第72話

 複数の攻勢だからこそできる前後からの時間差攻撃。今自分の足は空中を離れている。

 急激な方向転換を行うことはできない。ならば乗り越えるしかないと、後方に座し待ち構える槍を掴んだ。


「んぐっ……! ぎっ……」


 携えた槍の鋭い刃の部分が、大我の肉に食い込み血を噴き出させる。高ぶる精神を切り崩して歯を食いしばって耐え、ワルキューレの人間離れした力を支えに、腕をバネに後方へと飛び上がった。

 その全身を直感と反射で駆使して窮地を切り抜けたかと思われた。しかしその攻勢が完全に終わることはない。上空のワルキューレが空中に投げ出された大我に照準を定め、無数の光弾を疎らに放った。

 その姿を目撃した大我は、瞬時に危険を脊髄から感じ、両腕を盾のように前に突き出し、身体を屈めて防御態勢を作った。


「がほっ! がぁっ」


 数発の弾が大我の身体に命中し、その衝撃に一回転二回転と地面に叩きつけられ、残骸の中へと転がり落ちる。

 それまではなんとか避け続け、爆風程度に収まっていたその射撃。一瞬の焼けるような熱さと鉄球をぶつけられたかのような重い衝撃。斬られた時のそれとは全く違う痛み。身体中に刺さる破片。

 小さな煙を焼けた一部分から上げながら、なんとか苦痛を紛らわそうと周囲を身体で払い除け、全身を揺らし転がりながらか細い声を上げる。


「いって……ぇ……ああ……げほっ……げほっ……」


 これまでに味わったことのない未体験の痛み。熱いのか痛いのか、その両方か。シェルターへと逃げている間に死んでいった人々はこんなきついものを受けていたのだろうかと過去の出来事と結びつけながら、大我はゆっくりと咳き込みながら立ち上がった。

 黒色の補充食のおかげもあるのか、まだまだ身体も動く。戦える気がする。追い打ちのごとく接近するワルキューレ達に睨むような覚悟の視線を向け、血の流れる拳を握り待ち受ける。

 

「……だ……まだいける……」


 一度吹き飛ばされ、息も苦しい中で冷めた思考。真っ直ぐと機械的に迫ってくる凶器にも怯えず、どのように攻撃を叩き込めるか、どう避ければ真っ直ぐ攻められるかを自分なりに考える。

 そんな水音の響くような頭の中で、大我はふと、自分は今なんの為に戦っているんだと唐突に浮かび、振り返るように自らに問い聞かせる。


「はぁ……ふぅ……俺は……」


 酸素が巡る。空気が体内を回る。鮮明なる自分の世界。

 元はと言えば、エヴァンさんに連れられて、そこで見た光景にいたたまれなくなったんだ。そう思ったのはどうしてだ。

 惨状だったことは間違いないが、思ったことはそれだけじゃない。アリアが言っていた。このバレン・スフィアは人間である俺にしかどうにもならない。機械ではない俺にしか。

 だが、そんな使命感に駆られるような物だったか。そんな理由じゃない。なんの為にここまで来たんだ。


「――そうだ、俺は」


 貫かれれば即座に死に至るであろう槍が迫るまでのほんの数刻、偶然とはいえ目覚めた瞬間から今までの思い出の引き出しを夢想する。

 その中で最も刺さったもの。それは自分が出会った初めての相手。身動ぎせず絶体絶命の状況を助けてくれたティアの顔だった。

 ティアにアリシア、最初は気に入らなかったし今でも少々のしこりはあるがいい奴だとわかるラント、交流こそまだ少ないが印象に残っているルシールに、落ち込んでいた時に一度励ましてくれたセレナ。

 日常の中で出会った沢山の人々。人間が殺された後に生まれたいくつもの種族を模した機械人達。造ったのは確かに自分達を殺し尽くしたアリアなのだろう。だが、今この世界に生きている人々にはそれは関係無い。

 あんなに優しくしてくれて、あんなに自分のことを助けてくれた人々のことを、何よりティアやみんながエヴァン達のような苦しみを味わうことにはなってほしくない。

 どうせ一度死に頭まで浸かりかけていた身。今更どうなろうが関係無いのかもしれない。だったら、救ってくれた皆への恩返しの為に奔走するのも悪くない。


「目の前のこんなことをただ黙っていられるかよ! だから俺はここまで来たんじゃねえか!!」


 気合と気力を持ち直す一声。その一つのキッカケが、削れていた大我の精神を再び一時的にでも持ち直させた。


「おおりやぁあ!!」


 四方向から迫りくるワルキューレ。最も速く迫ってくる一体に向けて走り出し、正面に構えた槍を飛び越える程のドロップキックを放った。

 防御や回避する隙間も無く、その一体の頭部は一撃で潰れ、そのまま機能を停止した。


「まだまだァ! 俺はいけるぞ!!」


 自分に言い聞かせるような鼓舞する声を叫び、次々にラリアットや回し蹴りと無数に強力なカウンターをぶつける。

 そして残された一体。ワルキューレは槍を片手に勢いよく刺突攻撃を放った。

 人間を有に超える腕力から放たれた一撃。しかし大我はそれを両手でがっちりと受け止めた。


「もう喰らうかよそんなの!」


 地面を抉りながら足でブレーキを行う大我。槍の先が光弾の発射体制へと移行し、先端に光が集う。

 だがここまで距離が近ければもう関係無い。大我は一気に姿勢を低くして、踏ん張った分の力を解放するように懐へ飛び込み、全力のパンチを腹部へ叩き込む。


「⬛⬛#39=ー⬛⬛」


 悲鳴を上げるワルキューレ。腹部の皮膜の奥はぐちゃぐちゃに潰れ、下半身が誤作動を起こす。

 制御機構に不具合が起きたか、手に持っていた槍をぽろっと手放し倒れてしまう。そしてその槍を大我が握り、無防備になった胸部へと一撃叩き込み貫いた。


「⬛20#@⬛⬛10=??02⬛!!」


 鉄面皮の表情だった顔、その眼が大きく見開かれ、金切り声のような音声が響く。

 びくんびくんと規則的な痙攣を起こし、バチバチとその傷口からショートを起こし、やがてその機能を停止した。

 周囲に散らばる、羽を生やした女性型ロボットの残骸。ここまでの戦果を表すには申し分ない光景だろう。

 空中に待機するワルキューレの数も残り僅か。全身を襲う痛みに喘ぐ大我は、思いっきり右足を踏み込み大きく息を吸った。


「ウオオオおおおあああああああ!!!」

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