第73話
加速する勢いを保つように、痛みを誤魔化すように上げる大地からの叫び。
大我は地面に落ちたワルキューレの槍を握り、空を飛ぶワルキューレ達に全力でぶん投げた。
「⬛⬛!?」
槍投げの経験はあるわけではない。木の枝のような棒状の物を多少放り投げた経験がえるだけだ。
だがその一度の投擲は、いくつもの偶然が重なったか完璧な槍投げ。ミサイルの如く放たれたそれは一体の顔面を貫き、びくんと一度大きく身体を震わせた後、石をぶつけられた鳥の如く頭から落下していった。
「来ないんなら、こっちからやってやるよ!」
ただの人間が飛ぶことは出来ない。羽根などついてもいない。だがこの手はそのハンデを乗り越えることができる。投石機にもなる。
足元には数え切れない程の弾丸が散らばっている。この短い間に何度も使ってきた戦法。既に手には馴染んでいる。
大我は剣、槍、金属の骨格。拾えるものは全て使い、野球の遠投の如く、湧き上がる気力をエンジンに全力で動き回りつつぶん投げた。
接近する邪魔者がいなくなった今なら、いくらでもこの攻撃に集中できる。
「\3=6;wptg」
「⬛8:$%#3dh@w⬛!!」
光弾を続けて放ちつつ、射撃の如く絶え間なく投げられる凶器や鈍器を避け続ける。
密度こそ複数体による爆撃程は無いものの、その速度と威力は眼を見張るものがある。
そして、いつまでも避け続けられることは敵わない。一体のワルキューレの額にカーススケルトンの頭蓋骨が命中し、表面の皮膚を破りながら電子頭脳に深刻なダメージが発生する。
挙動の狂った一体は、両目をバラバラに動かしながらあらぬ方向へと光弾を乱れ打ち、その内の二発が運悪く背を向けていた別のワルキューレの背面と下半身に命中。
黒翼が歪み燃えた一体は空中での制御を保つことができず、そのまま地面へと頭から落下し破砕した。
「⬛@#%_3#5@⬛!! ##_%*&‘@29!!」
そのような味方殺しを行う故障した個体を見逃しておくはずもなく、残り数体のワルキューレは一切の感情を向けることなく、壊れ狂った一体を障害となる破損機体と認識して串刺しにし、地面へと落下する前に残骸も残さないようにと爆散させた。
「げほっげほっ……うえっ……いまのうちに!」
全身を縛り上げるように襲う痛みと未だ口内に残る極度の醜悪な味に苛まれながら、大我はこのチャンスを逃すまいと、さらに投擲攻撃のペースを早めていった。
ワルキューレの数は既に数えるほどしかいない。そんな状況で不穏分子の排除を優先するというこれ以上ない好機。自身の体内から押し寄せるモノに一々足を止められるわけにもいかない。
出来るだけ重く大きいだろう物を選んでは投げ、選んでは投げ、確実に戦乙女達の装甲を削いでいく。
この一瞬で、飛び回り避けられていたときの何倍もの数を命中。腕を折り、足を折り、首を曲げては眼球を破損させる。
減らした数こそ直接攻撃にも及ばないが、その戦力を削るには充分な戦果を上げた。
「あとは……ぁ……4か」
ダメージの蓄積した状況が互いに伺えるこの状況。
大我には無数の火傷と血が溢れるほどの裂傷。それとは不釣り合いに間欠泉のように湧き上がる気力と体力。
到底生物が食するものではない黒粒のおかげか、気を失っても立っていられるような気がする。
一方のワルキューレは表情こそ変えないものの、身体中の皮膚が捲れ、内部機構を晒しながら、腕や足が折れながらもふらふらと空を舞う。
槍を握る手は震えているが、それは恐怖や身震いではなく誤作動やバランサーの不具合によるもの。
風魔法を付加された翼も、本体の機能が低下していることもあってか、飛行する高度も思いっきり飛び上がれば届きそうな程に低くなっている。
「一気に突っ込んで――とにかく片付けてやる」
疲れ果てた身体で流れを巡らせる。残り4体をどうするかの算段はついた。
今の俺ならできるはず。身震いなのか錯覚なのか、地面が揺れているような感覚も覚える。
ぐっと血の乾いた手を握り、まずは正面に落ちている槍に向かってダッシュした。
「しゃらああああぁぁぁぁ!!!!」
大我には槍どころか、武器をその手に扱ったことなど一度もない。せいぜい授業の一環で少しだけ触れた程度である。
それらしいものを振ったとすれば、木の棒や野球のバット程度の物だろう。
