第159話

「さ、とりあえず腹ごしらえだ。戻ってくる前に間違いなくうまいのを一通り買ってきたからな、好きに食いな。足りなくなったら外で何かしら見つけてくるといい。この村の飯は信頼できる」

 

 イルが一度退出した直後、バーンズが購入していたのは、その村の素材で作られた白カビチーズと少し厚めのハム、みずみずしいレタスやトマトが挟まったバゲットサンド。

 イルの分もきっちりと含めた人数分用意されており、中々にボリュームのある代物だった。

 飲み物として、牧場直販売の牛乳も用意され、まるでとてもご機嫌な朝ご飯のようなメニューだった。

 

「ありがとうございます」

 

 それぞれで食事を摂るにしても、何かしら売っているような店を見つける余裕も無かった大我はどうしようかと思っていたところで、見事な差し入れが振る舞われた。

 ラントも似たような感想を抱いており、なんだか得したような気分になっていた。が、ここでふとどうしても気になっていたことがあった。

 

「ん、どうしたラント。まだ足りないか?」

 

「いや、その……ずっと気になってたんですけど、なんでバーンズさんって、そこまで食にこだわってるんですか?」

 

 訓練施設で出会った時からこの時までずっとだだ漏れになっていた、食への強いこだわり。

 自ら騎士団施設の食堂をプロデュースし、馬車を料理が出来るように改造し、さらには村の生産品も理解している。

 並々ならぬ実力があるのはわかっているが、それとは別にとても強い情熱を注いでいることがわかる。

 一体何がそうさせているのか、ラントはそこがどうしても気になっていた。

 

「…………お前達は、生きる上での絶対的に大切な欲求が何かは知っているか?」

 

「大切なもの……?」

 

「食欲だ。これはほぼどんな生物でも切れないものだ。食わなきゃ死ぬし、外からの栄養を求める。そしてうまいものを食えば幸せになる。そして糧になる。食は身体だけじゃない、内外の色んな部分に密接に関係している部分なんだ」

 

 三人は、ぐっとバーンズの話に耳を傾ける。

 

「いくら栄養があると言っても、それが不味かったら飲み込む前に萎えちまう。美味いものなら、身体の礎になる上に幸せなんだ。なら、そこにこだわるほうがいいだろう?」

 

「まあ……確かに」

 

「――少しだけ昔の話をしよう。俺は元々この辺りの出身じゃあない。海の向こうから渡ってきたんだ」

 

「海の向こう……!?」

 

 ラントがわかりやすく静かに驚きの声と顔を見せる。

 

「ああ。ここまでは俺一人できた。元々はここからずっと遠い、アルディーバって砂漠の町の出なんだよ。よく剣術を習いながら喧嘩とかもしてたんだ。だが、そのうちに物足りなくなってな、まだ見ぬ強い奴と戦ったり、俺の知らない場所へと出てみたくなったんだ」

 

「それで、旅に出た……」

 

「そういうことだ。途中色んな出会いや別れもあって、怪物とぶつかったり、なんか暴れてる一団を壊滅させたり、出会った人の死を目の当たりにすることもあったな。そんで、そこでどうしてもついて回るのが、食料の問題だな」

 

 軽くバゲットサンドを頬張る。ハムの塩気と白カビチーズの風味が、バゲットのふんわりとした味でまとめられる。

 

「とりあえず食えりゃいいかと思ってたが、んなことはなかった。まずいもんはまずいし、歩く気力も失せてくる。苦味がぶわって広がってくる虫を食った日には気分も最悪だった」

 

「虫…………」

 

「栄養豊富だって知識はあったからな。だが、そういうのを積み重なってわかったよ。食は幸せに生きるためにある。生きるためだけに食うんならそりゃただの作業だ。それから俺は、余裕がある時はちゃんと料理を作るようになった。行く先々でレシピを教わり、調理も教わり、途中で包丁と調味料だけで旅するようなとんでもねえ料理人とも出会った。あいつの飯は本当にうまかったなあ……」

 

 最後の一口を頬張り、見るからに濃いとわかる牛乳で味わいながら流し込む。

 

「そういうことも色々あって、俺は海を渡ってアルフヘイムにたどり着き、一生を過ごすならここが一番いいかもなって思って暮らすことにしたんだ。それから俺はエミルと勝負を挑んで、その流れでネフライト騎士団に入った。あの人…………あいつにはそれなりに借りや対抗心もあるからな」

 

 バーンズという男の一生の断片を垣間見たような話に、思わず聞き入っていた三人。

 間違いなくこの内容は、簡単に組み立てたダイジェストのようなものなのだろう。だが、声の一つ一つに感慨深いという思いと強い感情がこもっていることで、もっと濃密な体験をしてきたのだろうと肌に胸に伝わってくる。

