第99話
「斬っても焼いても湧いてきやがる! 食べ放題にも程があんだろうよ!」
「流石に疲れましたか、副隊長」
「当たり前だろうが! 食い続けて腹一杯にならねえ奴がいるか!」
倒しても倒しても数が減らす、一方的な消耗戦について持ち込まれれば到底持たないだろうという戦況。
バーンズ率いる第二部隊も長時間非常に頑張り戦い続けていたが、一体一体の撃退のペースも減り始め、スタミナ切れの様相を呈していた。
その筆頭であるバーンズとイルは、多少の疲れこそ負っているが未だ戦える。しかし部下を率いる以上、自分達だけで動き続けるわけにはいかない。
炎纏う大剣を豪快に振り回しながら考え続けていたバーンズは、イルの顔を見て一つの結論に達した。
「イル、一回あいつらを連れて下がれ。さすがにこれ以上は限界だろ」
「……そうですね。では、私は一旦下がります。戻ってくるまでに死なないでくださいね」
「阿呆か、俺は死なねえよ」
「そうですね」
フッとそんな当たり前の事を聞くなと言うような息を拭き、肩を揺らすバーンズ。
愚問だったと口を閉じ、イルは隊長に背を向けて、疲弊した部隊の元へとやってきた。
「バーンズ隊長の命令です。一旦ここから離れて避難し、身体を休めてください」
「そんな、俺達はまだ戦え……」
報告を聞いた部下達は、まだ戦いたい、今ここで引くような真似は出来ないと、疲労の溜まった身体を押して反論しようとした。
しかしその直後に、イルは地響きを鳴らすように力強く右足で地面を踏み抜き、全員の反論を圧殺した。
「つべこべ言わず、私に着いてきなさい。隊長命令です」
「は、はい……」
「……それに、この一向に数が減らない状況で続けても、死体の数が増えるだけですよ。撤退も一つの戦いです」
部下をたしなめる話の途中に飛びかかってきた、犬と芋虫が混ざったキメラの頭部をレイピアで刺し貫き、地面に叩きつけて平然と踏み抜く。
その声と表情は未だ平静。優しさのこめられた声とは裏腹の残虐行為に、ずっと二人についてきた隊員達はやっぱりこの人には逆らえないなと、立ち上がり撤退の意思を示した。
「怪我人はまだ動ける者同士で守って、あとは私が護衛します。さあ、こっちについてきて!」
部下の撤退を確認したバーンズは、離れた位置で未だ一人で奮闘を続けるリリィ団長の姿を見て、賞賛の溜息をついた。
「ったく、うちの団長はどこまで体力あるんだか。人間とは思えねえな。ま、俺もんなこと言ってる暇があったら」
思わず身体を傾けて一度肩で息をしたくなるような蓄積した疲労がどっと押し寄せる。
それを抑えつけるようにやる気を奥底から引き出し、バーンズは大剣に赤く輝かせ、僅かな隙に囲ったモンスター達に啖呵を切るように刃を向けた。
「俺も戦えって話なんだがな!」
* * *
肉槍から生まれた人型のモンスター達を殲滅しながら、ラントの長時詠唱を邪魔されないようにと立ち回るエヴァン、エミル、アリシア。
B.O.A.H.E.S.の活動が活発になり始め、三人へと向かう攻撃がさらに増えていく。
液状に近い肉塊を飛ばし、目標も無くただ暴れるようにその力を振り回してまた鎮まる。
その情緒不安定さが攻撃のタイミングを大きくずらし、予測もつかず対応が後手に回る。
一回一回が対処に困るそれが、頻度が増えるとなればどうしようもなくなってしまう。
実質的な縛りを加えられたラントと三人だけでは手に余る状況。正解へと至るための思考がぐるぐると回る。
「どうするこの状況……このまま対応に回り続けても押し切られてしまう。僕も長時詠唱を……いや、駄目だ。時間も余裕もなさ過ぎる!」
街への影響も度外視で、いっそのこと一帯を全て吹き飛ばしてしまう程の爆烈魔法を叩き込んでしまうのも手だと考えたエヴァン。
