第84話

「んじゃ、あたしらはそろそろ出るわ。病人に余計な気遣いさせたくないしな」


「えっ、俺まだ聞き足りな……」


「後でいいだろ! また落ち着いたときに話をすりゃいいんだ。それに、今はそんな余裕ないし」


「…………わーかったよ、しょうがねえな」


 まるでいい話のようなムードに飲み込まれ、アリシアに連れられ帰ろうとした直前に自分が聞きたかった質問がまだまだあることに、消化不良っぷりを露わにするラント。

 アリシアがやや意味深な事情を口にすると、ラントは不満げに渋々了承し、諦めて共に部屋を出ることにした。


「んじゃあね大我。次に来るときは、少しはよくなってるといいな」


 最後のいたわりの一言をかけ、アリシアは先に大我の部屋から去っていった。

 それに続けてラントも出ようとしたその直前、ドアの外で右足を止め、一度ぐるっと振り返る。


「大我、最後に一つだけ聞いてもいいか」


「あ、ああ。大丈夫だけど」


 聞きたいことがまだまだ山程あるラントが、せめて一つだけでもと足を止める。

 大人しく帰るとは思っていなかった大我は、ちょっとだけ期待通りの展開になったことに面白く感じつつも、首を上げて耳を傾けた。


「バレン・スフィアの中に誰か、存在そのものがおかしい奴はいなかったか。この世界にいることがおかしい奴が」


 これまでよりも真に迫った問いに、大我は息を呑んだ。

 それに合致するであろう存在は、限界を超えていたその時の記憶であったために朧気ではあるが、一人だけ心当たりがある。


「…………ああ、一人いた。多分。あまり覚えてないけど、一人いた」


「そうか、ありがとう」


「ほらラント! とっとと行くぞ!」


「わかってるっつーの!」


 去り際にラントは、どうしても聞きたかったことの一つ、その疑問が解けたというような気持ちが晴れた表情を見せ、アリシアの呼びかけに応えてそのまま去っていった。

 再び静寂に包まれる室内。しかしその空気は、二人がやってくる前よりも若干解れていた。


「なあエルフィ、お前ものすごい頑張ってたんだな」


「お前の方がもっと頑張ってただろ。俺がどうこう言える権利はねえよ」


 ようやく言葉をかわすことができた二人。気まずかった空気はほとんど浄化され、あとはいつものように何気なく話すだけ。


「……なあ大我、あまり俺が言うことでもないかもしれないけど、本当にすまなかった」


「なんのことだ?」


「ティアとの話の時に言ってただろ、アリア様のこと。そりゃそうとしか言えないけど、アリア様のしたことは、やっぱり許されないことなんだろうなって」


「ああ、そのことか」


 その時代に生きていた者のリアルの声、その憤りの声を聞いたとなれば、受け止めないわけにはいかない。

 それがずっと気掛かりであり、人類を滅ぼした原因から生まれた自分が何を言おうとしても神経を逆撫でしてしまうのではないかと踏みとどまってしまい、今まで通りに話せずにいた。


「……確かに、俺がもうあのことを気にしてないなんて言ったら間違いなく嘘になるし、今でもぶっ飛ばしたいって思う。けど、それと命を救ってくれた恩は別だ。あの女神がいなかったら今頃俺は土の肥やしになってたし、あんな仲間ができることもなかった」


「大我……」


「それに、そういうことにエルフィはあんま関係ないだろ。俺を殺そうともしてないし、ずっと助けてくれたしで、お前がいなかったらってことも何度もあったからな」


「……なんか、悪いな。そこまで言ってくれてさ」


 その包むような優しさに胸を打ち、思わず涙が出そうになったエルフィ。

 自分が少し考えすぎていたような、重く考えすぎていたような。ともかく、大我に対して自責の念が強すぎたのかもしれない。

 エルフィはふよふよと大我の元へと飛んでいき、ふかふかな枕の隣へと座り込んだ。


「んじゃ、もっとお前のこと助けないとな。もっと助けて助けて、数え切れないくらい恩を売ってやるよ」


「なら俺も、それに負けないくらいに返してやる。むしろこっちが売るくらいにな」


「そっちはもう俺らが出来ないような大偉業を成してんだから、大人しく貰っとけよ」


「そっちだって、死にかけたところを助けてもらったんだから同じようなもんだろ」


「……ったくよー」


「はは、ようやく調子が戻ってきたな」


 ボロボロな状態だとしても、その意思は変わらず通じ合っている。作られかけていた壁は崩れ、二人の間は再び繋がることとなった。

 自分の世界を知る数少ない理解者であるエルフィとの仲。どうかどんなことが起きても長く続いてほしいと、二人は心の奥底で願っていた。


「ところで、今外で何が起きてるんだ?」


 ここで大我は、途中からどうにも気掛かりだった疑問を投げかける。

 二人がやってくる以前にも、窓から漏れてくる音から察せられる外の騒がしい音。明らかに日常の喧騒などではなく、それとは離れた険しさのようなものが感じられた。

 アリシアが会話の中で漏らしていた、今はそんな余裕がないという内容も気になる。エルフィなら何か知っているだろうと、大我はここで話題を切り出した。


「バレン・スフィアとはまた別の脅威が迫ってきてる。そしてそれは、おそらく真っ直ぐアルフヘイムへと向かってくる」


「おい、それってまさか」


 大我には一つ、そのような大規模な騒動に合致する存在を思い出していた。

 それは話の中だけに聞いていた造られた生命。本来は人類を殲滅する為に生まれた生体兵器。

 フロルドゥスを倒し、バレン・スフィアを消滅させた今、考えられていた仮説が立証されることとなった。


「ああそうだ。B.O.A.H.E.S.だ」

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