第168話

 大樹の側で、眠ったままの宿の従業員を守りながら一人で戦うイル。

 雑魚敵の如き人型は、イルにとってはただの一撃で崩れる程に弱い。


「どっから湧いてくるのこいつら!」


 元来の激しい強気な口調と、必死に練習して身につけた丁寧な言葉遣いが混ざった独り言を口走りながら、次々と向かってくる敵を屠る。

 正面から迫る人型には、脳天へレイピアによる鋭い刺突、それから挟み撃ちするように接近してきた者には、思いっきり身体を捻って強引な蹴りを放った。

 それを腹部に食らった人型は後方まで大きく吹き飛び、木の幹に激突して身体がバラバラになった。

 まとめて飛びかかってくる人型は、魔法具から発動する氷魔法によって地面から氷柱を突き出し、槍のようにして身体を貫いた。

 一体一体が弱いが故の数の面倒臭さ。だがその中でも、正体を現した一体だけは違った。


「こんなにここここんなにいいんですか!? 宿のみんなみんなも喜びままままま」


 現状とは全く関係ない発言を鳴き声のように発し、右手から生えた刃を鋭く速く振るうメアリー

 だがその挙動は、剣を持っているというものではなく、まるで腕を鞭のようにして、肩の根元から振っているような動作だった。


「クソッ、やりにくいったりゃありゃしない!」


 今までに戦った中でも、アンデッドの如き人型の怪物は存在していたが、メアリーに関してはその動作が根本的に違っている。まるで本当に最初から人でなかったかのように。

 奇っ怪な剣撃を避けてはレイピアで受け弾き、後退しつつその動向を探る。

 背中が一本の大木にぶつかった瞬間、メアリーはカエルのように跳ねて飛びかかり、左手の歪なアームでイルに掴みかかった。


「速い……!!」


 戸惑いや迷いといった要素が一切介在していない、それどころか排除する対象に殺意や敵意すら抱いていない。ただ目の前の敵を破壊するためだけのような恐ろしく正確な攻撃。

 イルは左足で踏ん張り、横方向へと飛んで回避した。

 アームはその真後ろに立っていた木を握り潰し、倒木させた。


「まだ今日今日今日は誰も来ないですねねね。寂しいなしいなしいな……」


 人間的な柔らかさのない直線的な動作で首を横に動かし、眼球のレンズを激しく収縮させながら再度イルを捉える。

 直後、メアリーの後方から人型が真上を飛び越えようとしたが、彼女はその足首をアームで掴み、鈍器のように扱い強引に振り回し始めた。


「あんなのアリかよおい! 今まで出会ったクズ野郎でも滅多にやんなかったぞ!」


 喧嘩と暴力に明け暮れた日々と、バーンズと出会って以降を含めても数える程しか見たことないような外道戦法を平然と行使し始めたメアリー。

 人型を引きずり、上半身のブレない走りで接近して真上から振り下ろした。


「もうちょっと……仲間のこと考えなさいよ!!」


 だが、純粋なまでに直球な挙動には既に慣れ始めた。

 イルはその重く非人道的な一撃を回避して飛びかかり、左腕を踵落としで圧し折った。


「――――???!? 怪我してる怪我してる怪我してる怪我してる大丈夫ですか??」


 二の腕部分が歪み、メアリーの左眼がぐるぐると回る。

 しかし直後、痛がるようなリアクションも見せず下半身を90度回転させ、流れるように右腕による裏拳一閃を放った。

 

「なにっ!?」


 人の構造を無視したような予想外の挙動に驚きながら、イルはレイピアでその一撃をなんとか凌ぎ、再び後退した。

 メアリーはその動作に振り回されるようにふらりと倒れかけたが、両腕を地面につきブリッジの姿勢を取る。

 それからゆらりと上半身を起こし、かたかたと首を180度回した。


「もう、やりにくすぎる……! 一発叩けば行けるはずなのに……」


 異形的なのらりくらりとした立ち回りが、イルのスタイルと初見では致命的に相性が悪い。

 挙動の癖を掴めなければ、おそらく長期戦となってしまうだろう。


「まだ帰ってこないこないこないですか? 仕方ないですすすすね」


 遅れて胴体を半回転させ、元の姿勢へと戻ると、メアリーは再び足を踏み出した。

 今度はどのような攻撃が来る、人型からの干渉は発生しないか、状況と状態を注視しながら待ち構えていたその時、突如メアリーの動作がぴたっと止まった。


「な、なに一体……?」




 一方のバーンズとドロアの一騎討ち。

 多少の打撃ダメージこそ負わせたものの、被害の大きさでは明らかにドロアの方が大きく、時間稼ぎを行う爆炎の大剣使いに苦戦を強いられていた。


「こいツを取り込めば間違いなく強大な力を……だが、ココまでとは……まダ、俺が吸収した数が足りなカッタというのか……」


 ターゲットは間違いなく正しかった。だが、分身とはいえそれでも歯が立たない。

 均衡を調節されていることが嫌でも理解できる現状、その実力差を噛みしめるのはとても歯痒いことだった。


「そりゃそうだ。お前、今の所そこそこ長期的な策は考えられても、こういう時は力押ししかできてないみたいだからな。実戦の数が違うさ」


「おのれ……ならば、今からでも村人を取り込み…………!」


 はっきりと悔しそうな表情を浮かべて、今はもう効率が悪いと切り捨てた、インスタントにでも己の力を高める方法へと移行しようと思考したその時、ドロアの表情がはっきりと青ざめた。

 それを見たバーンズは、にやりと嬉しそうに笑った。


「ようやくたどり着いたみたいだな」




 二人の戦場で異変が起きた原因。それは大我達にあった。

 ケルタ村のとある家屋、その外界から遮断された地下室。そこにドロアの本体が存在していた。

 その個体としての特徴が認識できるのは上半身のみで、あとは無数の蠢く金属部品の塊に埋め尽くされている。

 光も通らない、入り口すらないその場所に、外界からの侵入者が現れた。


「バカな……! 早スぎる……! どうやって外からも探さずココに……!」


 突如その一室に発生した強引な横穴、深闇に新しく踏み入った光源。それは、皆して土と泥に塗れた大我達だった。


「ようやく見つけた、ドロア!!」

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