第120話 二つの進路 後

「よっ、今日も来てやったぜ」


 受注したクエスト帰りのついでに森の中から収穫したばかりの様々な果物を持参し、お見舞いに来たアリシア。

 一部、やや食べられるのかどうか少し怪しい色をしているものもあるが、一応は食べられるものらしい。


「いつもありがとう。お世話になってるよ」


「早く治せよな。ちょっと前にようやく動けるくらいになったって聞いたけど、本当に大丈夫なのかそれ?」


「支えが無いとかなりきついけど、何もできないよりはマシかなーって程度だな」 


 アリシアはぐるぐる巻きの四肢に軽く触れてみたいとほんの少しだけ思ったが、それは危ないなとすぐに自制して手を動かさずに止めた。

 

「そういや、ラントはどうしてる? この間とっとと戻ってこいとだけいってきて帰ったんだけど」


「…………ああまあ……うん。あいつはそういうこと言うよな」


 何か心当たりがあるような雰囲気で、一人でうんうんと納得し、視線を斜めに向ける。


「あいつ、この前アレクシスさんのとこに弟子入りしにいったんだよ」


「あのすごいガタイの良いドワーフの人だったっけ。エヴァンさんの友達とかライバルっていう」


「そうそう。あいつ、結構やってやるって顔してたわ」



* * *



「そうだ、一発一発全力で打ってみろ! 眼の前にモンスターがいると思って俺の手に叩き込んでこい!」


「はいっ! はっ! らぁっ!」


 無数の倒木と、拳を叩き込まれた痕の残る大木がそびえるシルミアの森のある空間。

 ラントが自身の修行場としている、土木と苔や落ち葉、無数の植物の緑満ちる場所にて、アレクシスが右手をパンチミットのように差し出し、ラントが放つ右左のストレートを受け止めながら教授した。

 森で自己修行中、もっと強くなるために、憧れに近づくために、幻視する後光が激しく畏れ多くて近づけないという感情を押し込めて弟子入りを志願しようと決心したラント。

 しかしそれからしばらくの間、どうしてもやきもきしてしまい最後の一歩を踏み込めずにいた。

 そしてようやく勇気を出し、アレクシスの元へと赴き、内心のほんの僅かに揺らめく弱気を押し込める緊張の面持ちで志願すると、ほんの少しだけ唸り考えた後であっさりと承諾。

 戦闘に関する弟子は受け持ったことはないからちょうどいい機会だったんだと口にしつつ、アレクシスはお前さんが慣れ親しんだ場所で鍛えてやろうといい、ラントもそれに応じて秘密の場所を紹介した。

 それから状況は今に至る。


「よし、ちょっとだけ休憩とするか」


「えっ、まだ始まったばかりじゃ……」


「いや、少し聞いておきたいことがあるんでな」


 一体何なのだろうと、ノリ始めた気分と身体にブレーキをかけて、切り株を椅子代わりにして対面した。

 アレクシスは肘を膝の上に乗せて前のめりに近寄り、ラントに一つ問うた。


「なあラント、お前さん、どういう戦い方がしたいんだ?」


「戦い方? そりゃもう、俺の拳と脚、そして土魔法を駆使した重い一撃の豪快なやり方ですよ!」


「なるほど……ラント、それが自分には向いてないって薄々気づいてるな? どっちかというと、得意なのはトリッキーな戦法の方だ」


 絶句した。

 それは自分の理想から離れたことを口にされたからではない。それをほんの短い間で見抜かれていたからである。


「――――ええ、そうなんです。どでかい一発を叩き込むのがやりたくても、いざ戦い出すとそっちの方が動きやすいし、思いつきで動いたときにはそっちの方面のアイデアが出やすい」


「そっちの方を目指さず、一発に賭けたいってのはどういう理由なんだ。もっといやあ、土魔法も向いてる方じゃねえだろう」


「それが俺の憧れだからです。一回で相手を沈められるような、芯の強い打撃と魔法。その理想とカッコ良さが備わった土魔法。その戦い方が、俺がずっと昔から惚れ込んだものなんです」


