第160話
ひとまず部屋を後にした大我達。
サンドをちまちまとどこか遅いペースで食していくイル。四人はひとまずそれを食べ終わるのを待っていた。
「……おいしいけど刺激足りないですね」
「ここ数日ぐらいは我慢しろっての。だいたいお前はなんでもかんでも辛味かけ過ぎなんだよ! 元の味が台無しになっちまうだろーが!」
「元の味楽しんでる上で辛さが欲しいんですよ! それくらいわかんないんですか!」
「お前のは度を越えてるんだよ! 大抵の食い物真っ赤っ赤じゃねえか!」
「あぁ!? うまいからいいでしょうが!」
味に対するスタンスから口論が始まり、イルの本来の口調も剥き出しになりかける。
なんだか雰囲気や立ち振舞からの赤赤しい食事のギャップが常々すごく大きいと感じていたが、バーンズから聞いた生い立ちの知識があると、なんだか納得できるような気がしていた。
「ま、まあ二人とも、とりあえずまずは話の本題に入らないと……」
大我が不発弾を触るように恐る恐る二人をなだめる。
さすがに二人とも、実績を積み重ねた戦士なだけあって、ちゃんとその辺りは弁えて大我の意見をしっかりと聞き入れた。
不満げな表情を残しながら。
「ったく……それで、話ってのはなんだ」
「ん……ほえが…………ぅん…………それがですね、先程私の部屋で侵入者と遭遇しまして」
「なっ……本当か!?」
「ええ。レイピアを使うまでもないような雑魚でしたが、その姿は異形そのものでした」
本人はバーンズが過去の話をしたことを知らない為に、レイピアこそ自身の本領とのイメージを見せているが、既に話を聞いた一同は、拳で渡り合うのが本領なんじゃ……と、心の中でちょっとだけツッコミを入れていた。
「ん、どうしたんですか皆さん?」
「ああいや、なんでも! でも、それって俺達のことがバレてるってことじゃあ……」
大我の脳裏に嫌な予感が過る。
「可能性は高いな。だが、二人の騒ぎだけですぐに襲撃に転じるってのもおかしい話だが……。俺達が来た時点でそりゃあ察知された可能性もあるだろうが、また来てから半日も経っていない。俺達のこと知っていても、情報伝達の時間差はあるだろうし、情報の照合も必要なはずだ」
はたして何の準備も無しにここまでの行動が進められるのか。様々な可能性が五人の中に渦巻く。。
話を脳内で整理していたラントが口を開く。
「…………たぶん、俺達のことをずっとどこかで目つけてたんじゃねえのかな。それで聞き込みで動き始めたのを見て、すぐにでも始末するようにしたのか。襲撃もたぶん、俺達じゃなくても予め行えるようにしていたか」
「その線が濃厚だろうな。だが……やはり気配があまりにもなさ過ぎる。敵の正体が全く見えてこない。全員、誰かに監視されていたような気配はあったか?」
「……全く。村人からの視線を感じるだけでした」
「俺も」
「私も同じく」
どこかで敵が見ていることは間違いないのだろう。だがその気配が全くと言っていいほどに感じられない。
大雑把に宿を丸ごと襲うのではなく、的確にイルが泊まる一人部屋を襲撃してきたことからも、その正確性は確認できる。
一体敵の正体はなんなのか。八方塞がりとなっていたその時、エルフィが一つの助け舟を出した。
「――もしかして、村人経由なんじゃないのか」
予想の外から出た一言に、視線が一気に集まる。
「すると、村人がそいつらとグルだってのか?」
「そうじゃない。ラント、お前が怪物に襲われたときはどんな感じだったんだ?」
「俺が襲われた時……農家のオッサンに聞き込みをしようとしたら、後ろから引き止めた奴がいたんだ。オッサンが構わず今しかないって話そうとしたら、いきなり身体が無茶苦茶に変化して襲ってきた」
「…………?? 大我、君の時はどうだった?」
「カップルの男の方が話そうとして、そしたら彼女の方が変化して……」
その不可思議さに、バーンズが頭を捻る。
「それはおかしいぞ。村人はほぼ全員例外なく怯えてる。大我の方は話したらその彼女が、ラントの方は話そうとした者が怪物となった。こんな風になると予めわかっているなら、そもそも話すという結論にすら至れない。双方の死も同然だ。変化する人物がわかっているなら、近づこうとすら思わなくなる」
「そういうことだ。つまり……元凶は村人に無作為に何かの種を仕込んだんだ。それは『誰かに話そうとする』という条件で発芽する。そしてそれは誰か持っているかわからない。そういう未曾有の恐怖で押さえつけていたんだ」
ようやく足がかりとなる結論を導き出すことができた五人。
エルフィの思考力とバーンズの推論、イルの対処、大我とラントの出会いがもたらした答えと言える。
「チッ……なんつー大掛かりで厄介なことやりやがんだ。村人の誰もがいつ爆発するかもわからん爆弾を抱えてるってことだろう? しかもそれを誰か持ってるかは仕掛けたやつにしかわからない。敵も味方も判別できないのが一番厄介だ」
「元凶さえ把握できればいいんですが……」
襲い来る敵全てを対処しては本末転倒。だが手がかりを探そうとすれば必ずその問題がつきまとう。
無辜の人々を盾に使うその人道に反した効果的な戦法に頭を悩ませていたその時、一人の少年が五人のもとへと近づいてきた。
「あなた達、この村をなんとかしてくれるんですか」
唐突に話しかけてきた少年は、少々薄汚れた服装を身に纏ったごく普通の人物だった。
だがその瞳には強く燃える意思のようなものが感じ取れる。
「……君は?」
「僕はこの異変の元凶を知ってる。それをあんた達に教えたいんだ」
大我達の表情が一変する。
思わぬところから舞い込んできた、正否はどうあれ貴重な情報源。それが罠ということも考えうるし、むしろその確率の方が高い。
だが、今の状況で耳を傾けないわけにはいかないし、たとえそうでも一歩近づける可能性はある。
大我達はその少年に近づこうとしたその時、宿の方向からメアリーが慌てた声で走ってきた。
「み、みなさーん! 大丈夫ですか!? 先程変な物音がしたので部屋を覗いたら、なんだか変な化物が…………」
どうやらイルの部屋にあった残骸を目撃し、宿泊者の状態が心配になり外まで走り出してきたらしい。
彼女の健気と優しさが垣間見える姿。だんだん距離を縮めていったその時、宿の方向から豪快な崩壊音が発生した。
メアリー含めた全員の視線が音の方向へと釘付けになる。
殻を突き破るように宿の中から現れたのは、人の皮を被っていないような、全身の機械部分を剥き出しにした人型の怪物だった。
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