 

「そういえば、イルさんとはどこで出会ったんです? 今の話には出てきてなかったような」

 

「あいつとは、ネフライト騎士団の第2隊長になった後で出会った。そもそもは騎士団とは縁もゆかりもない、むしろ敵対集団の方だったんだ」



「えっ!?」



「当初はあいつとんでもない暴れ牛でな。部下を何人も引き連れて、旅人や冒険者に喧嘩をふっかけては拳一本でぼこぼこにしてまわってたんだ」

 

「えっ、じゃああのレイピアは……」

 

「まあ話は最後まで聞きな。それで、とうとう歯が立たないってなって、俺が引き受けることになったんだ。あいつは本当に厄介だったな…………もう戦法もなんにもなく、ただ馬鹿力に任せてガンガン押しまくるだけ。大木もパンチ一発で折れるし、岩も砕けるくらいだったからな。だから俺は軽く足元を崩したり環境を利用して戦った。そうしてようやく勝ったってわけだ」

 

「なんか……そんなイメージあんまり無かった……。なんというか、すごいお淑やかな雰囲気だったし、振る舞いも真面目な人って感じで」

 

「あれは努力の賜物だ。その後個人的に気に入っちまってな、部下も含めて丸々騎士団にスカウトしたんだ。ちょうど副隊長の席も空いてたしな。さすがに混乱してたみたいだけどな!」

 

 また別の意味で話に耳が傾く三人。

 

「それからアイツは、こういう騎士の、しかも副隊長って立場ならちゃんとしなきゃ! って言いながら猛勉強を始めたんだよ。言葉遣いから立ち振る舞いから、それから武器の使い方とか。イルの奴、パワーがあるんだからそれにあった武器にした方がいいって言ったのに、騎士らしくスマートな武器を! って頑なにレイピアにこだわってたんだ。一体どこからそんなイメージを持ってきたんだか……」

 

「す、すげえ……」

 

「で、レイピアを扱う練習を始めたけど、今まで武器を使ったことがなかったらしくてな、練習の度にポキポキ枝折るみたいに壊したんだよ。もう何十本壊れたか覚えてねえ」

 

『折れた』ではなく、『壊れた』という部分に、三人は何か強い意味を感じずにはいられなかった。

 

「でもあいつの忍耐もすごくてな、必死に必死に頑張ってとうとう見事に使いこなせるようになってた。その結果が今のイルだ。ちょくちょく素が出るが、それが本当のあいつなんだって優しい眼で見といてくれ」

 

 イルの積み重ねた努力。大我とラントにはそれぞれ思うところがあった。

 魔法を使い始めたばかりでまだ完全にモノにできていない大我、向いていなくても力で押す戦法に憧れ求め続けるラント。

 鍛錬を積み重ねていけば、いつかその目標へとたどり着けるかもしれない。そんな希望を見せてくれる参考がこんな身近にいたとは。

 そんなことを思っていた時、噂をすればというようなタイミングでイルが再び男共の宿泊室に入ってきた。

 

「おお、ちょうどいいとこに」

 

「隊長、すぐに外で話を始めましょう」

 

「……わかった。それと、イルの分だ」

 

「いただきます」

 

 入って早々に物々しい雰囲気を漂わせるイル。

 バーンズはその場で深くは追求せず、残り一つのバゲットサンドを手渡してから立ち上がった。

 大我達もそれに続き、一斉に立ち上がる。そして、イルだけサンドを頬張りながら全員その部屋をあとにした。

 

 その一方、宿泊者が去った後のイルの部屋。

 

「#*$;@!! 3%=8@*4&???」

 

 窓から侵入し、イルを襲うために待ち伏せしていた二つ頭の異形の怪物は、全身を無理矢理丸められたような状態で、小さな電子音の悲鳴を上げていた。

 武器のレイピアが手元に無いならば簡単に叩き潰せるとでも思考していたのかもしれないが、その考えが非常に甘かった。

 イルは怪物が放った鋭利な攻撃を全て避けながら、長い首や蔓のような腕を握り潰し、片方の頭を両手で粉々に圧し潰した。

 怪物がふらついた隙に身体を貫くような拳を5発叩き込み、崩れ落ちたことを確認すると、持ち前の怪力で二度と動けないように塊のような形にし、それからレイピアを携えて大我達の方へと向かっていった。

 怪物はそのまま、誰かに気づかれるその時までずっと、風に吹かれるようにふらふらと揺れながら、哀れな声を上げ続ける。

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