 根本の部分と向き不向きまで見破られたことに驚愕の二文字を形にしたようなリアクションを一瞬取りつつも、それでもと粛々と話し続けるラント。

 それを黙って聞き入れるアレクシス。

 一体何を言われるのだろうか。正直な所怖くて仕方ない。もし最も理想や目標に近い目の前の方にやめた方がいいと言われたならば、その場で折れてしまうかもしれない。

 そう考えながら、なんとか覚悟を決めようとやきもきしていたその時、アレクシスら肩をポンッと優しく叩いた。


「いいじゃねえかその心意気。たとえ己の反対側に位置する到達点だとしても、諦めずにそれを追い求める信念。そういうの、俺は大好きだぜ」


 救いの一言だった。

 天の上の人にそんな言葉をかけられたならば、感無量としか言いようがない。ラントは黙り込み、下を向いて肩を震わせた。


「実際、お前さんは相当鍛錬を積んだんだなってのはよくわかるさ。さっきの正拳も、エヴァンの野郎とは比べ物にならない威力だった。魔法に関しても、他の部下や弟子から聞いてるぞ。あいつの土魔法はたいしたもんだってな。周りの倒木にある拳の痕も、そういう努力の結晶なんだろ」


「ありがとう……ございます……!」


 ずっとただ一人で研磨し、アリシア達と一緒に戦う中でそれを実践に投入し実力を試す。

 長い間、自分の実力はどれ程のものなのかとハッキリできずにヤキモキした日が何度かあったが、それを認めてくれる日が来るとは思っていなかった。

 本来向いていない方向性と、搦め手寄りのアイデアばかり浮かぶ本能。それをまとめて理解してくれたことが、ラントは嬉しくて仕方なかった。


「だが、お前さんはもっと伸びる。今よりもまだまだ先へ行ける。そう思ったから師匠になってほしいって頼みを受けたんだ。そんな奴を育てるのも面白いと思ってな。なあラント、お前さんは何の為に強くなりたいんだ?」


「……俺がもっと強くなりたいと思ったのは、エヴァンさんやアレクシスさん達がバレン・スフィアから帰ってきた後、なれるかどうかはわからないけど代わりになれないかって思ったからです。もっと強くなって、街を守りたいと思ったから……前まではそれだけでした」


「前までは?」


「最近少しずつ思い始めたのは、大我の野郎にだけは絶対に負けたくないっていうのもあります。どこから来たのかわからないぽっと出の奴に精霊を神様から授けられて……なんだか、俺の中でなんと言えばいいのかわからない、敗北感か何かのような、そういう気持ちに襲われたんです。それでカッとなって挑んだけど、途中からいい勝負になり始めた。それからあいつには勝ちたいって気持ちが強くなって……」


「なるほどな。俺とよく似てら」


「えっ?」


「俺にも理由が二つある。一つはあの街を守りたいから。あんな最高に居心地の良い街を汚されたくねえからな」


 ラントはすぐさま気持ちを切り替え、アレクシスの思い出話に耳を傾ける。


「騎士団の奴らは本当に頼りになるし、信頼もしてる。だが、この世界は何が起こるのかわかんねえ。どこかで自分がやらなきゃならない時がいつか来る。実際、ボアヘスとかいう奴が来やがったときは、間違いなく騎士団だけじゃどうにもならなかったからな」


 言い返す言葉もない。ラントの意識は全てアレクシスに向けられる。


「そんでもう一つ……どっちかといえばこっちが本命だな。どうしても負けたくねえって思った奴がいるんだ」


「それって、エヴァンさんです?」


「そうだ。俺は負けず嫌いだからな。あいつと仲は良くても、負け越したままにはなりたくねえ。ま、未だ勝ち越しはしてねえが、絶対に追い越してやるさ」


 いまだ燃え上がる野心と勝負心が曝け出したアレクシス。

 そんな憧れの人の本音を初めて聞いたラントは、密かにシンパシーを感じていた。


「そんな昔の俺と重なってな、放っておきたくはなかったんだ。世話したくなっちまう。さっきは言わなかったが、これも引き受けた理由の一つだ」


「……そうだったんですか」


「よし! そろそろ雑談は終わりだ。次は俺の土魔法を捌き切るんだ。土壁は拳でぶち壊しな」


 時間にしてみればほんの少し、十分も経っていないような僅かな時間もしれないが、それよりもっと長い時を体感したような休憩。

 憧れの人と心情を共有できたような、一歩足を踏み込めたように思えたラントは、明るく高まった心持ちを抱いて、師匠の下で新たなる修行に励んだ。

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