらず、アンデッド達とひっそりと暮らしたかったからなんです。元々そこまで人付き合いも得意な方じゃなくて、一人の方が落ち着くので……あの、えっと、元々私はネクロマンサーじゃなかったんですけど、ある日、いきなり穢れを持った誰かに襲われちゃって……」
ルイーズは、この場所にやってきた目的から、自身の生い立ちへと話を転換していく。
「そこまで強い穢れでもなかったのか、自分でなんとか克服できたんですが、なんだか、今までよりも身体に違和感があって…………なんというか、私の奥底に何かドス黒い物が備わったような、世界が違って見えるような……それからしばらくして、私に死者を操る力が備わったことに偶然気がついたんです。私が死体に触れてから動いてって念じると、ひとりでに動き出すようになって……私の言うことはなんでも聞いてくれたり、嫌なことしなかったりで……」
話しながら自身の詳しい出来事を思い出し、言葉にして内容を連続させていくルイーズ。
言葉の節々には、彼女の胸に宿る覗いてはいけない何かがあるように思えた。
「それから、蘇らせたアンデッドと一緒に旅をしていたら、私と同じネクロマンサーだって言う人が近づいてきたんです。『君にはネクロマンサーとしての才能がある。どうか私達の組織に加わってほしい。その力の手解きをしてあげよう』って」
「ネクロマンサーの……組織……?」
迅怜の眼光が鋭く光る。
「この力がどんなものかとか、扱いに慣れ始めてはいてもとても不安だったので、人の中に入るのは嫌だったけど……私はそこに入ることにしました。最初はみんな優しくて、色んなことを教えてくれたりしてくれました。けど…………
「……けど?」
ルイーズは意を決して息を飲み込む。
「…………その組織がしていることを知ってしまったんです。すれ違った旅人を殺して自分の物にしたり、村や町から人を攫っては殺して実験台にしたり…………それが私には耐えられなかったんです」
「……ネクロマンサーは死体を扱う。それくらいのことは予想できたはずだ。まさか、知らなかったとでも言うのか」
ルイーズは何も言わずに首を振った。
「ネクロマンサーがどういうものか、少しだけ聞いたことがありました。でも、私に接してくれた人達は優しくて、もしかしたらそういう酷い人達とは違うのかもしれないと、そう思ってました」
「そこで死んだ誰かを勝手に動かしている時点で、侮辱も同然だろうが」
迅怜の一言一言が、ルイーズに突き刺さる。
「…………言い返せません。わかっていても、そうしないと私は生きられなかったんです」
「なあ迅怜、あんた物言いの前に人の気持ち考えろとは言われなかったか」
エルフィの釘刺しに、うっ! と痛いところを突かれたように頭を抱える迅怜。
「…………紅絽に言われたなそういや……そういうとこあるって」
「あー……続けてくれルイーズさん」
「……はい、ありがとうございます。それから私は、組織の人達に追われるようになりました。逃げ続けて、追いかけてくる死体を倒してはそれを使って追い返したり……幸い、私が勝てる人ばかりが来ていたので助かりました。そして、どうしようかと思った時、この鬱蒼とした森を見つけたんです。ここならもしかしたら、外から見つからずに隠れられるんじゃないかって」
「それで、こんな風に家を?」
「幸い、過去のアンデッドに建築技能を持った方がいて、知識を分けていただいてたので、なんとかすることができました。それから少しして、妙な気配がしたのでその方向にいったら、あの娘達の死体の山に出くわしたんです」
ルイーズは農業に勤しむワルキューレ達を指差す。
そのうちの一体がガクンを震えた後で膝を土に突いた後、もう一度起き上がって作業を再開する。
「天使……堕天使かな? ともかく、あんなのは今まで見たことありませんでした。ちょっとだけ記憶を読むと、彼女達は人とは違う、誰かに造られた存在のようでした。他の誰かのように帰る場所も家族もいないなら、もしかしたら力になってくれるかもと思って蘇らせました。みんな他の死体よりもとてもよく動いてくれて、それでいて強くて……そのおかげで、こんな風に家を建てることもできました」
見知らぬ誰かを道具として扱うことへの葛藤の末に、無から造られた被造物をアンデッドにすることにたどり着いたルイーズ。
その様子から、思考そのものはネクロマンサーのものが根付いているのだと感じさせられる。
「幸運にも、まだ誰も追手は来ていません。このままずっと見つかることもなければ、こうしてアンデッドと一緒に静かに暮らしたいなって……そう思ってここに住むことにしました。……これで、私の話は終わりです」
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