当然刺し穿つような技を行えるはずもない。だがそのような妙技を行う気は毛頭ない。
大我は自らを鼓舞する雄叫びを上げ、強化を施された脚力を活かし、大きく槍を振りかぶりながらジャンプした。
そして、一体のワルキューレへとその槍を脳天へ振り下ろし、電子頭脳を構成する部品や眼球が散らばる程の威力で叩き壊した。
残り3体。万全の状態ならば、この空中へと放り出した身体を見逃さず襲撃するのは間違いない。
だが現時点での損傷状態が響いたか、反応、飛行速度共に遅れを取り、再度の攻撃を許す着地寸前まで捌ききれない程の攻め手を加えることもできず、その形状を活かすこともできない数個の刺し傷を作る程度に終わってしまった。
「こっちに来い!」
地面に足を付き、再度チャンスを得た大我。
肩が歪んだワルキューレの持つを槍を、力づくで強奪。首へと横フックを叩き込み、90度捻じ曲げ破壊した。
残り2体。その片方は、もう間もなく足が地に付きそうな程に次第に高度が下がっていっている。これを逃す手はないと、奪った槍を木の枝のように縦に回転させながら放り投げ、それを囮に接近。足をガッシリと掴み、抵抗する余裕も与えないまま股関節を破砕する程に叩きつけた。
残る1体。比較的たった今壊された3体よりも万全な状態。太ももの皮膚が抉れているが、飛行機能に支障はない。
これまでの戦闘から、ただひたすら射撃し続けるだけなのは少々の危険が伴う。かといって接近戦は自殺行為。
学習した結果を演算し、持久戦へと可能な限り持ち込ませようという答えを弾き出したその時、ワルキューレの全身を、背後から巨人の手が掴み上げた。
「なっ……!」
「⬛⬛wtwgd⬛⬛!? @(64!!」
その介入によって、ようやく大我の意識がワルキューレ以外へと傾く。
時折感じていた揺れは、自分の身体からではない。この足音だったのかと驚きすくみ上がる。
何が起きたのか理解が追いつかないワルキューレ。その万力のような握力に逃げ出すことも叶わず、バキバキと破砕音を鳴らしながら金属の集合体が圧縮される。
電子音の悲鳴を叫ぶもそれは届かず、まだかろうじて稼働している状態のまま、ワルキューレは石を投げるように強引に放り投げられた。
「やばい! あれはやばい!」
直感と本能が告げる。これは逃げなければ危ない。
幸いにも、挙動自体はそこまで早いわけではないため、ある程度の逃げる猶予があった。
大我は攻撃へと向いていた意思を全力で回避に向け、一気に足の力を開放して走り出した。
自身の飛行によって生み出される最高速度よりも速く飛んでいくワルキューレ。その一発は地面を抉り、周囲に拡散弾の如く部品をばらまいた。
そのいくつかが大我に命中し、最後の1体は見るも無残な姿にて墜ちた。
「あんなの相手にできるかよ! それだったら」
規格外としか言いようの無い、ビルのようにそびえる巨人のスケール。こんなものどうすればいいのか。
今の自分には間違いなく手に終えない。幸いにも動作は鈍重で、しっかり見ていれば逃げ切れないこともない。
動く障害物と割り切り、大我は最後の一つ前の敵へとその視線を見定めた。
「あれを突破して、あの女に一発叩き込んでやる」
無数の軍勢はなんとか退けた。身体中に夥しい傷は出来ているが、それでもまだ動くことはできる。
後頭部に損傷の跡がある二体の巨人は、そもそもの体格差が違いすぎる上に肉弾戦では間違いなく話にならない。
ならば相手にするのはあと3体。それまでの数と能力で押し切るタイプではまずない、静かに佇む最後の敵。
どれだけ保つかわからない身体を奮い立たせ、大我は一気にその姿を確認できる位置まで距離を詰めた。
「――っ! これは……」
そこに立っていたのは、身体中に傷のついた『人』だった。
間違いなく正気は保っているようには見えないが、カーススケルトンのように金属の骨格を全て剥き出しにしているわけでもなければ、ワルキューレのように統一された武装や服装をしているわけでもない。
それぞれに個性がありながら、意思の宿らない瞳。継ぎ接ぎの後も見える痛々しい姿。これまでの敵とは違うその姿に、戦意を重ねてきた大我にも小さな動揺が生まれた。
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