だがそれは確実ではなく、その一撃によって確かに消滅にまで至ったことを確認しなければならない。
規模が大きくなればなる程その確認は難しく、何より相手は実質的な不老不死。一部でも残っていれば復活し、さらなる被害を拡大させる。
今の戦況では凍結も雀の涙。あまりにも熾烈なB.O.A.H.E.S.側の攻勢に対処するだけでも手一杯。
焦燥の中で判断が鈍り、正解にたどり着けないもどかしさ。終点に至るまでの材料があまりにも足りず、とにかく今できることを進めることしかできなかった。
「おいラント! まだ終わんねえのか!?」
「もう少し待て! 俺の力じゃまだ足りねえんだよ!」
矢と炎を放ちながらアリシアの問いに大声で答えるラント。
自分の力量が分かっているが故の見当、今の時点ではまだB.O.A.H.E.S.を足止めし閉じ込めるに至らない。
急がなければと思っても、焦ったところで力が一気に引き出されるわけではない。歯を食いしばり、自身の未熟さを噛み締めながら、ひたすらにモンスター達の攻撃を避けながら詠唱を進めた。
「まずい……また何か来るぞ!」
徐々に消耗し、削れていく皆の戦力。
さらに追い打ちをかけるように、B.O.A.H.E.S.が禍々しい亡者のような鳴き声を叫ぶ。
何度も聞いた行動の合図。異常なまでの耐久性故に、何かが来るとわかっていてもそれを完全に潰すことはできず、いくら傷つけても再生されてしまう。
四人は出来うる限りの迎撃の準備を整える。
しかしその次に放たれた攻撃は、四人の想像を越える規模だった。
「冗談だろおい……」
「みんな、僕の周りに集まって!! 早く!!」
「私は間に合わない! 二人は今すぐ行くんだ! 私一人でもどうにかなる!」
B.O.A.H.E.S.の全身から、上空へ向けてマシンガンのように無数の肉塊が放たれる。
それらは空中で減速し、ウニやハリネズミ、蜂、コブラの牙、生物の鋭利な部位へと形状を変化させ、自然落下によって地表へと降り注ぐ。
まるで死が降り注いているかのような光景。エヴァン達が戦っている場所に留まらず、南門からさらに向こう側まで降り注ぎ、建物の屋根や窓、露天の商品、日常を象徴するいくつもの財を無残に破壊し尽くしていった。
「ぐうう……! 一発一発が重い……!」
ナイフを十字に重ねて巨大な盾へと変化させつつ、アレクシスから教えてもらった土魔法によってドームを作り、二重の防御を備えたエヴァン。
一撃一撃が当たる度にエヴァンの身体は沈み揺れ動き、その姿に隠れたアリシアとラントは不安が少しずつ募っていく。
その外では、エミルが身に刻まれた剣術によってひたすら弾き、避け、斬り払った。
自らが生み出したキメラや雑兵、自身の身体さえも肉雨は貫き、さらなる屍を築いていくB.O.A.H.E.S.。
ようやく肉の雨が止み、掲げた盾とドームを崩したエヴァンは、息を切らしながら二本のナイフを両手に握った。
「はぁ……はぁ……さすがに……これはきついね……」
「お兄ちゃん!」
「だ、大丈夫だよアリシア……まだまだいける……」
災害一つを殆ど身一つで相手にしている分、その負担は尋常ではない。
初めて膝をついたエヴァンは、心配の堤防が崩れかけたアリシアに背中を支えられる。
「ぐっ……げほっ……これは、不味いかもしれない……」
状況判断から一人外に残り、降り注ぐ肉を防ぎ続けたエミル。
鎧はヘコみ、抉れ、周囲一帯がすすけた状態で地面に刃を付き立てる姿から、どれだけの奮闘が行われていたのか想像に難くない。
「どうすりゃいい……俺は、この状況でどうすれば……考えろ……どうすりゃなんとかなる!」
