第178話

 どうやら自分が来たことによりどよめきが起きているらしいが、その理由がさっぱりわからない。

 確かにここしばらくは足を踏み入れていなかったが、復帰してからはまとめて来てた時期もあったのに一体なんなんだと本人が思いながら歩いていると、迅怜の視界に見覚えのある人物の姿が目に入った。


「よう、ティアと……エルフィとか言ったか。あの気持ち悪い肉塊との戦い以来だな」


「そういやそうだったっけ」


 大我とティアが自室で待機していた途中、B.O.A.H.E.S.を封印するための手がかり兼増員として連れられたエルフィ。

 ずっと一人で露払い役を受け持っていた迅怜との出会いはその戦いが終わった後であり、その際に面識があった。


「ということは、こいつが桐生大我なのか。紅梠から話は聞いてる。一回俺の家に来たらしいな」


「エヴァンさんと一回だけ」


「ったくあの野郎。ともかく、お前のおかげで俺達は助かったし、間接的にも直接的にもこの街を救った。そこは感謝しておく」


「ああ……ありがとうございます」


 狼という獣の要素が強い外観と、やや強気な口調と常に威圧感のような雰囲気に気圧されるが、ぶっきらぼうながらもその言葉は優しかった。

 自分が生きていた本来の時代には、伝説や創作上にしか存在しなかった半獣の人種。

 それなりに慣れはしたが、未だ臆する気持ちは抜けない。

 そんな中で向けられた、強者と謳われた人物からの感謝の言葉は、今までとはちょっと違う感覚を覚えた、


「………………」


 直後、迅怜は三人をじっと見つめる。


「そういやお前ら、何受けるつもりなんだ」


「まだ決めてないですね。これからそれを探そうと思ってたところです」


 行こうと最初に動機を提示したティアがそれを答える。

 それを聞いた迅怜は、うーん……と、狼の唸り声が微妙に混じった声を鳴らした。


「それならお前ら、俺の用に付き合ってくれるか。腕を見込んでってのもあるが」


「え、俺達が!?」


 以前バーンズに誘われた時のような感覚をもう一度体感した大我。思わず声が出る。


「本当はエヴァンの野郎を連れて行く予定だったんだがな、あの野郎グレイスの様子見と個人的な用があるって断られた。別の奴を探すにも誰か丁度いいか浮かばなくてな、それで一旦こっちに来たんだよ」


 なんとなく人狼の表情の雰囲気が掴めてきた大我にも、その口調と表情で悔しそうな感じが伝わってくる。

 迅怜という人物のことはほぼ知らないが、エヴァンのことをワリと気に入っているんだろうかと純粋に思った。


「ったくあの野郎、今日こそ目の前で圧倒してやろうと思ってたのに」


 その次に出てきた言葉で、すぐにそれは撤回した。


「というと、迅怜さんはもう何受けるか決まってるんですか?」


「まあな。というよりも、クエストの受諾どうこうよりも状況の確認ってとこだな」


 そう言うと、迅怜は無数のクエストの貼り紙が貼られた掲示板の前まで歩き、端から端まで軽くその内容を確認していく。

 その視線と足はところどころで止まる。

 大我達をそれを追いかけ、迅怜が注目していった紙を改めて内容確認していくと、いくつかの共通点が見えた。


「行方不明に…………アンデッド?」


 目にとまったらしい依頼の紙は、特定人物の捜索依頼やアンデッドの討伐といったようなものだった。

 そして、迅怜は一枚の紙を手に取る。


「こいつは……たぶんこれか」


 そこに書かれた内容は、三ヶ月程前から森の中に突如現れた小屋を中心にしたとても小さな集落が不気味なので調査してほしいというものだった。

 調査依頼の内容は千差万別であり、大層な犯罪計画を立てている隠れ家なのではないか? という憶測から発行された依頼が、実は一人の男によるただの奇抜なデザインの建築趣味であったり。

 かと思えば、以前までは無人だったはずの洞窟が盗賊のアジトに作り変えられていた等、実際に足を踏み入れなければわからないという、ただ確認するだけでは済まないギャンブル的な危険も存在している。

 この依頼は集落と明言されている分、人の存在が確認されているのかもしれないが、迅怜には別の何かが脳裏に過ぎっているらしい。


「集落の調査……?」


「……そこそこ前に山賊捕獲の依頼があってな。それを受けて俺は南西の遠く山まで向かった。そこで山賊共の根城にちょうど良さそうな横穴を見つけてな」


「そこがアジトだったんですか?」


「いや違う。そいつらはそこに逃げこんだ。だがそいつらの物じゃなかった。奥まで逃げこんだ矢先に相当ビビって外に出ようとしてたからな」


 依頼の貼り紙を取り、軽く鳴らして読みやすいように形を整える迅怜。


「そこはそいつらじゃなく、ネクロマンサーの隠れ家だった。最奥のスペースには、紅い魔法陣に大量の死体。それから壁に紋様が描かれててな。そりゃ暴れてるだけの山賊なら逃げ出すってもんだ。臭いも酷かったな」


 大我とティアはわかりやすく戦慄し、顔を引き攣らせた。


「そ、それで……それとなんの関係が……?」


「一応その根城は潰しといたが、もし捨てられたわけじゃないならネクロマンサーはまだ普通に生きていることになる。死体を自分の欲望に利用する奴らだ、何するかもわかんねえ。それで最近、アンデッドの目撃情報が増えてるらしいことを知ってな、それでもしかしたらと足を動かしたわけだ。ここに書かれてる場所は、大凡その方向と噛み合う」


 そこまで説明されれば、憶測ながらも大凡の事の輪郭が見えてくる。

 行方不明、アンデッド、不気味な集落。それらが指し示す符号は一つ。


「そのネクロマンサーの動きが活発になった……?」


「たぶんな。どうだ、お前らも来るか?」


 日常ではまず決して出会うことはないだろうネクロマンサーという異質な存在。

 まだ何か起きるという段階ではないのかもしれないが、危険因子の種子となる可能性があるならば確認する必要はあるだろう。

 その意思確認をしようと大我はティアの方を向くと、やる! といった無言の決定をその綺麗な目で示した。


「俺達も行きます」


「決まりだな。あの野郎と違って助かる」


「じゃあ俺が受付いってくるわ!」


 エルフィが紙を両手で受け取り、受付へと運んでいく。

 その間、それぞれ向かい合う三人。


「ところで、ネクロマンサーって何だ?」


「「えっ」」


 予想外の発言に、エルフと人狼の垣根を超えて二人が凍った。 

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