9章 死の生命
第85話
時は遡り、桐生大我の帰還から二日後。
かつてバレン・スフィアが存在していたその場所に奇妙な生物が在るという情報を耳にしたネフライト騎士団団長リリィは、その正体を確認するべく3名の調査団員を派遣した。
南門を抜け、オルデア山を登り、何事もなく透き通っているかのような静かな道程を進んでいく調査団。
しかしその状況に、先頭を行く軽装の男、レイが不審を懐き始める。
「…………妙だな。フォーク、何か思わないか?」
「静かすぎる……ということでしょうか?」
調査団全員が肌に感じていたこと。それは風や木々の声は聞こえども、動物や昆虫のような生物の動く音や鳴き声が全くと言っていいほど聞こえないことだった。
ある程度人が行き来しやすいようにと自然を保ちながら整えられた道が存在しているとはいえ、死に絶えたようになんの声も聞こえないというのは、些か不自然が過ぎるものであった。
「何か、今回の情報以外に害獣やキメラの情報は?」
「ありません。正確には、そのような討伐依頼や目撃情報こそこれまで通りに舞い込んできていますが、どれも山一つを沈黙させるような規模ではありません」
「そうか……ならばやはり」
「レイ、本当に存在しているのでしょうか? 巨大な肉塊のような生物というのは」
「それを今から確認するんだフーリエ。そんな昔話にしか出てこないような奇っ怪な生物、もし存在していたとなれば……未曾有の脅威になり得るかもしれんからな」
現状がいまいち掴めず謎が深まっていくような感覚に陥る、眼鏡をかけた、レイよりも少々小柄な白髪の人間男性のフォークと、動きやすい軽装と短髪を持つ人間女性のフーリエ。
三人はこれまで様々な場所に赴いたことはいるが、このようなタイプの特殊な状況は初めてである。
先導するレイは、とにかく山頂まで行ってみなければ話にならないと考え、周囲の状況をもしものためにメモに記しつつ、水分を含みながら息を切らして進んでいった。
「よし、これで頂上だ」
そして、三人は数日前に大我が一度登りきった場所と同じ山頂へとたどり着いた。
空へと少しだけ近づいた三人の視界は大きく広がっていく。
「――――!! な、なんだ……あれは……!!」
刹那、三人は天地が反転したかのような衝撃に襲われた。
オルデア山山頂から見えるその遠方、バレン・スフィアが存在していたその場所に、世にも悍ましき地獄を体現したような生物が座していた。
その姿は、まるで全身が筋肉で造られているかのように赤いあまりにも巨大な肉塊。肉質的な硬さに覆われているようにも見えるが、度々スライムの如く全身をとても柔軟に動かしては揺らし震わせている。
そのような赤黒い容姿だけかと思えば、全身の一部分が繰り返し何かの生物へと変化しては姿を戻し、また変化をしては戻しを繰り返している。
蝶の羽根が生えては肉塊となって引っ込み、今度は形を変えて樹の根へ。また別の部分では人間の女性の足が生えては肉塊となって引っ込み、今度はカラスの頭へ。
どこが頭なのか足なのか、もしくはそのような部位が存在していないのか。まるで法則性の無いぐちゃぐちゃな変幻を一分の間に全身で何度も何度も繰り返す。
その姿はまるで、邪悪なる神話生物が降臨したかのようだった。
肉塊のような怪物をしっかりと注視すると、時折身体を震わせては謎の金属の部品を吐き出している。
「嘘だろ……こんな、こんな化け物がこの世にあっていいんですか」
「す、すぐに団長に報告しないと……!」
あまりにも冒涜的なその外形に動揺を隠せないフォークとフーリエ。フォークはその場で腰を抜かし、フーリエは一歩一歩怯えるように後退りを始めた。
「まずい……今すぐ撤退したほうが良さそうだ」
精神的ダメージを多大に受けた二人の様子に、レイはその化け物の姿を焼き付けてから撤退しようと考えた。
その時、その巨大な肉塊がぶるりと身体を動かす。
どこにも目のよう物も見えず、正面がどこなのかもわからないが、あの怪物はおそらくこちらを向いている。レイはそれを直感的に感じ取った。
直後、その肉塊の全身に無数の眼が生まれ現れ始めた。
鷹の目、蝿の複眼、猫の目、人間の眼。何十個もの生物の眼が生え、レイ達の姿を凝視する。
刹那、レイは全身に直感的な死線の悪寒を感じ取った。
「伏せろ!! フーリエ!!」
「へっ?」
何が起こるかわからない。だが何かが来るのは間違いない。レイは叫びながら身体を屈めた。
未知の恐怖から足が竦み、レイの警告に間抜けな声を上げてしまうフーリエ。
その瞬間、遠くに座する肉塊から、まるで銃弾ののように身体のほんの一部が泥を投げるように放たれた。
その存在を認知することもなく、フーリエは頭部に被弾。首の根本から千切れ、頭部はごろごろと遠くへ吹き飛んでしまった。
一瞬の出来事。フーリエの身体はその直前のポーズのまま止まったような状態で、次第にふらふらと力が抜けていきながら、正面から力無くばたりと倒れた。
「クソっ! 急ぐぞフォーク! このままでは終わりだ!」
「け、けど……あ、足が動かな……」
恐怖に慄き、動けなくなってしまったその隙に、再び肉塊から身体の一部が放たれた。
その一撃は真っ直ぐと倒れたフォークへと飛んでいき、腹部を貫きながら胴体にへばりついた。
「うがああっ!! な、なんですかこれ!? やめろ! 僕から離れろ!! ああっ! あっ! ぎゃああああああああ!!!!」
貫通した激痛に怯みながらも、フォークはへばりついた肉塊をなんとか引き剥がそうと両手で奮闘した。
しかしその抵抗も虚しく、肉塊は両手にもこびりつき、指が一切の機能をしなくなる程に全てをへし折り捻じ曲げていった。
それからは一瞬。次々とフォークの内部を破壊し、苦しみもがく間にも腹部を中心にして淡々とその精神と身体を砕いていった。
「すまない二人とも……!」
自分まで犠牲になってしまっては、一片の情報すら持ち帰ることもできず全滅となる。それではアルフヘイムの危機への対策に大きな滞りが出来てしまう。
何よりこんなところで死にたくはない。レイは風魔法を仕込んだ魔法具である腕輪を使い、姿勢を低くしてその場から鳥のように全速力で逃げ去っていった。
「た……s……ケ…………」
その途中、大きく吹き飛ばされたフーリエの頭部が、肉塊に砕かれ涙を流しながら転がる姿を目撃する。電子頭脳は潰れ、金属の骨格は歪みつつある。
もし飛びかかってでも庇っていれば助かる可能性があったのだろうかと、しても仕方がない過去への後悔を嘆き、情報を持ち帰るためにレイはその肉塊から全力で逃げていった。
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