そして、間もなく詠唱が完了するが、その僅かが今、あまりにも遠く感じるラントは、ただ一人まともに動ける中で一体どうすればいいのかと、脳内で思考をこねくり回す。
今の状態で放てば今すぐにでも足止めをして時間稼ぎをすることができるだろう。
だが、もう一度長時詠唱するチャンスがはたして訪れるのか。この一度を逃して、さらには戦力が次々と削られている現状でそのような余裕があるのか。
だが、このまま守り続けられても仲間や憧れの人が倒れてしまうことも否定できない。
決断が下せないまま、思考は悪循環へと陥る絶望的な状況。
その時、さらに状況が悪化する事態が発生した。
「死んだ人々を身に着けて……!」
降り注いたそれは武器ではなくこれまでと同じB.O.A.H.E.S.の一部。
変化を解き、再び肉へと戻った先にそれらが始めた行動は、スライムのように互いを繋げて体積を増やし、散らばる人々の残骸を絡め取ることだった。
潰れた女騎士の頭、武器を持ったまま吹き飛んだ手甲付きの腕。歪な人の形を作りながら無機物を身に着けて、それを武装とする。
まるで学習しているような、本体から分離する程に人へと近づいているような姿。
さらに敵の兵が増え始めるという希望の光すら見えない状況に、ラントが至った思考は一つだけだった。
「アリシア! エヴァンさんを連れて一回下がるんだ! このままじゃ俺らも危ない!」
「くっ……わかった!」
撤退。
最も頼れる主戦力が大ダメージを負い、いつ最悪の展開が訪れてもおかしくない現状。
ならば今、崩れた戦況で無理に戦い続けることは間違いなく下策。
騎士団団長ともうひとりの姿を確認するが、なぜか見当たらない。
これでは覆しようがないと、ラントはエミルの肩を担ぎ、その場から走り逃げる判断を下した。
「大丈夫だ……私は一人で……」
「そんなボロボロで無理言ってんじゃねえよ!!」
怒鳴るようにエミルの言葉を遮り、なんとかひとまずの安全圏まで退避しようと足を踏み出すラント。
しかしその時、目の前に一体の人型の肉塊が現れた。
振り上げられた右腕を象ったような一部の先端には、片刃斧が吸着するように身につけられている。
「…………!!?」
万事休す。既に目の前の敵は攻撃の初動に入らんとしている。
両腕塞がった状態で出来ることといえば突進しかない。だが、一人を抱えた慣れない感覚のまま行おうとしても間違いなく間に合わない。
ラントは歯を食いしばり、目を閉じた。
「どぅおりゃあああああああ!!!」
その時、上空から渋く低い男の叫び声が、徐々に大きくなりながら聞こえてきた。
その直後、大地に響くような着地音がラントの目の前に起こり、人型の肉体は瞬間的に潰れ飛び散った。
一体何が起こったのか戸惑いを隠せないラントは、ゆっくりと閉じた目を開く。
「思ったよりも無茶苦茶じゃねえか……お前さんら、よく頑張ったな」
二人の前に降り立った一人の男。絶対に忘れることはない声、姿。心に刻んだ憧れの立ち姿。
「おい、調子悪いんじゃあねえのかエヴァン? もうちょっとなんとかなったろうよ」
「色々あったからね。けど、正直来るとは思わなかったよ……まだかかるものだと」
豪快を体現したような筋骨隆々のドワーフ。あの時の傷ついた姿よりも強く帯びているように見えるオーラ。
それは間違いなく、ラントにとって、ここにいる者に取って太陽のような希望の光だった。
「俺のタフさを知ってるだろうお前さんは。んじゃ、身体も鈍って気持ち悪くてしょうがない。久々に存分に暴れるとするか! このアレクシス=ヴィーデンがな!!」
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