第175話

 二日目の夜。一通りのことを終えた一行は、ルークが一人で住む自宅にて一夜を過ごすことにした。

 一人暮らしにはやや広い大きさの家と、内装といくつか放置された生活品が、かつて家族で暮らしていたことを示唆させる。

 複数人向けに想定されたテーブルの上に並べられた、バーンズお手製の豪華な夕食。

 しっかりと村の材料で作った濃厚なポテトグラタンに、鶏肉と緑黄色野菜を柔らかく煮込んだ、白カビチーズを混ぜたクリームシチュー。

 主食として並べられたパンは、ケルタ村で人気のパン工房から人数分足りるように購入した、茶色の焦げ目が食欲をそそるカンパーニュ。

 それら全て、バーンズが村を見て回り思いついたメニューである。


「一仕事終えたら、豪勢にいかないとな! 場所を貸してくれてありがとう。礼は今後たっぷりとさせてもらう」


「あ、ありがとうございます……」


 一晩の宿として泊める予定だったはずが、予想外のパーティーのようになったことにちょっと動揺が隠せないルーク。

 それでも、家中に満ちる腹をくすぐる香りに、まあいいかと気を緩くした。

 

「さあ飲みな。ここの牛乳は本当にうまいんだ。飲んでよし煮込んでよし炒めてよし! もううちの取り置きにしてもらおうかってぐらいだな!」


 事態が一通り収束したことのハメ外しなのか、それとも最高の素材を手に入れて舞い上がっているだけなのか、バーンズは一際楽しそうに一人ひとりのコップに、流れる様からしてはっきりと濃いことが感じられる冷えた牛乳を注いでいった。


「ぎ、牛乳尽くしに飲み物も牛乳……」


 一際白くなるテーブルの風景。大我達も少々困惑の色を見せる。


「何もわかってねえなあ。牛乳ってのは、作り方変われば千差万別の顔を見せるんだ。そのまま飲むにしても熟成させてチーズにするにしても、スープにするにしても……」


「隊長、話長くなるとそのスープも冷めますよ」


 語り始めると長くなることを体感的にわかっていたイルは、ヒートアップしないうちに横槍を入れて話を遮る、

 一応それなりの自覚を持っているのか、バーンズはいかんいかんと自省して席に戻る。


「さて、みんな疲れただろうし、腹を満たして万全の状態で帰ろうか。俺達にはまだそれなりにやることはあるが、大我、ラント、それにルークはまずは食って休んでくれ。本当によく頑張ってくれた。よし! 食おう!」


 この料理は、協力してくれた大我達へのお礼も込めた豪勢な振る舞いなのだろうと、皆は口には出さずともふんわりと理解した。

 バーンズの一言をきっかけに、各々に食事に手を付け始める。

 とにかく腹が減っていた大我は、パンとシチューを味わいながらどんどん腹の中へ収めていった。


「うっっっっめえ…………」

 

 白カビチーズが混ぜられた濃厚なホワイトソースのコクと、ブイヨンの旨味が溶け込んだスープが舌に乗り、感情に直接訴えかけるような最高の美味しさが踊りだす。

 その汁に柔らかくも素材の風味豊かな野菜が混ざり合い、また新しい天国を生み出す。

 パリパリと表面が香ばしいパンの、ほんの僅かな酸味と麦の風味が、硬い皮の奥から現れるもちもちした食感が、噛むほどに口内で濃厚なスープと溶け合ってさらなる世界が創られる。

 それを一度引き締めるのが、キンキンに冷えた濃い牛乳。

 さらさらとした口当たりから伝わる乳脂肪の濃さ。

 冷たくて濃い。ほんのりと甘い、それだけだかしかしそれが良い。そのシンプルさが逆に新鮮さを味わわせてくれる。

 グラタンも、ホクホクとしたじゃかいもの上に敷き詰められた、熟成した溶けたセミハードチーズ、シンプルな味付けでシチューと分けられたホワイトソース、食感と肉々しさを与えてくれる鶏肉。

 一匙に詰められたあつあつな層が、心を満たしてくれる。

 テーブルに広がる牛乳の無限の可能性に、食べる度にどんどん食欲が刺激されていく。

 大我とラントは、夢中になって用意された食事を次々と美味そうに平らげていった。


「あっ、おいしい……」


 ぼそりと思わず、素直な感想をつぶやいたルーク。

 それを見たバーンズが、笑顔で語りかける、


「だろう? 今日のは結構自信あったからな。この家の様子見てると、もう自分で作ってばっかだったろうさ。俺達を家に泊めるって時も、実は飯を用意しようとしてくれてたんだろう?」


「あっ、わかってたんですね……」


「あらかじめ置かれてた材料と食器を見ればな。出過ぎたマネとはわかってるが、この料理は俺達の勝利の宴、協力してくれたこいつらへのお礼。そしてルーク、必死に頑張ったことへの労いだ」


 その優しい言葉を耳にした瞬間、ルークの奥底から何かこみ上げてくるものを感じた。

 それは胸の奥から上り、涙となって伝ってくる。堪らえようとしても溢れそうになる。


「よく頑張ってくれたよ。さて、積もる話は置いといて飯に手を付けようか。ルークも腹減ってるだろう? シチューはたっぷり用意してるからな」


「大我お前、おかわりのペース早すぎんだろ!」


「仕方ないだろ腹減ってるしうまいんだからさぁ!」


 空腹のままにどんどん食事をかきこむ若者二人にうれしく思いながらも呆れながら、席から立ち上がり鍋の様子を確認する。


「ったくお前ら仕方ねえなぁ。まだ足りねえならもう一回分作ってやるから、もう少し落ち着いて食え」


「よっしゃあまだ食える!」


「俺もまだ食い足りねえんだよ大我!」


 それまでの緊張した雰囲気もなく、歳相応にはしゃぐ二人。それを見守るエルフィは、こいつらを相手にするの大変だろ? という笑いを混じえながらバーンズ達に顔を向けた。


「イル、材料費は本部に出してもらおう」


「……………ま、そうですね」


 完全に重苦しい空気も払拭された楽しげでどこか抜けたような空間に、思わず涙も引っ込み笑みを浮かべたルーク。

 こんなに楽しい時はいつぶりだっただろうかと、家族との時間

 この区切りを以て、ルークの、そして村人の影を縫われていた日常ははっきりと終わりを告げられたのだった。

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