第83話
それからしばらく、大我とエルフィの二人だけの空間には長い沈黙が流れていた。
大我は疲れと気分から上を向いたまま一言も喋らず、エルフィはティアとの会話が非常に気まずく、自分から今何か話すのはとても憚られるなと肌で感じ、口を開かずじっとしていた。
静寂の包む一室では、壁の向こうの音がよく聞こえてくる。窓に頭すら向けられないために外の様子は一切わからないが、どうやら妙に騒がしいことは察することができる。
こんな空気で一体どうやって、何を話しかければいいのかわからないし、胸の中にあったモヤを一部とはいえ吐き出し、それをよく知っているものが聞いたとあれば、尚更なんと話せばいいのかわからない。
悩みに悩み続けていたその時、入口の扉が再び開く音が聞こえた。
「おおーほんとだ! ようやく目を覚ましたんだな!」
「やっとお目覚めか」
そこに入ってきたのは、明るく元気そうに調子を取り戻した様子のアリシアと、いつもとは変わらない様子のラントだった。
扉が閉まる直前、向こう側にはちらりとティアの姿が写り込んだ。
「あれ、どうしたんだ二人共」
「どーしたもこーしたもないでしょーよ! 倒れた友でがようやく起きたんだから見舞いに来た! ただそんだけ!」
「……俺は行くとは言ってなかっただろ」
「ラントだってそこそこ心配しながら話聞きたがってたでしょーが! バレン・スフィアの中がどうなってたのか、あんなのどうやって消滅させたんだって」
「そりゃそうだけどさ」
「んで、そんな時にティアが来て、嬉しそうに大我の復活を知らせてくれたよ。けど、ちょっとだけ影がある感じもあったけどさ」
ティアは部屋を出た後、大我の過去の話を噛み締めながら、頭の中では整理して自分には何ができるのだろうと考えていた。
あのような悲惨な過去を話すことになった胸中。黙って死地に向かったことが許せなかったとはいえ、そんな話を引き出すくらいに追い込んだことには負い目を感じずにはいられなかった。
せめて今の大我になにかしてあげられることはないか。そう考えたときに、ティアはその復活を喜んでくれる相手を呼んでこようと思い立った。
今出来ることは殆と無いし思いつきもしないが、せめて励ますことやその帰りももっと祝福してあげられないかと、ティアは今この世界で特に交流の深いであろう身近な人たち、その最たる人物であるアリシアとラントを連れてきたのだった。
「そうか……ありがとな二人とも」
「いいのお礼なんて。それよりさ、話はティアから聞いたから深くは言わないけどさ、今度こういうことがある時は、あたし達も誘ってくれよ」
「お前その時は寝込んでただろうよ」
「うっ、うっせーなラントー! 今度から!」
「まあ、俺も同じことを言おうと思ってた。俺はまだお前のことを気に入ったわけじゃない。けど、あんなとてつもない現象を、エヴァンさん達すらどうすることもできなかったバレン・スフィアを消してくれたお前を認めないわけにはいかない。…………ありがとう」
少しの敵対心とプライドが邪魔しているのか、しばしの沈黙を置いたあとでちょっと複雑そうな表情で小さくお礼をつぶやいたラント。
そんな姿を、アリシアはにやにやと面白いものを見たかのような表情で眺めていた。
「……それで、あの中は一体どうなってたんだ。どうやって倒したんだ、教えてくれよ」
「ラントあんたねぇ、ボロッボロの病人に今聞く?」
「ありがとうアリシア。けど、大丈夫だ。むしろ全然動けないんだし、話でもして気を紛らわしたかったんだ」
状況をあまり呼んでいないよう物言いを嗜めるアリシア。それをあまりに気にしていないと、大我は軽く笑いかけながら応対した。
「とりあえず、どんな奴がいたんだ? エヴァンさんは妙な女の声が聞こえたとか言ってたけど、そいつはいたのか?」
「いるにはいたな。けど、その前にとんでもない数の……」
大我とラントの二人は、一問一答のような形でバレン・スフィアでの出来事を覚えている限りで交わしあった。
「そういえば、エルフィはその外で何してたの?」
「…………あっ、俺のことか」
時折アリシアが質問に割り込み、隔絶されたエルフィの状況や戦いにも問いながら、四人は次々と話を進めていった。
エルフィからもたらされる話には、大我もしっかりと耳を傾けていた。
自分の戦いに精一杯で、バレン・スフィアの外側には意識すら向かず、そもそもその外側の状況を一切確かめることができていない。
それだけに、一体何があったのかという詳細はこの時が初耳だった。
「だいたいこんなところだな……どうした二人とも」
一通りの顛末を話し終えた後、二人の表情は固まっていた。次の言葉を抜き出そうにも何を言えばいいのかどうにもわからない。
そした、大我の何気ない呼びかけをきっかけに、二人はようやく感情を込めて素直な言葉をぶつけた。
「バッッッッッッカじゃないの!!?? むしろよくそれで生き残れたな!?」
「魔法も使えるエルフィもいないのにそこまで……つーかそれ以前に何考えてんだ」
話を聞けば聞くほど無謀という他ないその行動と戦いっぷり。
称賛こそするものの、それよりも前にあまりのぶっ飛びっぷりからの理解のできなさと当然の心配が先行した。
「いやまあ……こうするしかないなって」
「穢れがどうにもならなかったとしても、何かしら役に立てることはあるだろ! 現に、そんなボロボロの状態で歩いて帰ったんだろ!? いつ死んでもおかしくないじゃねえか!」
「あはは……反論はできない」
その怒りは至極真っ当であり、大我のことを心配しての言葉には間違いなかった。
偉業こそ成して入るが、それ以前にこれは自殺行為。これは一つちゃんと言っておかなくてはと、アリシアは溜息をついてぐっと顔を近づけた。
「……ったく、捨て身が過ぎるだろ。ともかく、頼むから次からはこういう時は協力させてくれよ。あたしの周りでまた誰かいなくなるなんて、死んでもゴメンだからな」
その言葉は、ずっとどこかに去ったままだった兄のエヴァンを待ち続けていたアリシアの言葉としてはずしりとくるものがあった。
一緒にいた期間は関係ない。共に過ごした誰かがいなくなるというだけでも、その残された者の心には傷ができる。
その意を伝えるように語気を強めて口にした後、アリシアは一度ラントの横に並ぶように下がり、打って変わって柔らかな表情を生み出した。
「けど、ありがとな。アレがあり続けるだけでも、みんな不安でしかなかったんだ。大我がいなかったら、あたし達はどうなってたか想像もつかない。お兄ちゃんの敵をとってくれて、本当にありがとう」
「俺も、ずっと歯痒くて仕方なかった。なんであんな忌まわしい物体があり続けてるんだって。こればっかりは、お礼を言うしかねえ」
一つ一つのお礼が、大我の疲れ果てた心に染み入っていく。
この言葉はおそらく、友人としてのものよりも、それまでずっとアルフヘイムで暮らしてきた住人としての、そしてこの世界の住人としての言葉なのかもしれない。
なんだか少し報われたような気がした。大我は少しだけそう思った。
「…………それと、次から絶対無茶するなよ。あたしらがそれなりにカバーしたげるからさ。もっとみんなを頼ってくれよ」
続けてアリシアの口から出た忠告。先程のものとは違い、おそらくは友としての心配と気遣いなのだろう。
大我はそれに対して、確証が無いからしないとも限らない。けど出来る限りそうするように努力するという意味を込めて小さく頷いた。
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