第67話

 細かな傷こそいくつも付けられていたが、仰け反るようなダメージには至ってはいなかった。

 だがこの僅かな一瞬、思わず悲痛な声を上げてしまうほどの一撃を喰らってしまった。

 致命傷という程ではない。死に至る程の傷でもない。しかしその傷は間違いなく大きかった。

 初動の痛みに顔を歪めながら、大我は斬りつけてきたカーススケルトンの頭部を掴み、胴体から思いっきりもぎ取り、投石のごとくまた別の標的目掛けてぶん投げた。


「いっってぇ……こんなに……痛いのかよ……」


 過去に指をカッターで傷つけてしまった時とは比べ物にならないその痛み。この斬られた苦痛に比べれば、指で軽く触れられた程度の物。

 その苦しみを共有するような相手は今いない。大我はその痛みを誤魔化すように歯を食いしばり、一人の戦闘を再開した。

 僅かな隙を活かしきれなかった、活かすスペックも無かったカーススケルトン達。その数はさらに、徐々に減っていき、だんだんと疎らになり始めた。

 しかし、戦い続けているとしても、ダメージが自然と癒えるわけではない。事実、大我の動きのキレは当初よりも無くなり始めている。疲労による原因も重なっているが、斬られる前と後でガクッと、枝葉や大きな石を巻き上げるような暴風が突然ただの強風になったかのように無くなっていた。

 だとしても、一体一体の金属の骸骨と、大我の能力差は歴然。為す術もなく壊され崩されていくが、それだけにたった一回の油断があまりにも惜しい結果を生み出してしまった。


(痛い! 痛い! 熱い!! むちゃくちゃに痛いし熱い! 拳の痛みなんか気にならないくらいに痛い! こんなの今まで感じたこともない。声を出さないとおかしくなりそうだ!)


 大我が生きていた時代では、それ程の殺意を持つ殺人やそのような筋の抗争でもなければ体験することはないだろう斬撃による裂傷。

 熱く痛い。日常ではありえない感覚。いくら心を強く強張らせたとしても、誤魔化すように暴れても動いても、鼓動のような傷の主張が追いかける。

 水槽にヒビが入ったように徐々に溢れる不安、恐怖、考えたくなくてもどうしても浮かび上がる悲観。戦いに意識が向いていた大我の耳に、はっきりと自分の呼気が聞こえ始める。

 激情が乗り移る身体の裏で、不自然な程に透き通るような未体験の冷静さ。怪我の功名なのか、それとも死に近づいたことによる極限状態なのか。

 それでも大我は止まらない。首を折り、奪った矢を眼窩に突き刺し、次々と敵の数を減らし、もう一つの残骸の山を作り上げる。

 そして、最後に残った一体。弓と剣を携え、大我の正面に向き合う。

 それまでの戦いから学習することなく、正面から心臓を突き刺さんと、真っ直ぐに構えて走り出し突撃した。

 その襲撃に一切動じることなく、真っ直ぐに立ったまま握り拳を作り、だいたいの走る速度と距離を捉えて右足を構える大我。

 

「これで……最後ォ!!」


 軌道を変えるような予備動作も無く、真っ直ぐ突き進む刃。大我は膝を曲げて姿勢を低くして潜り、剣を持つ右手首をアッパーで力強く吹き飛ばす。

 その勢いを殺さぬまま、空気を裂くような回し蹴りをスケルトンの首に放ち、頭部と胴体は玩具のように離れ吹き飛んだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……次は……お前らか……」


 長い時間をかけ、漆黒の骸骨は一体残らずがらくたの山と化した。首から下を粉砕された一部の個体はまだ動作を続けているものの、ただ内部機構の動作音を鳴らすだけで無意味なノイズにしかならない。

 大我は金属散らばる道を進み、次に待ち受ける敵へと据わった目線を向ける。

 上空にて黒い翼をはためかせ、純白の衣装に身を包む、一切の感情の見られたい冷たい表情を顔に貼り付けたワルキューレ達。一体一体が同じ顔に造られており、それぞれの個性は一切見られない、まさしく量産されたという言葉が似合う。

 カーススケルトン達の全滅を確認したワルキューレ達は、その手に携えた、穿かれれば激痛に悶え苦しむような形状とは裏腹にどこか神聖な威光を感じられる槍を一斉に大我に向け、そのうちの一体が口を開く。


