第158話
だんだん日が沈まり始めた時間帯、一旦宿へと戻ってきた大我とエルフィ。
苦い表情を浮かべる二人を見た、入り口側で掃除をしているメアリーが心配そうに声をかける。
「おかえりなさいお二人共。あの……何かありましたか?」
「…………いや、なんでもない」
発生した出来事をあまり悟られないように、余計な心配をさらにかけさせないようにと、大我は淡白に答えつつ自室へと向かっていった。
「あれ、みんな……戻ってきてたのか」
「おう、お前もな」
慌てて帰ってきたこともあって、また他の全員は戻ってきてないんだろうなと思っていた矢先、男三人で使うことになっていた一室には、イルを含めた全員が一同に集まっていた。
予想外の光景に驚きながらも、大我は自分の使うベッドの上へと座り込んだ。
「その暗い様子だと、何かまずいことでも起きたんだな」
察しの良いバーンズが、ストレートに大我の状態について切り込む。
まだ何も話していないのにそこまで感じ取られるとは、と、その経験の豊富さを体感した大我は、自分からその内容を話そうとする。
が、バーンズはそれを無意識に遮るように続けて喋った。
「大方、村人が襲われたとか変異したとかその辺りか?」
「えっ、なんでそれを…………もしかして」
完璧に言い当てられた出来事の内容。
いくら勘がいいとは言っても、そこまで具体的な内容を語ることはまず不可能に等しい。
その結果、大我の脳裏に皆が自分達よりも早く戻り、待機していた理由が浮かび上がった。
「そういうことだ。俺もそれに遭遇した」
横から入り込むラント。入室した際には意識できていなかったが、ラントも大我と同様に悔しそうな表情を浮かべていた。
「イルと俺はそうなることはなかったが……正直予想外が過ぎた。何者かが監視しているだけならばよかったが、まさか『村人以外の者』に口外すると発動する何かとはな。よくもまあこんな悪趣味な仕掛けをしやがるもんだ」
「大我も見たんだろ? どんな状況だった?」
「…………見つけた人に、この村で何があったのかを聞きに行った。なにも言わず黙って去っていく人が殆どだったけど、その中でカップルみたいな二人組に会ったんだ。で、男の方が決心して話してくれようとしたんだけど、直後に後ろにいた彼女らしい人が変形して……」
心情を察してか、バーンズが優しく肩を叩く。
「そうか、災難だったな。気持ちはわかるが、それは今は胸の奥にしまっておいてくれ」
「…………はい」
仕方がなかったこととはいえ、いつまでも引きずるわけにはいかない。
重苦しくなっていく空気をさらに沈ませないようにと配慮しつつ、バーンズは話の整理をつけることにした。
「俺達二人にはそれらしいことは起きなかったが……兆候は見られた。人々に聞きに行っても詳細を話さず黙っているだけだった」
「私の方もそういう感じでした」
「周囲に言論統制の管理官みたいな奴もいないのにこうも喋らないってのは流石におかしかったからな。だが、二人の話が理由ならだいたいの見当はつく。概ね、一人ひとりの命を人質に取っているといったところだろうな。外にも漏らせるわけがない。その変異した者達の挙動や喋りに特徴は無かったか?」
大我とラントは互いに顔を見合わせる。言葉にしなくても、なんとなくで言おうとしている事の雰囲気が伝わってきた。
「全く何も。他の人とちっとも変わりませんでした」
「もしかしたら遠距離から操ってんのかとも思ったけど、どこを見てもそんな奴はいなかった。バーンズさんの言う通り、あれは『発動してる』というのが正しいのかもしれない」
「発動条件はだいたいわかったが、問題はその変異する者か……なんとも鬱陶しく最悪な搦め手だな。その変異した人の強さは?」
「たぶん大したことはない。けど、心得の無い人々を殺すには充分な強さだと思います」
情報は得たがそれ以降に繋がる気配が無い。
今日のような出来事があれば、さらに聞き出すことはハードルが高くなり、情報収集も大きく滞るだろう。
だがそんなことで止まってはいられない。人々の安寧の為に、足元を掴む恐怖を払い除けるために、大我達はこれからのことを考えることにした。
「あんまりにも手がかりがなさ過ぎるな……これじゃあ原因の特定もできん」
「おそらく、変異した怪物が倒されたことを、目標が知るのも時間の問題でしょう。そうすれば、村人の外から、特に隊長のような実力者が現れたのも把握するはず。そして狙いは私達に……」
「それだけならまだなんとかなるが、おそらく村人を尖兵にして俺達に向かってくる。こんな卑怯な手を使ってくる奴だ、それくらいのことはするだろう」
「ということは、ここに長居もしてられない……?」
考える程に浮かび上がる最悪の想定。
僅かな情報と引き換えに状況の悪化がどうしてもついて回る。
「大我、ラント、変異した人の近くにいた恋人や家族は何かおかしいとこはなかったか? 顔色が悪いとか追い詰められているような様子とか」
「いや、全く……皆と同じように、抑圧された雰囲気以外には何も」
「俺も同じく。病んでいるようには見えなかった」
バーンズを筆頭に皆が考え込む。
ケルタ村の状況は予想以上に深刻かつ侵食されている。
村人は本質的には味方なのだろうが、敵にならざるを得ないという状態。裏で手を引く者の痕跡も見えない。
ならばどうやって敵を引きずり出すか。各々の脳内で、一つの確実かつ捨て身の手段が一致した。
「みんな、夕食を終えた後で外に集まってくれ。話はその時に改めてしよう」
袋小路に入り、長くなってしまいそうな話を切り上げるバーンズ。
これからのことについて、その詳細は腹ごしらえの後にして、まずは体力の一時的な回復を優先することにした。
「了解。それじゃあ、私は部屋に戻ります」
ひとまずの区切りがつき、イルは自身が泊まる部屋へと戻っていった。
大我達は、沈んだ空気のままそれぞれのベッドの上に一度寝転がり、束の間の休息に入った。
そして、イルの宿泊部屋。一人用で窓が備え付けられている、最低限の荷物と自身の武器であるレイピアが置かれた部屋。
部屋から出る際、イルは確かに窓を閉めて外出した。だが、戻ってきた後には、その窓がほんの僅かに開かれていたのだ。
「…………侵入者か?」
ぱっと見では、室内にそれ以外の侵入の痕跡は無い。
イルは窓に近づき、不審な箇所は無いかと細かく確認しようとした。
その時、背後から突如、無機質な殺意を感じ取った。
「――――!!」
イルは反射的に背中を向く。そこには、二つの男の頭が取り付けられた、六本脚の異形の怪物が今にも襲いかかろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます