第71話
「――んんっ! んん゛っ! んぐぅっ! すううーー……ん゛ん゛げっ! うぐぉえっ! う゛ぉえええええ!!!」
安息の時はわずかコンマ数秒程度。口内に一瞬にして拡がった汚物が極限まで腐ったような味と風味。
歯を食いしばり、その隙間から呼吸音がはっきりと漏れるほどに激しく息を取り入れる。
だが、その我慢の反射的挙動が気休めになるほどの生易しいものではない。舌や嗅覚以前に本能が拒絶する。
なんとか吐き出さないようにと口を動かしえずきながら、大我はその場に膝をついた。全身を震わせて唸り声を上げ、握り拳を作り何度も何度も地面を殴っては、その地獄のような不味さを誤魔化す。
突然苦しみだした様を見たワルキューレ達は、理解が追いつかず一瞬エラーを吐くも、好機だと即座に思考を切り替え、接近戦を挑んだ残りの三体が、三方向から一斉に突撃した。
栄養補給で蹲りながら動きを止めるという致命的な隙晒し。大我は今にも絶体絶命かと思われたその時、ゆらりと屈めていた身体を起き上がらせ、曲がった膝に強く力を入れる。
直後、後方から突撃するワルキューレに向かって正面からの真っ向勝負。大我は腕に槍を掠めながら渾身のラリアットを叩き込んだ。
「⬛⬛00⬛――――!」
断末魔の如き歪な無機質の悲鳴を叫び、一体のワルキューレの頭部は配線や骨格を千切りながら吹き飛ばされた。
あまりにも瞬間的な出来事。残り二体はその事態の認識が遅れ、一旦ブレーキをかけた。
だがその行為が致命的な判断ミスだった。攻撃と一体になった接近を止めたとなれば、それは僅かな隙を晒したも同然。
大我はそれを感覚的に察知し、刀の一閃のような回し蹴りで一体の腹部をぐちゃぐちゃにしながら吹きとばし、残りの一体が槍を構える前に引き千切った腕を木の枝を投げるように放った。
金属同士がぶつかる音を鳴らし、ワルキューレが仰け反る。その怯みを逃さず、大我は右ストレートを胸部へと叩き込み、一撃で後方まで吹き飛ばした、
「はぁ…………はぁ……う゛ぇっ…………」
最悪な風味の残り香がありながらも、なぜかそれまでの挙動よりもさらに荒々しさと鋭さが増したような動きを見せた大我。
栄養補給だけでなく、何か危ない薬物でも入っているのではないかと勘繰りたくなるが、それよりも前に、大我にはどうしても叫びたいことがあった。
「まっっずい……不味すぎるんだよおおおぉぉォォォォ!!!!!」
実際に味わった者の心からの叫びだった。アリアが云った例え話はほぼ的を射ていたが、形容し難い冒涜的な不快感も湧き上がる。
しかしその実、良薬口に苦しと言ったものか、一瞬にして栄養を求めた肉体は満足したように、四肢や胴体にも再び血が巡ってくるような感覚を覚えた。
全快に近いエネルギーの保持状態。味覚が腐りそうな代物ながらも効果は絶大。
地面に散らばるワルキューレの残骸は見ることもせず、大我はやり場のない食い物の怒りを抑えて、再び空を見上げた。
仲間が破壊されたことにこれっぽっいの興味も抱いていない様子の黒翼の槍兵達。接近戦の役目を負うものが消えたことを認識し、未だ複数残っている者の中からさらに五体が、新たに近接戦闘を挑んできた。
「来゛いよ! ムカムカしてしょうがねえ! けどすっげえ力も湧いてくる! わけわかんねえ!」
あんまりにも醜悪な味が口内に、喉奥に残り続け、行き場の無い絶大な不快感とそこから派生する怒りを拳に込める。
それと同時に、やけくそのような言い方で放言した気力の上昇。こちらもれっきとした事実ではあった。
最初に食べていたグミとは比べ物にならない程の効能。この黒い粒の前では、あのグミは100円の栄養ドリンク程度のものだろう。
今ならばどれだけ突っ込まれようとも行ける気がする。やや慢心が混じりながらも、大我は射撃降り注ぐ中を回避しながら、降りてくるワルキューレ達を待ち受けた。
「おおりゃあ!! 数撃ちゃ当たるァ!!」
しかし、熱泉の如く気力が湧き上がったとしても、このリーチや数の利が変わるわけではない。何か対処法が必要。
大我は今できることはこれしかないと、弓持ちのカーススケルトン達にも行った残骸の投擲を使うことにした。
幸いにも、その足元や周囲、後方には武器となるパーツが山のように落ちている。
これを使わない手は無いと、手から足から頭部から、手あたり次第に掴み、チャージされた分の力を開放するように、ひたすら投げて投げて投げまくった。
直撃するまでの距離、ワルキューレ達も大人しく当たるわけではない。避けては叩き落としては、金属同士がぶつかり合う音を響かせる。
接近する一体に鋼鉄の骸骨が頭部に命中し、表面の皮膚を破りつつ首が折れ右眼がへこみ潰れる。
そのような大きなダメージに対しても痛がるようなリアクションを取ることは無く、しかし視界情報の取得源が失われたことによって、電子頭脳内での補正を行いながら接近する、
「もうそんなんじゃ喰らわねえよ!!」
中枢へのダメージがあったのか、その翼の挙動や残された瞳の動きもおかしく、唇もがたがたと震えている。
その突進のコースをずらすような気配もない。捨て身の特攻なのではと咄嗟に肌に感じた大我は、大きく動いてその直線上から避けた。
首の折れたワルキューレはそのまま地面に激突。首を潰しつつ顔を地面に擦らせながら、そのまま機能を停止した。
「あぶねぇ! やっぱそうくるよな」
新たに投入された四体。今度はそれぞれに連携を取り、ネズミを追い詰めるがごとく槍を向けて狙いを定めた。
少々嫌な予感がする。複数の武器持ちへの真っ向勝負は危険極まりない。
その予感が的中したように、一体が大我への襲撃をかける。一突き一突きは早く鋭いが、見きれない程じゃない。
連撃の最後に放たれた強めの一撃。大我は難なく回避し後方へ下がるが、そこにはもう二体の槍が待ち受けていた。
「やべえっ……!」
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