「⬛⬛20@%2+⬛⬛⬛6*$9’ー9⬛⬛」


 その人間の女性のように造られた容姿とは全くかけ離れた、雑音にしか聞こえない壊れた音響機械のような電子音。

 だがその声で意思疎通か取れているのか、その一体の不可解な音声を皮切りに、五体程のワルキューレが一斉に高所からの突撃を行った。


「来た!」


 木偶の坊のような骸骨達とは明らかに違うそのオーラ。オレンジ色のグミを口に含み、大我は傷の痛みを気力で抑えながら地面へと足に力を加え、再び迎撃の構えを取った。



* * *



 その一方で、バレン・スフィアの外で一人戦い続けるエルフィ。

 次々と絶え間なく近づいてくるアンデッド達。エルフィの周囲には、皮膚や身体の一部を残したまま、金属の骨格や内部機構を晒して倒れた、この世界の無辜の住民達が折り重なっている。


「い……m……ど……k……」

 

「フラジールまデああああアアアaaaと……あト……」


「おレの……み……セが……」


 種族年齢一切の関係なく、フロルドゥスの操り人形としてもて遊ばれた人々。

 それぞれのメモリーに残された記録が発している声なのか、煉獄に響く怨嗟の如く感情まで再現された音声が無数に重なり鳴り響く。

 その一つ一つがエルフィの耳にはっきりと聞こえ、どこか割り切れないどうしようもない無力感に襲われ腕が鈍る。

 幸いにもただ近づき襲おうとしているだけの無力なアンデッド。実力差は圧倒的なために蹴散らすことはできる。

 だが、どうしても一体一体の顔が見えるようになってしまい、こうなってしまう前にどうにか助けることはできなかったんだろうかとイフの可能性を考えてしまう。

 おそらくは自分がこの世界に生まれるもっと前から積み重なり続けていた被害者の数。生まれる前のことなどどうしようもないとわかっていても脳裏に浮かび上がる。

 それが雑念を生み、小さな怒りが降り積もる。


『あら、まだ頑張ってるじゃない。もうやられてるかと思ったのに』


 そんな心情を察してなのか、唐突に煽るように割り込んできたフロルドゥスの声。

 その声が今の耳にはとても忌々しい。エルフィは怒りを込めた眼光でバレン・スフィアを睨みつける。


「黙ってろよ……」


『あー怖い。でも、私にそんな意識向けていいの?』


「なんだと」


『ほら、後ろ危ないわ』


 敵対しているはずなのに忠告を向けるフロルドゥス。おそらくそれは、面白がる為の遊びの一つなのだろう。

 嘘でもなんでも、そのような情報を入れ込まれてしまっては確認しないわけにはいかない。

 エルフィはその言葉通りに振り向くと、突如一本の腕が飛び込んできた。


「何っ!?」


 エルフィは現在、風のバリアを張っているために至近距離の接近を許さずにいることができている。

 飛び道具を扱えるような敵の気配はない。その確認を確かに行ったという事実が、逆にこの予想外の行動への動揺を作り出した。

 幸い、その腕は簡単に避けられる程度の速度だった為に、ダメージとなることはなかった。だが、この一回が、エルフィの中に危機感をもたらす。

 その投擲された方向から、その腕を投げた一体の大まかな位置を予測し重点的に調べる。

 すると、アンデッドの中に一体、左腕の無いエルフの女性の姿を確認した。


「まさか、自分の腕をもいで……!」


 痛覚も無く感情の失ったアンデッドだからこそできる捨て身の芸当。この攻撃は、エルフィが想像した通り一回だけには収まらなかった。

 直後そのエルフだった女性は、右隣でふらふらと歩く、四肢の皮膚が剥げた人間種族だった少女の頭を掴む。

 突然押さえつけられ止められたその一体は、がくんとぐらつきバランスを崩す。直後、その頭は強引にもぎ取られ、少女の頭は一瞬悲鳴のような電子音を鳴らした。

 中枢を失った胴体はその場にガクガクと震え、そして力無くその場に倒れ込んだ。


「嘘だろおい。こんなこと聞いたこともねえぞ」


『当たり前じゃない。今私が組み込んだの。見事な死体の利用法でしょ?』


「クソ野郎……!」


 あまりにも人の心がない。悔しいことだが、機械人形であるということを存分に活かし使い捨てている。

 アリアが作り上げたこの世界、その法則の外からならば、こんな外道の所業が行えるのかと、エルフィはさらなる憤りを燃やし始めた。


『私ばっかり見てないで、前見ないと危ないわ』


「ちぃっ!」


 嘲笑うような注意、だがそれに従わなければおそらく不意打ちをくらうだろう。

 そんな自分の未熟さと事実に歯ぎしりをしながらそのアンデッドの方を向くと、その手に掴んだ少女の頭を、フォームもクソも無い力ない型で、強引に石ころの如くエルフィへとぶん投げた。

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