第64話

 前方最前の大群に構えるのは、剣や棍棒と様々な武装を整えたカーススケルトン。中には素手の者もいるが、おそらくそれは問題にはならないだろう。

 だが問題はその後方、隙間を全て埋められたように並ぶ骸骨達の奥には、弓を携えたまた別のカーススケルトンの群れ。

 たった一人で遠距離装備を持つ相手に挑むのは危険極まりない。一番最初にそのような敵に出会った時は、仲間がいたし何よりエルフィもいた。

 だが今は生身の人間たった一人。映画の中のような身体能力はあっても、射抜かれれば甚大な傷、すぐに治るわけでもない。

 目だって四個も六個もあるわけではない。頼れるのは視界と勘と判断。だからと言って何もせずまごついているわけにもいかない。

 大我は思さらにいっきり足を踏み込み、正面切っての真っ向勝負へと挑んだ。


「飛んできた!」


 予測はしていた未来。後方から射出する何本もの矢が目視で確認できた。

 だがその本数は少なく、その軌道からしても正確に射抜いているわけではなくおおよその移動地点を予測しての射出。

 一々矢を叩き落とすことも掴み折る必要もない。これならばおそらくほぼ無視しても構わない。

 大我はちらちらと矢の起動を確認し、全身の筋肉に熱を入れ、落下地点を突き抜ける程にダッシュの速度を上げて、一気に正面の標的までの距離を縮めた。

 待ち構える武器を携えたカーススケルトンの群れ第一波。大我を目視した骸骨達は、それぞれに構えを取り迎撃態勢を取った。


「武器……関係ねえ、ぶっ飛ばす!」


 徐々に詰められる衝突までの距離。正面からぶつかり合うまでの中距離まで縮まるまでもう少し。

 大我再び地面を抉る程に足元に力を入れ、ジェット噴射の如く敵陣に向かって飛びかかった。

 腰を中心に全身に捻りを入れ、独楽のような勢いのある回転をその全身に加え、その推進力を回転蹴り乗せて、大我は鉄砲玉の様な突撃で先制攻撃を叩き込んだ。

 竜巻の如き旋風の蹴撃。反応が間に合わなかったカーススケルトン。だがその威力の前には、骸骨程度の存在の防御では無駄に終わる。

 その一撃は一体の頭部に直撃、無数の部品と破砕した頭蓋骨と共に周囲へと散開した。

 その余波はその一体には留まらず、足の軌道上に乗ったカーススケルトンには威力の下がったものの強力な蹴りが直撃し、周囲の敵をさらに巻き込んで吹き飛ばされた。


「かかってきやがれ!!」


 一撃の感触をその足に感じ取り、確実な手応えを覚えた大我。

 いける。武器を持っていようが関係ない。ただ殺傷能力が高い武器を手にしているだけの烏合の衆であるアンデッド。

 拳は多少痛むが我慢はできる程度。斬られる前殴られる前にこちらから叩き潰してしまえば蹴散らすことは可能。

 さらに後方にそびえる敵のことは今は考えないようにする。今それを気にしては気が散ってくだらないミスを犯してしまうだろう。

 今この時はカーススケルトンという目の前の雑兵を潰すのみ。大我は力強く右手を握り締め、今にも剣を振り下ろそうとしていた骸骨の頭部へ撃ち込んだ。


「オラっ! オラァっ! ぶっ飛べ!!」


 精神を昂ぶらせるように、衝動的な掛け声と共に一撃一撃を叩き込んでいく大我。

 一体一体を破壊し潰し壊し、斬撃殴打を加えられる前に先制して撃破する。

 感情の無いカーススケルトン。怯むことも無いがその無謀な対抗を止めることもない。4、5体まとめてかかってくる数の利を活かせることもなく、足元には次々と頭部の破壊された屍が積み上げられていった。


