第169話
姿形こそは、宿を破壊して現れた男と変わらない。だがそのおぞましさの度合いは明らかに本体の方が強い。
暗闇に溶け込んだ冒涜的な姿は恐怖を増長させる。が、この時点で最も驚いていたのは他でもないドロアだった。
なぜだ、なぜ見つかってしまった。
疑念と疑問が脳内を駆け巡る。
「決して見つかラナイようにしていたはずなのに……!」
「僕が以前姿を見た時の記憶を頼りに動いたんだ」
「この村の地形は俺が頭の中に叩き込んだからな。それと照らし合わせれば場所は概ね把握できる。その上、お前が生み出した奴らはともかく、本体は穢れが嫌でも滲み出てるからな。もっと探しやすかったぜ!」
「てめえみたいなやつのことだから、今、村の中を動き回ったら、村人を盾にしそうだからな。警戒しながら外を移動するんじゃなくて、地面の中を突き進むことにした。その程度なら俺の土魔法で余裕だからな」
協力者であるルークの助力、エルフィの機能的な探知能力と記憶力、ラントの土魔法。
それらが組み合わさって実行可能となった、被害を最小限に抑えた進撃方法。
自らの視覚をいくつも用意していたにも関わらず、それすらも掻い潜られてしまったことは、ドロアには想定外だった。
「あとはお前をぶっ飛ばすだけだ!」
残す関門は目の前一つ。大我は正面に拳を突き出し、仲間ともどもに臨戦態勢を整えた。
己の分身やメアリーの動作は、直接本体が操作しているわけではない。だが、視覚や一部思考、意思疎通の面で繋がっている。
実質的にはその力が割かれてしまっている状態。フルパワーを引き出すならばそれらを、少なくともバーンズと戦っている分身を元に戻さなければならない。
しかしそれを行ってしまっては、間違いなく騎士団の実力者である二人がこちらに向かい始める。
自身の拠点を知っているかどうかは関係ない。ひとたび目の前の侵入者が暴れれば、それを察知して容易に駆けつけられる。
絶体絶命に陥ったこの状況。ドロアは歯軋りし、はっきりとした苛立ちを見せた。
「ふざけるナ……! ここで貴様らにやラれるわけにはいかねえ!! 俺ガ強くなルため! 復讐の為に!!」
触手のように自らの身体である機械の触手を尖らせ、威嚇するように大我達に向ける。
ちりちりと火花が両者間の間で散る。そして、ドロアは恨みを込めて口を開いた。
「俺は! あの穢れに! バレン・スフィアのせイでこうなった!! タだ一度、偶然近くへ来てしマっただけナのに!! 誰かガ俺を襲ってきた。その姿も見エず、そのまま意識を失った。そして気づイたら、俺は穢れに侵されていた。なんの理由も無く! 身体中がおかしく狂ってしまいそうだった!!」
眼が赤黒く染まり、その挙動全てに憤怒の色が移りゆく。
「どうスレばいい。ドうしたらこの苦しミから抜けられる。ずっト考えてイた。そしたら、俺の頭の中に声が聞こエてきたんだ。復讐ヲ果たせと。俺をこんな姿にしたモノがいるならバ、それに全ての怨念を込めた復讐を果たせばいい。俺はそう悟ったんだ」
彼の語りから察せられる第三者の存在。実態の無い悪魔の囁き。
それが彼を狂わせてしまったことは想像に難くなかった。
「ならどウシたらいい。そんな力は俺ニハない。その時、偶然破壊されたカーススケルトンの残骸をみつけタ。それに触れるト、俺の中へと取り込まれていったんだ。なんだか、力が漲ってきたような気がした。ソこで考えたんだよ。もっと沢山の数を吸収すれバ、もっと力が手に入る。復讐を果たすに足る力が手に入ると!!」
「……それで、この村を襲ったと」
己を狂わせた不可視の宿敵を倒すため、また新たな誰かの犠牲を生み出す悪循環。
まさしくそれはあまりにも運の悪い現象、彼方からの悪意、歪みへの悪変。
積もりに積もった過去の悔恨のような系統ではない。偶然がここまでのコトを生み出してしまったのだ。
だが、目的を果たすための過程、その対象に選ばれたのは、何の関係もない人々。そのようなことが決して許されるはずもなかった。
「力を得るためにはそれしカ無かった!! 怒りがもう収まラナいんだよ!! ……話は終わりだ。ここでまだ終わるわけにはいかない。お前達も、俺の糧になってもらうぞ」
覇気と怒り、彼を包む無数の感情が押し固められた搾り出すような声の後、大我達の周囲が揺れ動く。
「ありがとよ、俺の話ヲ聞いてくれて。おかゲで詠唱の時間が確保できた! ここでお前達を倒し、そしてさらなる力を……」
「時間が出来たのは俺達も同じだよ!!」
時間をかける程に強力な魔法を作り出し発動することが可能となる詠唱。
ドロアは自らの過去を吐き出し、その時間を詠唱に当てて確実に倒す為の土壌を作ろうとした。
だが、時は誰にも平等に流れるもの。大きな焦りが生み出した巨大な綻びか、相手にもその余裕が作り出されることを失念していた。
「準備は整った。何が来ても対応できるぞ」
「何を使ってここまで進んできたか、忘れるんじゃねえっての」
密かに身体を動かし、詠唱を重ねたラントは、どのような攻め手が入っても瞬時に防御できるよう、巨大な石壁をいつでも発生させられるように整える。
そこから漏れ出した攻撃には、エルフィが瞬時に対処する。
これで、大我が一撃を叩き込む準備が整った。
「大我、あとは任せた」
複雑な表情をしながらも、右手に力を込め、足元に火花を散らす大我。
指輪に紋様が浮かび、拳に電撃が纏われる。
「クソ……だが、その程度で対抗できると思うな!!」
切羽詰まっていく状況にさらなる怒りを発露し、全方位から槍のような触手を放つドロア。
だが、先の宣言通り、その一発一発をラントが弾き、守り防ぎ、エルフィも正確に燃やし、吹き飛ばし、大我に一指すら触れさせなかった。
「気持ちはわかる。俺だって復讐を考えたよ。でもな……」
足元を小さく爆破して加速し、右手が青白く輝く。
静かな様相から一気に爆発させるように、大我の目つきは抱いた感情につられて大きく変わっていった。
「関係ない人を巻き込むんじゃねえええええええ!!!」
大我の渾身の雷拳ストレートは、ドロアの胸部に穿つように叩き込まれた。
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