第182話

「全然気づかなかった……」


「気をつけろ大我、警戒は解くなよ」


 突如現れた怪しい人物相手に、強い警戒の意思を見せる大我とエルフィとティア。

 同様に迅怜も、いつ何が起きてもいいようにと四肢に電撃を走らせるが、現状の雰囲気に正体の掴めない違和感を覚えていた。

 それがわからない間は観察に徹し、裏をかかれないようにと、眼光と構えによる威圧を与える。


「一体なにもんだ。ずっと気配を消していたようだが、俺達をつけてたのか? アンデッド共と挟み撃ちにしようってのか?」


 攻撃態勢を作った上での質問攻めを繰り出す迅怜。だが眼の前の女性はそれに答える素振りはない。

 それどころか、遠目に見てもわかる程に真剣な雰囲気から一転、よそ見をしながらもじもじと戸惑いを見せ始めた。

 予想外の仕草に、その場にいた者は迅怜以外思わずハテナマークを浮かべた。


「あ、いえ、あの…………なんだか物騒な人達が家に向かってたので、何をする気なんだろうって……」


 敵意が無いような無防備な様で一歩一歩近づいてくる女性。

 だがそんな見せかけの無警戒にそうやすやすと乗るかと、迅怜は女性の周囲に威嚇として当たらないように電撃を走らせた。


「きゃっ!」


「それ以上は近づくな。ネクロマンサーは何をするかわからん」


「ちょっと迅怜さん! 初対面でいきなり……」


「ネクロマンサーってのは、死者を操る魔法と共に幻惑魔法も習得している。その練度があればある程、自分すら欺くこともできる。あんな風に無害そうに振る舞うこともな」


「それは……私もそれは聞いてはいますけど……」


 迅怜が口にした特徴は、ティアも何度か耳にしたことがある。

 死霊術師の中には、自らを囮にして定めた標的に近づき、自らが指定した地点で死体に襲わせ殺害し、また新たなアンデッドとして自分のものにするような狡猾な者もいるという。

 それを知っている為に、迅怜の言い分も一理あると納得しているティアだが、目の前の女性からは、不思議とそのような気配がないように思えた。


「以前からここに根城を築いていたらしいが、一体何が目的だ? 今出てきたあの死体も、大我が言うには普通の物じゃなさそうだが、どこでアレを調達してきた」


「わかりました! 話します! 話しますけど……あの、どうか警戒を解いて……くれませんか? 質問にはちゃんと答えますし、えっと…………こちらからは絶対に危害も加えませんから…………その……怖くて……」


 腰を引きながら唇を歪ませ、今にも泣きそうな瞳で両手を前に突き出す女性。

 そこまでの無防備かつ無様な様子には、密かに攻撃準備を整えようというような後ろ暗いものは全く見えない。

 ちらっと小屋から出てきたアンデッド達の姿を見ると、手にしていた農具を使い、直ぐ側の畑で従順に農作業に取り組んでいた。

 一連の光景に迅怜は、四肢に纏った電撃を解いて大きく溜息をついた。


「わかったよ。悪かったな、脅かすような真似をして」


あ、ありがとうございます……」


「勘違いするなよ、まだ信用したわけじゃねえからな」


「わかってます……ほっ、よかった…………ああ……」


 緊張の糸が切れた女性は、溶けるようにその場に崩れ落ち、へたり込んだ。

 女性の安否を気遣い、一目散に三人が女性の側に駆け寄り身体を支えた。


「大丈夫ですか?」


「はい…………大丈夫です。もしここを壊されちゃったらどうしようかと…………それと、あの人の目つきずっと怖くて…………」


 皆の視線が一斉に迅怜の方を向く。


「な、なんだよ。俺は順当な対策をしただけだっての! ……チッ、ああもうわかったわかった! あとでさっきの分のお返しはする!!」


 基本的に悪しき続柄として捉えられているネクロマンサー相手に警戒を怠らないのは当然のことではある。

 とはいえ、まだ何もしておらず敵意すら見せていない女性に威嚇射撃のような真似までするのは、少々過剰だったかもしれない。

 敵であること前提に気を張っていた迅怜は、やや渋々ながらも自身の非を認めて近づき、詫びを伝えた。


「い、いえ……すみません。私のような者が警戒されるのは仕方ないことですから……だからこうして、人から隠れて暮らしているわけですし……」


 口数こそ増えてきたが、女性の声は相変わらず怯えており、ポーズだけでも緊張を解いた迅怜にも瞬き多めにちらちらと視線を泳がせている。

 どうやら大我達を怖がっている以前に、対人的なやり取りそのものに萎縮しているようだった。


「……とりあえず、こっちも色々話を聞きたいから……どっかで落ち着いて話でもしようぜ。外でこうしてるのもなんというか……アレだしさ」


 空気を切り替えるという意図も含めて、大我が一つの提案を切り出した。

 その敵意の無い喋りと提案に対して、女性は少し安心したように小さく笑みを浮かべ、小屋の方へと歩き出した。


「そう……しましょうか。たぶん、色々私から話しておかないと……まだ怪しまれそうですし。ここにいる訳も話します。私の家の前にテーブルがあるので、そこで説明します」


 迅怜の横を過ぎる瞬間、緊張によって僅かに身体がぴくっと硬直する。

 が、すれ違いざまになにかされるということもなく通り、内心とても安心したのか、女性は再び振り向く。


「私はルイーズって言います。皆さんも察してる通り……ネクロマンサーです。でも、みんなには絶対に皆さんに危害を与えないように命令しますから、よろしくお願いします」


 ルイーズは礼儀正しく丁寧な自己紹介を向けた後、深々と頭を下げた。

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