第176話
そして三日目の早朝。ケルタ村との一旦の別れの時。
ルークは手提げの小さなボックスを携えて、大我達を見送るように玄関の前で皆の姿を見ていた。
「本当にありがとうございました。これ、もし良かったら朝食にでもしてください」
「ありがとうルーク」
それを大我が受け取り、笑顔を返す、
「日程自体ははっきりとはしないが、近いうちに医療班と調査隊をこっちに派遣しようと思っている。そんでこいつには、騎士団で色々聞かせてもらうさ」
バーンズがぶら下げる巨大な麻袋の中には、未だに気を失ったままのドロアが詰め込まれている。
自分で動けない状態な上に、誰かが背負っている途中で暴れられても困るからと考えた末の結論である。
「もう少ししたら、たぶん……みんなも安心して暮らせるようになってると思うので、その時はまた…………本当に感謝してます」
「こっちこそ。またいつか来るさ」
何を言い出せばいいか思い浮かばず、ただただ感謝の言葉だけを述べるルーク。
そして出発の時間がやってきた。大我達は皆に背を向け、一歩ずつ前に進んでいく。
「また! またいつか会いましょう!!」
村のために戦ってくれた戦士達の大きな背中が消えるまで、ルークはずっと手を振り続けた。
完全に見えなくなった頃、それが懐かしくも新しい日々の始まりとなる。
ルークは胸の中に渦巻くいっぱいいっぱいの気持ちを込めて、ずっと手を振り続けた。
* * *
ケルタ村を離れ、今度は正規の舗装された道を通って、最初に馬車を止めた地点へと向かう一行。
道中なんら変わったことも無く、渡された箱の中に敷き詰められたサンドイッチを朝食として頬張りながら、バーンズが指定した待ち合わせ地点まで移動する。
「新鮮な野菜とスクランブルエッグに、ほぐした鶏肉か……面白いな。素材がいいからシンプルな味付けでも充分いける。むしろそれがいい」
家庭料理の味にまた違う趣を感じて楽しむバーンズを他所に、大我とラントはそれぞれに今回のことを振り返っていた。
「しっかし、やっぱバレン・スフィアの影響って、本体消えても相当根深いんだな。ああいうのが未だに出てくるんだからよ」
その一言に、振り向かないままバーンズの耳が傾く。
「長い間いたんなら、そう簡単には無くならないよな。公害みたいなものなんだろ。けど…………なんかドロアが言ってたことも気になるんだよな」
「何か言ってたか?」
「俺達が突っ込んだ後で言ってただろ? 何か復讐しろとかなんとか声が聞こえたとか。けど、うまく言えないけどなんか違和感あるんだよな……」
どこの何に引っかかっているのかどうにも言葉で表せずにいる二人。
使った脳の補給とばかりにサンドイッチを頬張ると、ようやく予定していた看板の場所にたどり着いた。
「お、やっと見えたぞお前ら。ちゃんと待っててくれてるたぁありがてえな」
そこには、三日前に指示した通りにきちんと待ち合わせをした馬車が待機していた。
しかしよく見てみると、その馬車は一台だけでなく、追加で三台程用意されていた。
全く覚えの無い状況に一瞬ハテナマークを浮かべる一同。その疑問はすぐに解消される。
「隊長! お待ちしておりました!」
馬車内でしばしの休憩をしていた御者のロビンが、複数の近づいてくる足音を聞きつけて飛び出してきた。
その表情と足取りは、自分達が慕う隊長の無事を心の底から喜んでいるようだった。
「ああ、ちゃんと終わらせてきたぞ。けど、その馬車は一体何だ?」
「ええ、もし皆さんが怪我を負っていたら任務に支障が出ると思いまして、医療班も一緒に出動してもらいました。けど、その様子だと心配はなさそうですね」
バーンズ達の状態を心配しての気遣いによる増員。
大怪我を負うことなく任務が終わったために、大我達には治療を考えることは無かった。
が、ダメージを負っているのは彼らだけではない。バーンズはロビンの肩を叩いて盛大に褒めた。
「いや、よくやったぞロビン。医療班は至急ケルタ村に向かわせてくれ。穢れ対策もしつつな。エルフィ、医療班にドロアの情報を提供してくれるか?」
「…………あー! なるほどそういうことか! よっしゃ任せとけ!」
ドロアの残照が無くなったことを確かめたといっても、村人全員を調べられたわけではないし、穢れを取り除けるといってもそれ以外の適切な治療を施せるわけでもない。
その最後の仕上げは医療班に託そうと、バーンズはエルフィにケルタ村で起こった事の情報提供を依頼した。
すぐに理解したエルフィは、喜んで後方で待機する馬車に飛んでいった。
「さて、これでようやく本当に一件落着……ってとこか。無理に突き合わせて悪かったな二人共」
急な依頼にもついてきてくれた二人に、心の底からお礼を伝えるバーンズと、一緒になって頭を小さく下げるイル。
「最後に行くと決めたのは俺達ですから」
「まあな。それこそ、俺はバーンズさん達の強さを間近で見られて嬉しかったですよ」
「そうか……ありがとう。よし、エルフィが戻ってきたら帰るぞ! 俺達の街に!」
変えられぬ悲劇こそ起きたが、それは時が解決してくれることを待つしかない。
だが、可能な範囲で再興の結末に導くことができただろう。
大我達は最後まできっちりと事件を精算し、悔恨を多く残すことなく、アルフヘイムへと戻っていった。
* * *
そしてその日の夜、大仕事を終えて軽い聴取を受けた大我は、疲れがはっきりと身体に表れた動きでフローレンス家へと帰宅した。
「た、ただいま……」
「お帰り大我、そしてお疲れ様」
ドアの前では、いつもとかわらぬ雰囲気でティアが出迎えてくれた。
その後方からは、なんだか空腹を刺激するいい匂いが漂ってくる。
「さ、早く来て。大我が揃うまで、夕飯食べずにいたんだからね」
ちょっとだけ強引に腕を引っ張り食卓へと連れて行くティア。
いつも皆と食事するテーブルには、いつもの美味しそうな家庭的な食事の数々。そして、ティアの両親が席について待ってくれていた。
「ようやく帰ってきたね。もうお腹どんどん減ってきちゃってね」
「もう、デリカシーの無いこと言わないの」
たったの三日だったはずだが、まるで何週間かぶりに帰ってきたような不思議な感覚。
外に行っては帰ってくるという慣れた流れも、場所が変わればまた新鮮に感じる。
大我はその温かさに触れ、そっと心と身体を休ませるように席へついていった。
(…………話すのは、もうちょっと後でいいよね)
そんな幸せそうな時間を邪魔しないようにと、ティアは三日前に起きた奇妙な現象について何も言わずに黙っていた。
今はまだ取り立てて話すようなことでもないはず。そう考えて、まだ小さい不安を押し込めた。
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