「くっ! あっぶねえ……」


 順調に敵の撃破を続ける大我。だが敵対する者は目の前の骸骨達ばかりではない。

 攻撃を直感で、目視からの判断でいなし動き回りながら攻め続けるその最中、大我の視線の先を一本の矢が通り抜けた。

 腕二本分程離れていたために命中することは無かったが、その矢は射線上にいたカーススケルトンの眼窩に命中し、頭部CPUを貫き機能を停止させた。


「頭の中から抜けちまってたな」


 突撃前に小さく目視で確認し、放たれた矢を避けながら戦闘へと入ってから、頭の中から一切抜け落ちていた弓持ちのアンデッド達。

 接近戦ばかりで暴れていても、その隙に射抜かれてしまっては一発でアウトになってしまう。

 目の前の敵をひたすらに蹴散らす中で視線をそらすことは、意志持たぬ雑兵であっても余計な隙を与えてしまうことに他ならない。

 ならばどうにかすることはできないかと考えながら戦っていると、一つの策がその脳裏に浮かび上がった。


「こいつで……吹っ飛べぇ!!」


 大我は一切の魔法を使うことはできない。装備も無く、弓や銃を使えるような心得は無い。

 だが、原始的な投擲戦術ならば扱うことはできる。幼稚園の子供でも可能な、本能に刻まれた戦い方。それが今役に立つ時が来た。

 大我は目潰しの要領で、カーススケルトンのうち一体の眼窩へと指を突っ込み、抵抗もさせないままに全力を込めて、その人型の鋼鉄の物体を弓部隊の方向へと大きくぶん投げた。

 どのような物質であっても、それ相応の質量とサイズ、そしてその速度があれば投擲武器となりうる。子供が投げる石であっても人に傷つけるには充分。

 それが人間大の金属となれば、一種の歪な形をした砲丸も同然。授けられた筋力によって引き上げられたパワーはその条件を満たしていた。

 放たれたカーススケルトンは空中でばたばたと無駄に暴れながら山なりに飛んでいき、ガシャンと金属同士がぶつかり合う冷たい音を空気に響かせ、弓を携えたカーススケルトン達の態勢を崩した。


「まだまだァ!」


 蹴りで薙ぎ払い、拳を叩き込み、目の前の敵を崩し散らしていく大我。

 四肢は枝のように、肋骨は氷のように、頭部は潰れたヘルメットのように破壊し、その一部は破壊せずに投擲武器として全力で放り投げる。

 一体まるごとや頭部は飛び道具としては中々に強力であり、飛び道具としては現状は最適ではあると理解した大我。

 だがそればっかりでは完全に状況を防ぎ切ることはできない。大我は鋼鉄の骸骨を壁にするようにして移動しながら次々と蹴散らし、出来る限りの自分への被害を減らしていく。

 放たれる矢への懸念を減らしながらの周囲への攻勢。この世界に降り立ってからのわずかな戦闘経験と直感を信じた戦法はそれなりの功を奏し、無数のカーススケルトンは少しずつ。そして確実に数を減らしていった。


「ぐっ……いてぇ……」


 だがその状況は長くは続かない。いくら頑丈になったといえともその肉体には限界がある。

 大我の拳に少しずつ蓄積されるダメージ。その傾向は小さく、そして確実に表れ始めていた。



* * *



 その一方、バレン・スフィアの外側では、エルフィが次々と湧き出すように増えていくアンデッド相手に、大我と同様に孤軍奮闘していた。

 同じ場所にいるのにともに戦えない奇妙さ。大我には強靭な肉体があるが、エルフィには強力な魔法がある。

 自分の周囲に風を巻き起こし防御を固めつつ、足元を崩して複数体の両足を潰し足止めしては、頭部に直接巨大な火球をぶつけ、一気に距離を縮めてきた者には頭部へ一撃でショートさせる電撃を。

 女神より授けられた能力を存分に活かしながらも、エルフィは一方的な防戦を強いられていた。


「数が多すぎんだよ……一体どこからこんな」


『知りたいの? この残骸がどこから来てるのか』


 まるで奴隷の戦いを眺める貴族のように、フロルドゥスはエルフィが小さな身体で戦う様をバレン・スフィアの膜越しに眺めながら、その動揺を誘おうとするように茶々を入れる。


「うるせえ! 一々話しかけてくんじゃねえ!」


『そう。じゃあ言ってあげるわ。話すのもやめない』


 天の邪鬼というのも生温い。話すなと言われれば、お返しとばかりに重要になるであろう情報をその耳に直接聞かせようと声をかけるフロルドゥス。

 大我と同様に一体一体は余裕だが、いつどのようなきっかけでその均衡が崩れるかわからない。

 それもあって、エルフィは今この目の前の戦いに集中したくて仕方なかった。

 だが、だからと言って明確な敵からの情報をむざむざ聞き流すわけにもいかない。そのぶつかりあうジレンマが、エルフィの集中を削っていく。

 この世界の未来に関わることならば、今聴き入れられなければおそらく何かが起きるその時まで手がかりは手に入らないだろう。

 エルフィは苦心しつつもその策略に敢えて乗り、放つ魔法の威力を上げながら耳を傾けた。

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