第170話
「がっ……あっ…………!!」
一歩間に合わなかった防御。ドロアはその一撃をダイレクトに喰らい、壁に大きくインパクトの跡が発生する程に叩きつけられた。
その一発は本体へのダメージだけではなく、遠方にて戦う分身とメアリーにも影響した。
「ぬぐっ…………!!」
「動きが止まった……」
他への思考に割く余裕を削がれ、バーンズと対峙し続ける分身も一度その動作を停止した。
やはり本体とこいつらは、度合いはあれと繋がっており、大我達が何か大きな一撃を叩き込んだのだろうと考察した。
「このままいけば……といったところか。なら、俺は向こうには行かず、ここで集中したほうが良いな」
多数への対策として放った分身。それによって割かれた本体の能力。それが今、大きく仇となって働いている。
それならば、無理に合流して戦わず、ここで敢えて対応していたほうがおそらく確実性は高いだろう。
そう考えたバーンズは、分身を最後まで泳がせて、大我達が仕留めるその時まで敢えて戦い続けることを決定した。
「けど、正直動きづらいからな、楽はさせてもらうぞ…………っと!!」
だが、それはそれ、これはこれ。戦いを長引かせるにしても、ある程度能力を削いでおいた方が楽なのには間違いない。
バーンズは再び動き出すまでに、無数の腕を叩き斬りながら、それを用いて分身の上に放り投げて積み上げていった。
「こんにちは、こここここ、もう、だめですよ!?」
一方のメアリーは、独立して稼働していることもあってさしたる影響は無かった。
が、その眷属のように発生し続けていた人型はぱたりと襲撃を止め、周囲を落ち葉と残骸に囲われながらの一対一の対峙となった。
「力が強い…………だが、隊長ほどじゃない」
肩から腕を振り、イルのレイピアに対してノンストップの攻めを続けていくメアリー。
金属同士が衝突する音が、冷たい風が吹く森の中で響き渡る。
「まだううう受付受付業務が終わってなかなかなかったたた?」
疲れもなにもないのか、一切ペースを落とす気配のないメアリー。
時折、地面から飛び出した木の根や石に足を引っ掛けつつも、ぐらりと身体を変形や回転をさせながら無理矢理バランスを取り、再び元の姿勢に戻り攻め立てていく。
そして隙を見ては、折れたはずのアーム付きの左腕をハンマーのようにして振り回す。
到底人間業ではないグロテスクな前進に、予測がつかず反撃の瞬間が一向に見通せないイル。
これが隊長ならば、既に見抜いているのだろうかと考えながら、狂った表情を変えないメアリーを凝視し続ける。
「折ったとしても無理矢理攻撃は続けてくる……なら!」
イルは一度大きく後方へとバックステップで距離を取り、着地した瞬間にレイピアを地面に軽く突き刺す。
それからもう一度小さく後退して、可能な限り距離を取った。
「お客さんとととのお客さん別れ別れ寂ししししいですですてすすすすね?」
当然メアリーもそれを追いかける。両足をバネのように曲げて大きくジャンプし、両腕をぶらぶら揺らしながら空中を舞いつつ着地した。
その瞬間、足元が瞬時に凍結。それまでの土と葉によって覆われた柔らかな土壌とはかけ離れた、バランスが取りづらく滑る地面へと変化した。
「???????????」
突如変化した足元のバランスと感触、そしてまともに制御できない姿勢に混乱し、メアリーは無理矢理身体を変形させながら正常な立ち姿に戻ろうとした。
だが、その健闘も虚しく、両脚を大きく開いた逆関節の状態のまま、地面にばたりとうつ伏せに転がった。
「今だ!!」
攻め手の絶えなかった敵への、これ以上ない程の大きすぎるチャンス。
イルはレイピアを突き立て、晒された背中目掛けて飛びかかった。
「わかかかかんない、今日のメニューはメニューはどどどうなってて」
メアリー側もたたではやられない。背中を90度超える程に一瞬で折り曲げ、その奇妙な姿勢のまま両腕で対抗しようとした。
だが、イルが彼女の真上に来る頃には、その防御態勢は間に合わなかった。
「!!!!????!?!?」
仰け反るような姿勢のままぽかんと開いたままの口から喉を貫き、レイピアの刀身は脊椎部から腹部を貫通し地面まで突き刺さった。
びくんと魚のように身体が震えたメアリーは、その刺突によって固定され、その場でガクガクと震えた。
「これでもう動けないはずだ……何?」
大抵のものならそれで終わるはずだった。だがメアリーは、バキバキと身体中から金属がネジ曲がるような異音をたてて、両脚と右腕を根元から動かし、刺さったレイピアを破壊しようとした。
「嘘でしょ……自分の身体すら崩してでも戦おうとしてるの……?」
あまりの生命力の高さ、そしてもはや人型の異形とも呼べる様相に、嫌悪感すら覚えてしまうイル。
「本日のよよ予定予定よて……ヨテ……いい、い、予定は………いい、いらっ……シャ……い………ま…………せ…………」
しかしそれにも限界が訪れた。
最後まで日常で発していたであろう言動をぐちゃぐちゃに意味もなく発しながら、メアリーは前衛的な彫刻のような姿で動作を停止した。
肉体的よりも精神的に極度に疲れたような気がしたイル。一度その場で腰を付き、呼吸を落ち着かせる。
「……できれば、傷も少なく助けてあげたかったな」
彼女がドロアによってゼロから生み出された存在だと知らないイルは、せめて元凶との決着がついた後で助けてあげられるようにしておきたかったと悔やんだ。
だが、それを後悔し続ける時間は無い。
イルはレイピアを引き抜き、従業員達のもとへ向かう。
未だに眠っており、どうもちょっとやそっとじゃ起きる気配は無かった。
「担いでいくしかないか」
一度混戦があった以上、この場に放置しておくわけにはいかない。
イルは俵を背負うように全身を使って全員を担ぎ上げ、ゆっくりと起きないように、かつ速歩きで急ぐようなその場を離れた。
「あとで弔いに来るぞ」
貫かれた時の姿勢で固まったメアリーに鎮魂の祈りを静かに捧げ、イルはケルタ村を目指した。
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