第70話
生身の身体で孤軍奮闘を続ける人間の桐生大我。蠢く黒色の膜に覆われた空を背に、黒翼のワルキューレがそれを見下ろす。
顔、体型、装備品。何から何まで同一の容姿を持つ戦乙女。姿こそ個性的だが、個々としての個性は一切無いに等しい。
そのうちの五体が大我への接近戦を挑み、残る高空に待機する者たちは、槍から放たれる光弾を爆撃の如く撃ち落とした。
一部は大我へ向けて、また一部は行動範囲を狭めるように地面を抉り脅迫を迫る。その一発一発には、近接戦闘に臨むワルキューレ達の安否を気にするような余計な心は一切見られない。
その光弾に当たらないようにと、近接戦組は翼をはためかせ回避をしながら槍を振るうが、時折頬を掠め、太腿の皮膚を僅かに焼き、機能には影響のない程度の損傷が増えていく。
破壊されることへの恐怖が無いのか、ただの戦闘機構としての役目に従事しているのか。氷のように冷たい無表情は、何が起きても崩れることはなかった。
「無茶苦茶すぎんだろ! よってたかって俺一人に!」
それに対して大我は、胸に浴びた斬傷を気力で抑えながら、広いフィールドをフルに活かして動き回り、光弾によって発生する土煙を受ける程度のダメージで今のところは収まっていた。
足を動かす度、その動作を見切るたびに集中力が上がっていく。これまでも武器持ちとの交戦は重なっていたが、そのどれもがただ武器を持っていただけ、ただ意味もわからず振り回していただけ。使い方こそ但しけれどもそれをなぞっていただけ。
その扱いに長けていたと言えるのは、一度のぶつかり合いを交わしたエヴァンのみ。
だがこのワルキューレ達は、ただ振り回しているだけとは違う。突き、振るい、カウンターを貰わないようにと接近を許さず、五体でのヒットアンドアウェイを繰り返す。
その隙間に放たれる光弾。そんな応酬を一人でどうにかしろと言われれば多少の無茶をしなければならないだろう。
こんなちっぽけな人間一人にここまでやりやがるかと愚痴をこぼしながら、大我は迫ってくる一体の槍を、慣れ始めた眼でしっかりと捉え、小さな動作で避ける。
今ならば、今の傷に慣れた心構えならば出来そうと思っても試せなかったことができそうだと、大我が回避され再び手元へ引っ込められようとしていた槍の柄を握り、強引に叩き折った。
一瞬何が起こったのか理解できないと言うような挙動で、ワルキューレは一切変わらない無表情を大我へと向け、瞳の奥、レンズの先を大小させる。この状況を危険だと察知し、黒翼をはためかせ後方へと飛び去ろうとする。
だがこのチャンスを逃すわけにはいかない。大我は足元に転がるカーススケルトンの残骸、断面が具合良く鋭利に折れた金属の骨格を拾い握り、一直線にワルキューレの腹部へと突き刺した。
「⬛@‘70#wtd⬛⬛!! ⬛⬛037<@=⬛⬛@w⬛1!!」
人間の言語が崩れて発されたやうな音ではない。一切の判別がつかない電子音の悲鳴を上げ、それでも表情を変えないまま、口をぱくぱくと動かして全身をがくがくと震わせる。
動作が止まったこの時が勝機。大我は手に握った即席武器を引き抜き、今度は人間と同じような膨らみを持つ胸部へと突き刺した。
内部機構の破損からの機能不全に陥り、飛び立つこと叶わず地面へと墜ちるワルキューレ。最後の一撃として、人間であれば心臓部に当たる位置を思いっきり踏み抜いた。
「⬛⬛⬛%#93#⬛!! ⬛⬛――――――」
四肢を無様にばたつかせ、壊れたおもちゃのように叫ぶ。そして、数回の規則的な痙攣の後、微小な機械音すらも無くなり、一体のワルキューレはその機能を停止した。
「まずは一体……うわっ!」
新たな敵の撃退一体目。その余韻に浸る隙も与えず、上空に座するワルキューレ達は即座に光弾を狙い撃ちした。
バックステップで大きく距離を離し、着弾を免れる大我。その地点で倒れているワルキューレの残骸にことごとく命中し、内部の部品をばら撒きながら頭部、上半身、下半身とそれぞれ分断されながら吹き飛ばされた。
「危ねえ……やっぱり味方も関係なしかよ」
代わりなどいくらでもいると言わんばかりの味方の使い捨てぶり。外側にいる大切な一人と近くとも近寄れない現状からして、大我はそれに苛立ちに近い感情を覚えた。
「けど、なんとかなりそうだな。来るなら来やがれ!」
確かにそれなりに長けてはいるのかもしれない。だが、武器の扱いはエヴァン程じゃない。あっちの方が遥かに鋭かったしスキもなかった。
一度の対決の経験が功を奏したのか、一撃一撃を見切る余裕があることは大きい。単体からの攻撃だけならば、致命的なダメージを受けることはないだろう。
「おぉりゃあ! ふんっ!」
「93ー@9⬛⬛!」
「おわっ! っとと……ぐっ……」
しかしこれは一対複数。視界を広く持ち、回避や対処を必死に考え実行しなけれらならない。
烏合の衆だったカーススケルトン達と違い、それなりの練度を持った集団。一体に割かれる時間が必然的に増える。
その上での高空からの援護射撃。刺突をかわし、一撃のチャンスを捉えてもそれを邪魔するように魔法の弾丸が着弾する。
ひたすらに動き回ることを強要される状況。敵は空を飛び回り、エネルギーの尽きるような様子は見られない。このままではこちらの体力が持たない。
大我は接近したワルキューレの懐に飛び込み、鳩尾に刺突へのカウンターの如く足刀蹴りを叩き込む。
電子音の悲鳴を上げて怯むワルキューレの胸倉をそのまま掴み、次々と放たれる光弾への肉盾とした。
「⬛⬛⬛939$91⬛!!」
黒翼が弾け、火花を散らしながら燃え上がる。衣服が燃え、張り付けられた皮膚が炭になり、内部機構が露わにされる。
がたがたと無表情のまま全身を震動させ、手に握られた槍がぽろっとこぼれ落ちる。
機能を停止したワルキューレを接近した個体へと力を入れて放り投げ、その隙に大我はエネルギーとなるグミの残りを取り出し確認した。
「これって……あれだよな」
その手の中にあったのは、それまで口にしていたオレンジ色のグミではなく、暗黒物質と形容されてもおかしくない程にドス黒い三つの粒状の物体だった。
それはアリアが口にしていた、効率とエネルギー補給のみに重点を置いた携行食。その味はアリアが言うには、腐ってドロドロになった生ゴミとヘドロをとことん煮詰めて、それを視覚的にも悪臭を幻視しそうになる程の汚水と共に流し込んだような味という、具体的かつ想像すらしたくない、兵士として造られた生物兵器すらも拒絶した味らしい。
現時点ではまだ無臭。さすがに大袈裟すぎるたとえではないかと、内心たかをくくっている部分もある大我。
「ああもうクソっ! 燃費が悪すぎるんだよ俺は! ちくしょう!!」
できれば食べたくはない。しかし身体の重さが襲い始めてきている。全力で動き続けなければどうにもならない。
食べたくない。食べたくない。食べたくない。だがその選択肢はほぼ降参と同義。大我は覚悟を決め、その一粒を指に摘み、残りを収納する。
そして、全身を踏ん張り我慢の準備を整え、思い切って口の中へと放り込み、その漆黒の粒を噛み砕いた。
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