第68話
「本当に悪趣味な奴だな!!」
下唇を噛み、心底不愉快な気分を負わせられながらも対処に徹するエルフィ。
生気の失った少女の頭部は放物線を描き、抵抗によって広がりなびく頭髪と共に真っ直ぐと標的である精霊へと進んでいく。
それそのものは大した脅威にはならない。エルフィはパスを待ち構えるような形で右手を前に置き、間もなくその手に命中するだろうといったタイミングで、二つの間に光がほんの一瞬広がる。
直後、右手から放たれたその頭部よりも少し小さい程度の火球とぶつかり相殺。少女の頭部は爆散し、周囲に金属の部品がぱらぱらと飛び散った。
『あーあかわいそ。彼女、森の中で迷子になってただけなのに、死んじゃった上に頭までふっ飛ばされるなんて』
「…………!!」
そうなるように仕向けておいて、どの口がほざくんだと怒りの檄を飛ばしたい衝動に駆られたが、それでは挑発に安安と乗ってしまうことになると、歯を食いしばって口を紡ぐ。
その我慢が良い方向に向かったのか、エルフィは続けて投げられた身体の一部に即座に反応し、それを風圧によって吹き飛ばした。
「生きてるって枷を外せば、こういうことも平気でできるのかよ」
完璧な対処の直後に浮かび上がった懸念。フロルドゥスがアンデッド達にたった今組み込んだという行動。
これはおそらく、二回三回程度では収まらない。策を練るような性能も無く、行動も標的目指して近づき、噛みつき貪り毟るのみ。
それだけだったアンデッドにこのような捨て身の遠距離攻撃を覚えさせたとあっては、状況は間違いなく、非常に面倒なものとなる。
その予測は見事的中。近づいてくるアンデッド達は、次々と人体を構成する部位の一部分を手に取り始めていた。
肌の破れたエルフの女性が既に倒れた男の足から、首の折れたエルフの男性がまだ動いている男の首から、右腕を失った人間の少女がたった今首を失い倒れた少女の足から、顎が破損した人間の女性が地面を這いずるエルフの女性の頭部から、両腕の皮膚が破れた人間の男性が骨格を剥き出しにした残骸の頭部から。
とにかく目についたパーツを各々に掴み、投擲道具としてその手に握り始める。
中には自分の頭部を引き抜きそのまま倒れる愚鈍な者や、両腕が破損しているために何も掴むことができず、他のアンデッドの弾薬のように使われてしまう個体も存在した。
「さすがにこんなのは予想してねえよ……」
冷や汗を幻視しそうな緊張の表情が自然と生まれるエルフィ。
物の数は圧倒的。それを一体で相手とする……という部分だけならばエルフィにとっては大きな問題ではない。
それこそ、スペック自体は殲滅戦に向いた広範囲に至る強力な魔法を放てる程には高く造られている。
だがその発動にはある程度の時間を要する。条件こそ容易。しかしその状況では、ある程度の時間という部分が大きくマイナスに働いてしまっていた。
『どうしたの? 一気に全滅させちゃえばいいのに』
「わかってて言いやがる」
現在のエルフィは、周囲に近づかせないようにと竜巻の如き風のバリアを張って籠城戦に入っている。
四方をアンデッドに囲まれ、直ぐ側にはバレン・スフィアもとい、フロルドゥスの制御下。
さらにはそのバリアの継続に処理を割いているという状況下では、そこそこでも長い詠唱の必要な魔法はあまりにも相性が悪すぎる。
今は傍観者として、まるで奴隷同士の戦いを見るように眺めているフロルドゥスも、いつ直接のちょっかいを出し始めるかもわからない。
そもそもアンデッドがどれだけの数残っているのか、中にいる大我はどれ程持つのか、そもそも無事なのか。
不確定要素が多すぎるこの状態。エルフィは八方塞がりの膠着状態に陥っていた。
問題解決に至るまでの思考の時間が少しでも欲しい。だが、敵はそんな願いを待ってはくれない。
そして、アンデッドの一体が少年の首を投げたと同時に、なだれ込むようにその他何十体もの亡者が一斉に投擲による攻勢を開始した。
「ダメだ! ごちゃごちゃ考えても間に合わねえ!」
最適解に至るまでの計算が間に合わない。それだけの猶予が無い。そんな最中にこんな死者の国にでも迷い込んだような雨霰を一回でも受けてしまえば、建て直しの間もなくから身体の矮小な自分が沈んでしまうのは容易いだろう。
そうなってしまえば元も子もない。希望も残されていない。エルフィは一旦、周囲に巻き起こす風を枯れた木の枝や細かな部品すら吸い込む程に強化し、思考の時間を増やすための防御策へと移った。
『そこで守り固めるのね。荒い性格してるんだから、もうちょっと血の気があると思ってたんだけど』
「〜〜〜〜!!」
『言っておくけど、隙を見て逃げようなんてしても無駄だから。あなたが逃げるよりも、バレン・スフィアは早くあなたを捉える。何より、あの人間が生きていられるかしら』
一先ずの危機は先延ばしすることが出来た。咄嗟の判断ではあるが、これならば詠唱の時間を稼ぐことにも繋がるだろうと、エルフィは一旦心を落ち着かせようとする。
だがそれを許さないと、再びフロルドゥスが煽るように口を指す。
干渉の激しい傍観者程不愉快な物は無いと、エルフィは耳を貸さないようにしながらフィールドの維持と殲滅策に集中する。
『けど、さっき小さい子の頭をもいだ娘も可哀想よね。あの娘、遠く離れた場所に去っていった恋人に会いたくて飛び出したけど、その途中でアンデッドに襲われて死んじゃって……まあ、その相手ももう死んでるけど』
捉えた死体から引き出したと思われる記憶データを元にした話を、集中を掻き乱そうとばかりに感情を込めて喋るフロルドゥス。
耳元を掴むような魅力のある声が、その臨場感と説得力を引き上げる。
『大好きな友達と一緒に森に飛び出したら、そこでカーススケルトンに襲われて……』
『いざアルフヘイム目指して旅を始めて、ようやく見えてきたってところで崖から突き落とされちゃって……』
『霧の魔女に連れ去られ、そこで酷い目にあったまま……』
どこか楽しんでいるようにも感じられる、アンデッド達の死因を語るフロルドゥスの声。
果たしてそれが、死に様を馬鹿にしているのか、その語りが楽しいのか。判別自体はできないが、それがただ妨害のために語られていることには変わりない。
耳元がむず痒くなるエルフィ。そして、一つの解決策が浮かび上がったその時、フロルドゥスは楽しそうな声である一つの切り口を話し始めた。
『そういえば、あんたの親が作った私を倒す隊? あれが来たとき面白かったわね。この世界じゃ強いんでしょうけど、みんな簡単に苦しんでは壊れていっちゃうんだもの』
エルフィの頭が、ほんの小さく振り向きかけるように動く。
それは確かに、砂の一粒程度にも大きく意識が向けられた証左。フロルドゥスはそれを見逃さずくすっと面白がるように笑いかける。
『何体か私の好みなのもいたけど。もう泣きながら味方壊してるのがおもっしろくて。見世物としてはとっても面白かったわ。気に入ったのはその中で飼ってるし』
「……なんだって」
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