第167話

 一度通ったルートとは別の、道とは言えない道を走り抜ける大我達。

 前方を大我とエルフィ二人、後方をラントが走り、ルークを守ることを最優先にした陣形で囲いつつ移動する。

 現時点では敵の気配は感じられないが、いつ何者か来るかもわからない。大我達は一切の油断もしないように神経を研ぎ澄ませ、少しずつケルタ村へと近づいていった。


「エルフィ、何か気配はないか!」


「今の所大丈夫だ! それらしい危険はねえ!」


 人型の敵程度ならば恐れるに足らないだろうが、その数が増えれば、護衛しながらの戦いは難しくなるところがある。

 現状でその危険性を考えなければならないのは、リスクとして大きいものがあった。


「…………ルークだったか、お前の名前は」


「うん、そうだけど」


「ルークは何があって反抗しようと思ったんだ。あれだけの環境で、そこまで考えるのは相当きつかっただろうよ」


 ルークの一番近くを走るラントが、ドロアの作り出した地獄に反抗した理由を尋ねる。

 今まで普通に暮らしていたはずなのに、得体の知れない誰かが来た時から、誰も信用すればいいのかわからない悪夢が始まった。

 下手なことをすれば殺されてしまう。誰か因子を植え付けられたかわからない。知らないうちに自分にも植え付けられているかもしれない。そもそもそれ以前にドロアの糧となる時が来てしまう。

 そんな雁字搦めの状況では、動き出すことすらままならなかっただろう。

 そこから一歩踏み出す勇気に興味が湧いたラントは、それを聞き出さずにはいられなかった。


「…………僕の両親が、あいつのせいで死んだんだ」


 その一言で、ラントの顔が強張った。


「父さんはなんとか抵抗して村から抜け出そうと相談してた矢先、それを聞いていた一人が変身して殺され、母さんは僕の知らないところで異形になって人を殺して、それからいなくなったって聞いた。それで思ったんだ。絶対にこの状況をぶっ壊してやるって」


「それで、今に至るってわけか」


「うん。けど、僕には皆さんみたいな戦える力なんてない。だから、誰にも見つからないように、バレないように少しずつ少しずつ、村中の家を調べたんだ。それで色んなことがわかった。変身する人に法則性は何もない。本当に気まぐれなんだ」


「よく調べたなそんなこと……」


「記憶力がいいからね、みんなの噂話を頭の中に刻み込んだよ。因子の植え付けはたぶん夜に始まる。一度だけ、遠くの家で何かが蠢くような姿が見えたんだ。たぶんそれが、ドロアの仕業なんだと思う」


 黙ってそれを聞いていたラントは、心底感心していた。

 本当に無力に近い少年がここまでの行動を起こすとは。それほどに、心に燃え上がる怒りが強かったということだろうか。


「いつか誰かが来てくれることを信じて待ってた。そしたら、皆さんが来てくれた。これでようやく報われるんだって、戦ってる姿を見たときに思ったんだ」


 真正面を向いたまま、返事も何も返してはいなかったが、大我とエルフィも、背後で繰り広げられる話に胸を打たれていた。

 特に大我は、この世界の神によって両親を、友人を殺されている。その相手に反抗心を抱く気持ちはとてもよくわかる。

 世界の為に動くわけでもなく、ただ恐怖で虐げている明確な敵には、怒りを覚えるのは陶然。

 その動機に感化され、大我の心は打倒ドロアへの炎を密かに燃やしていた。


「そうか、すげえよルーク。一人でそこまでできるなんてな。よく頑張ったとしか言えねえ」


 そしてそれを直で聞いていたラントは、特に強く影響されていた。

 なんでもない普通の人にここまでの行動へと至らしめるとは。ラントの握り拳が強くなる。


「けど、あとは俺達に任せとけ。絶対にドロアの野郎を叩き潰してやるからな!」


 勇気を振り絞った抵抗には、相応の敬意と助力を。

 人々を助けるための行動を行い、それに足る力を持った者たちへの憧れを抱くラントならば、応えないわけにはいかない。

 情念を熱く抱いたラントは、一歩一歩踏む力を強め、さらに先へ、ケルタ村と進んでいく。




 道中、人型の妨害や追跡がありながらもそれを退け、ケルタ村を見下ろせる高所へとたどり着いた大我達。

 離れた場所からでは変わった様子は無いが、おそらくは自分達を見つけた瞬間にも村人が変化する程の警戒を見せているだろう。

 そして、一度退散した宿の方向では、紅く輝く光と土煙が絶えず上がっている。


「バーンズさん、まだやり合ってるな」


「それで、どうするんだこっから。ここで待っててもいつか見つかるし、村の中はなるべく通らないほうがいいだろうし」


「俺に考えがある」


 なるべく被害は出さず、かつドロアがいる場所へ向かう。

 実質的に村人全員が監視者となっている状態を切り抜ける方法が浮かばない大我に、ラントが一つの案を編み出していた。


「誰か村の全体がわかるのはいないか」


「俺ならいけるぜ。来る途中できっちり地図を叩き込んだからな」


 提示された前提条件に、エルフィが名乗り出る。


「よし。ルーク、どの場所にいるかははっきりわかるか?」


「大丈夫。絶対に忘れない」


「ラント、一体どうする気だ?」


「こういう場所だからこそ最適な道があるだろ。誰にも見つからずに進める道なき道がよ」


 そういうとラントは、人差し指を真下の方へと向けた。

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